二年二組に入ると、案の定昨年同じクラスだった連中が歓喜の声を上げて寄って来た。
今年もこいつらとお昼コース決定だな。
はしゃぐ安達たちをよそに、八代は黒板に目を向ける。
黒板には縦六つに並んだ箱が五列描かれていて、箱の中には出席番号が振られている。簡易的に机の位置が示されているのだとすぐに分かった。八代の出席番号は二十四番で、廊下側から二列目の一番後ろだった。
「純人の席ここだよー!」
呼ばれて振り向くと、花岡が八代の席に座って手を振っていた。
そのまま呼ばれた方へ向かうと、花岡は八代の席の椅子から退いて空いている隣の席へと座った。
昨年も花岡とは席が近かったし、もうこれでは一年生の時とほとんど同じではないか。
「また一緒じゃん。今年もよろしく」
「ねー! てか知っている人いっぱい居てくれて良かったよ〜。夏海も安達くんも一緒だしさ。あと、山下も」
「俺はもうあいつから離れたいんだけど」
八代が迷惑そうに安達に目を向けると、その視線を追った花岡は「なんだかんだ仲良しじゃん」と笑った。
「正直ほぼ一組だよな、これ。一年一組がそのまま二年二組になっただけだよ」
「じゃあ来年はそのまま三年三組だね」
花岡がいたずらに笑う。
そうなったらもう先生たちの怠惰のせいだと抗議しよう。クラス替えと言うのなら、ちゃんとシャッフルしてくださいよと。
「てか聞いて!」
さっきまで笑顔で話していたくせに、突然花岡の眉間に皺が寄る。
話をぶった斬って話し出すのはいつものことだが、瞬時に気持ちを切り替えられる器用さにはもう笑うしかない。
どうしたのと聞くと、花岡はつらつらと友人の恋愛事情を話し始めた。
それは八代にはあまり関わりのない別クラスの女子の話で心底どうでもよかった。
あの子の彼氏は最低だとか、早く別れた方が幸せになれるのに、とか。心配しているようで楽しんでいるような気もする花岡に、八代はトーンを合わせて適当に相槌を打つ。
「へーマジで!?」「それはやばいね」「最悪じゃん」「本当にな」語彙力など微塵も必要のない会話を繰り広げた。
別に面白くはないが適当でいいから楽だなとは思う。ひたすら聞いているだけでいいのだから。
時たまスマホをいじりながら相槌を打っていると、花岡の「何?」という今までのテンションとは打って変わった訝しげな声が聞こえた。
スマホをいじりすぎたかと顔を上げて花岡を見ると、花岡の席の前に一人の男が立っていることに気がついた。
じっと佇男は、前髪が長いせいで表情が見えない。異質な空気を放っている男に花岡が訝しむのも無理はないと思った。
「あの……多分そこ違うと思う」
やがて男が口を開き、小さくだけどはっきりとそう言った。
花岡が助けを求めるように八代を見る。
働いていなかった頭を稼働させて、八代はすぐに男の言葉を理解した。
「あぁ、だから多分そこ、席違うんじゃない?」
「え? だってあたし十七番だよ」
「俺の隣、十八番」
八代が黒板を指差して花岡に教える。
花岡はやっと自分の間違いに気づくと、適当にヘラヘラと笑いながら男に謝り一つ前の席に移動した。
男は花岡にぺこっと軽く頭を下げて、そして八代にも頭を下げる。そして空いた十八番の席にそそくさと座った。
別に何も間違って無いのだから、頭を下げる必要なんてないのに。
さっきまではしゃいでたクラスメイト達が、今のちょっとしたやりとりのせいで十八番の男を横目に見ていた。
どうやらこのクラスに十八番の友達らしき人物はいないことが分かる。
八代も十八番を全然知らないし、見たこともない。
大抵の同級生の顔は知っている気になっていたが、どうやらそうでも無いらしいと学んだ。昨年は何組だったのだろう。もしかして転入生だろうか。
ふと十八番が八代の方に僅かに顔を向けた。視線が気になったのだろうか。
目は見えないがとりあえず八代はにこりと笑ってみる。
「二十四番の八代です」
そう自己紹介をしてみたが、十八番はすぐさま気まずそうに顔を背けてスマホをいじり始めた。
別に悪い気はしなかった。ただ、そりゃそうだよなと思うだけだ。
「よろしくね」
申し訳程度に付け足すと十八番は僅かにもう一度八代の方を向き、気持ち程度に頭を下げた。
きっと踏み込むことを許してはくれないんだろうな。自分が信頼できる人にしか心を開かないタイプ。でもきっとそっちの方がいい。広く浅くよりも、狭く深くの方が自分らしく生きいけると思うから。
きっと十八番にとって、自分みたいな表面上でしか関係を築かない人間は嫌いだろう。
八代には十八番との席の間に、見えないはずの壁がくっきりと見えた気がした。