◆
(さすがに、粘るな)
白銀とその背後で守られている瑠衣へ、無数の炎の塊を投げつけながら、政重はそう思っていた。
妖を倒す生餌として送ったはずの瑠衣。それが妖の元から戻り、前領主の悪行を並べ立てるとは思ってもいなかった。いや、志乃の娘だ。少しも予想していなかったと言えば嘘になる。
それは好機でもあった。妖に魅入られたという大義名分を手に入れられる。政重の本当の目的は、相手の妖を殺すことではなく、正当な理由で瑠衣を葬ることだったのだから。それがまさか、このような繰り返しになるとは夢にも思わなかった。
二回目では、何が起きたのかしばらく理解できなかった。同じような日々を繰り返すうちに、これは妖の仕業だと思うようになった。瑠衣から送られてきた、前領主の悪行を並べ立てる文を読んで、もしや彼女にも記憶があるのではと怪しんだ。逃がすことは許されない。そう考えて、舞衣を人質として、妖を殺す毒を送った。
ところが、またもや時間が巻き戻ってしまった。
妖に露見して殺し損ねたのかと思い、舞衣に様子を探りに行かせたのが三回目。この時は、密かに別の妖狩りも派遣して、周囲の結界や村の状況の把握にも努めた。瑠衣が白銀に篭絡された姿に、舞衣は憤っていた。舞衣ならば瑠衣は手を出せず、瑠衣の妹ということもあり白銀も油断するだろうと思い襲撃させた。しかし、それも失敗してしまった。
そして――四回目。
三回目の報告で、白銀の妖力が弱まっている事実を把握していた。倒すのであればここしかないと、今までのような手順は踏まずに奇襲をかけたのだった。
(もう一匹、強い妖がいるが、主を倒せば逃げるだろう)
戦況を把握しながら政重はそう判断する。ならば、出し惜しみはせずに、一気に押し切るべきだろう。
「そろそろ諦めるがいい!」
轟音とともに熱波が吹き荒れ、白銀が守る結界を引き剥がしていく。炎が収まった後には、傷ついて息を荒げる白銀と、それに寄り添うような瑠衣の姿。
「勝負あったな」
刀に炎を纏わせて政重は一歩近づいた。非常識な繰り返しの妖術といい、今までにないほど強い妖だったが、何とか勝てそうだ。
「くそったれが!」
悔し気に顔を歪めて白銀が吐き出した。
「オレもただじゃ死なねえぜ。どうせならお前らも道連れにしてやらあ!」
白銀の身体から白い妖力が放たれる。最後の足掻きを警戒して足を止めて構える。ところが、その妖力の行き先に、一瞬だけ唖然としてしまった。
「えっ……し、白銀!?」
驚いたような声を上げたのは瑠衣だ。なぜなら、妖力に縛られた彼女の身体が宙に浮き、足元からピシピシと氷に包まれていったからだ。
「い、いやああああっ!」
甲高い悲鳴が周囲に響くも、容赦のない妖力は瑠衣の全身を覆う。信じていた妖に裏切られた少女は、あっという間に氷の彫像と化していた。
「へへ……これで、お前も終わりだな」
捨て鉢になったような白銀の笑い声に弾かれたようにして政重は走った。
先に瑠衣が死んでしまえば、また繰り返しが発生し、せっかく奇襲をした優位性が崩れてしまう。尤も、白銀にそこまでの力は残っていないかもしれない。この空間を脱出するより先に崩壊が起こり、この場にいる全員が巻き添えになって死んでしまう可能性だってある。
「貴様ぁっ!」
政重の振るった刃はわずかに届かず、白銀は遠く間合いを取ると、強固な氷の結界を張り巡らせた。すぐにあれは破れない。そう判断した政重は、氷の彫像へと炎を放った。
「燃えろ!」
まずは溶かして瑠衣の命を確保する。やっていることが逆転してしまったが、あの追い詰められた妖は、次に何をするかわからない。
「オレを放っておいていいのかよ?」
その隙を逃さず、結界を解いた白銀が肉薄してくる。危ういところで政重は刀で防ぎ、再び瑠衣を救出すべく炎を放った。
「小癪な真似を!」
政重は憎々しく舌打ちをした。
「やはり妖だな。己が生き残るなら、人間の娘の命などどうでもいい」
「お前に言われたくはねえぜ。だがな――」
白銀がニヤリと笑みを浮かべる。その表情に政重の背筋に悪寒が走った。
何か致命的な失敗を犯した気がする。それに気付く前に白銀が叫んだ。
「かかったぜ。やれ! 瑠衣!」
――パリン。
政重の背後で氷の割れる音。
背後を振り向いた政重は、己の負けを悟ったのだった。
(さすがに、粘るな)
白銀とその背後で守られている瑠衣へ、無数の炎の塊を投げつけながら、政重はそう思っていた。
妖を倒す生餌として送ったはずの瑠衣。それが妖の元から戻り、前領主の悪行を並べ立てるとは思ってもいなかった。いや、志乃の娘だ。少しも予想していなかったと言えば嘘になる。
それは好機でもあった。妖に魅入られたという大義名分を手に入れられる。政重の本当の目的は、相手の妖を殺すことではなく、正当な理由で瑠衣を葬ることだったのだから。それがまさか、このような繰り返しになるとは夢にも思わなかった。
二回目では、何が起きたのかしばらく理解できなかった。同じような日々を繰り返すうちに、これは妖の仕業だと思うようになった。瑠衣から送られてきた、前領主の悪行を並べ立てる文を読んで、もしや彼女にも記憶があるのではと怪しんだ。逃がすことは許されない。そう考えて、舞衣を人質として、妖を殺す毒を送った。
ところが、またもや時間が巻き戻ってしまった。
妖に露見して殺し損ねたのかと思い、舞衣に様子を探りに行かせたのが三回目。この時は、密かに別の妖狩りも派遣して、周囲の結界や村の状況の把握にも努めた。瑠衣が白銀に篭絡された姿に、舞衣は憤っていた。舞衣ならば瑠衣は手を出せず、瑠衣の妹ということもあり白銀も油断するだろうと思い襲撃させた。しかし、それも失敗してしまった。
そして――四回目。
三回目の報告で、白銀の妖力が弱まっている事実を把握していた。倒すのであればここしかないと、今までのような手順は踏まずに奇襲をかけたのだった。
(もう一匹、強い妖がいるが、主を倒せば逃げるだろう)
戦況を把握しながら政重はそう判断する。ならば、出し惜しみはせずに、一気に押し切るべきだろう。
「そろそろ諦めるがいい!」
轟音とともに熱波が吹き荒れ、白銀が守る結界を引き剥がしていく。炎が収まった後には、傷ついて息を荒げる白銀と、それに寄り添うような瑠衣の姿。
「勝負あったな」
刀に炎を纏わせて政重は一歩近づいた。非常識な繰り返しの妖術といい、今までにないほど強い妖だったが、何とか勝てそうだ。
「くそったれが!」
悔し気に顔を歪めて白銀が吐き出した。
「オレもただじゃ死なねえぜ。どうせならお前らも道連れにしてやらあ!」
白銀の身体から白い妖力が放たれる。最後の足掻きを警戒して足を止めて構える。ところが、その妖力の行き先に、一瞬だけ唖然としてしまった。
「えっ……し、白銀!?」
驚いたような声を上げたのは瑠衣だ。なぜなら、妖力に縛られた彼女の身体が宙に浮き、足元からピシピシと氷に包まれていったからだ。
「い、いやああああっ!」
甲高い悲鳴が周囲に響くも、容赦のない妖力は瑠衣の全身を覆う。信じていた妖に裏切られた少女は、あっという間に氷の彫像と化していた。
「へへ……これで、お前も終わりだな」
捨て鉢になったような白銀の笑い声に弾かれたようにして政重は走った。
先に瑠衣が死んでしまえば、また繰り返しが発生し、せっかく奇襲をした優位性が崩れてしまう。尤も、白銀にそこまでの力は残っていないかもしれない。この空間を脱出するより先に崩壊が起こり、この場にいる全員が巻き添えになって死んでしまう可能性だってある。
「貴様ぁっ!」
政重の振るった刃はわずかに届かず、白銀は遠く間合いを取ると、強固な氷の結界を張り巡らせた。すぐにあれは破れない。そう判断した政重は、氷の彫像へと炎を放った。
「燃えろ!」
まずは溶かして瑠衣の命を確保する。やっていることが逆転してしまったが、あの追い詰められた妖は、次に何をするかわからない。
「オレを放っておいていいのかよ?」
その隙を逃さず、結界を解いた白銀が肉薄してくる。危ういところで政重は刀で防ぎ、再び瑠衣を救出すべく炎を放った。
「小癪な真似を!」
政重は憎々しく舌打ちをした。
「やはり妖だな。己が生き残るなら、人間の娘の命などどうでもいい」
「お前に言われたくはねえぜ。だがな――」
白銀がニヤリと笑みを浮かべる。その表情に政重の背筋に悪寒が走った。
何か致命的な失敗を犯した気がする。それに気付く前に白銀が叫んだ。
「かかったぜ。やれ! 瑠衣!」
――パリン。
政重の背後で氷の割れる音。
背後を振り向いた政重は、己の負けを悟ったのだった。