やるべき仕事を終えて家に帰る途中、日葉里はコンビニに立ち寄った。
一時間ほど前に、毅一からメッセージが届いていて、店に行く前に仕入れをするので、日葉里が戻るまでの短い時間を大洋ひとりで留守番することになると書いてあった。
合わせて大洋がアイスを欲しがっていると書いてあったので、数種類のアイスとスポーツドリンクを買うためだ。
「ただいま」
「おかえり」
居間の襖を開けると、テレビを見ていた大洋が弾んだ声で振り返った。
額に張られた吸熱シートと腫れた頬が痛々しいが、テレビを観る元気はあるようだ。
そのことに少しホッとする。
「ごめんね」
熱があることに気付かなくて。学校に迎えに行けなくて。すぐに帰ってこなくて。
そんな意味を込めて謝る日葉里に、大洋は悲しげな顔になる。
「アイス、買えなかった?」
「それは、買ってきたよ」
日葉里がいなかったことより、アイスがない方が、大洋にとっては一大事らしい。
(ありがたいような、悲しいような……)
この顔を見れば、昼に無理して帰って来なくて正解だったということはわかる。
小さく笑って、日葉里は、コンビニの袋を差し出した。
「よかった」
「明日も食べていいから、今は一つだけね」
頷いて袋を漁る大洋は、アイスを一つだけ選ぶと、袋を日葉里に返した。
袋を受け取った日葉里は、それを冷凍庫に入れるために台所に向かった。
そして台所に一歩入って、足を止めた。
「……大洋、これどうしたの?」
台所のテーブルの上には、大きく膨らんだ白いビニール袋が置かれている。
「さっき、堤下のおばさんが持ってきたよ。お母さん、お餅が好きだからどうぞって」
「ああ……」
今朝、色々説明するのが面倒で、餅投げに誘われたとき『お餅は好きだけど残念ながら……』と、社交辞令を交えて断ったのは覚えている。
それを言葉通りに受け取り、戦利品をお裾分けしてくれたようだ。
それは嬉しいのだが、机に置かれている袋は、三人家族で消費出来る量ではない。
量を確認すべく袋を持ち上げて見ると、持ち手が指に食い込む。どうやら冷凍の餅も混ざっていたらしく、底の方を触ると冷たいうえに水滴がついている。
冷凍保存していた過去の餅まきの戦利品も混ざっているのだろう。
今朝、堤下婦人は、餅を拾うのは燃えるが、餅自体はそれほど好きじゃないと話していた。
日葉里が餅を好きだと聞き、ちょうどいい処分先と判断したようだ。
「おばさん、今度は、もっと持ってくるって」
「そんなにいらない……」
しばらく近隣で建前がないことを祈るばかりだ。
「大洋、アンタは不用意に社交辞令を口にするような大人になっちゃ駄目だよ」
苦々しく小言を口にする日葉里に、大洋は全く理解していない様子でコクコクと頷きアイスをかじる。
「それ、どうするの?」
とりあえず……と、日葉里は餅を数個手に取った。
「もちろん、料理して食べるよ」
とはいってもこの量を消費する自信はないので、誰かもらってくれないだろうか。
(智子さんのところ、お子さんも多いから、もらってくれるかな? 理恵さんも食べるかな?)
やどかり弁当の面々を思い出していたら、ついでに榎波の存在も思い出した。
あの後、日葉里と一緒に店に戻った榎波は、しっかり片付けの手伝いをさせられて、しっかり理恵に逃げられていた。
日葉里は買ってきたアイスを冷凍庫にしまい、そのついでに冷蔵庫から牛乳を取り出す。
続いて袋から餅三個を取り出し、それを耐熱皿に並べて牛乳を注ぎ入れる。
そしてそれにラップをかけて電子レンジで加熱する。
「なにするの?」
興味津々と言った様子で、大洋はアイスをかじりつつその様子を眺めている。
「せっかくだから、美味しいもの作ってあげる」
牛乳を冷蔵庫に戻して、こんどは砂糖を取り出し、加熱した餅がトロトロに軟らかくなったのを確認して、砂糖を加えてかき混ぜる。混ぜつつスプーンで持ち上げると、薄い膜のような状態で落ちていく。
餅がその状態になったことを確認して、バッドにキッチンペーパーを敷いてそこに流し込む。
「とりあえずは、これで放置」
後はあら熱を取ったら冷凍庫でほどよく凍らせ、小ぶりに切り分け。バニラアイスを掬い取り包み込み、包んだ面を下にして凍らせればアイス餅が出来る。
(はず……)
ネットで作り方は見たが、実際に作るのは初めてなので自信はない。
これでいいのだろうかとテーブルに顔を寄せ生地を観察していると、大洋も同じく顔を寄せてきた。
近くで見る頬は、産毛が薄ら生えてふっくらしている。まだまだ幼いその顔立ちに、それでも夫の面影が見え隠れしている。
「こういうの、お父さん好きそうだよね」
スマホで日葉里が作ろうとしているものを理解した大洋が言う。
弾む声や明るい表情に、再び夫の姿が重なる。
一緒にいられなくなっても、思い出が日葉里と大洋に寄り添っているのだ。
春樹が食べられない分、大洋と一緒にご飯を食べて家族の思い出を繋いで生きて行くのだ。
「そうだね」
そう返して、日葉里は大洋の頭を撫でた。
一時間ほど前に、毅一からメッセージが届いていて、店に行く前に仕入れをするので、日葉里が戻るまでの短い時間を大洋ひとりで留守番することになると書いてあった。
合わせて大洋がアイスを欲しがっていると書いてあったので、数種類のアイスとスポーツドリンクを買うためだ。
「ただいま」
「おかえり」
居間の襖を開けると、テレビを見ていた大洋が弾んだ声で振り返った。
額に張られた吸熱シートと腫れた頬が痛々しいが、テレビを観る元気はあるようだ。
そのことに少しホッとする。
「ごめんね」
熱があることに気付かなくて。学校に迎えに行けなくて。すぐに帰ってこなくて。
そんな意味を込めて謝る日葉里に、大洋は悲しげな顔になる。
「アイス、買えなかった?」
「それは、買ってきたよ」
日葉里がいなかったことより、アイスがない方が、大洋にとっては一大事らしい。
(ありがたいような、悲しいような……)
この顔を見れば、昼に無理して帰って来なくて正解だったということはわかる。
小さく笑って、日葉里は、コンビニの袋を差し出した。
「よかった」
「明日も食べていいから、今は一つだけね」
頷いて袋を漁る大洋は、アイスを一つだけ選ぶと、袋を日葉里に返した。
袋を受け取った日葉里は、それを冷凍庫に入れるために台所に向かった。
そして台所に一歩入って、足を止めた。
「……大洋、これどうしたの?」
台所のテーブルの上には、大きく膨らんだ白いビニール袋が置かれている。
「さっき、堤下のおばさんが持ってきたよ。お母さん、お餅が好きだからどうぞって」
「ああ……」
今朝、色々説明するのが面倒で、餅投げに誘われたとき『お餅は好きだけど残念ながら……』と、社交辞令を交えて断ったのは覚えている。
それを言葉通りに受け取り、戦利品をお裾分けしてくれたようだ。
それは嬉しいのだが、机に置かれている袋は、三人家族で消費出来る量ではない。
量を確認すべく袋を持ち上げて見ると、持ち手が指に食い込む。どうやら冷凍の餅も混ざっていたらしく、底の方を触ると冷たいうえに水滴がついている。
冷凍保存していた過去の餅まきの戦利品も混ざっているのだろう。
今朝、堤下婦人は、餅を拾うのは燃えるが、餅自体はそれほど好きじゃないと話していた。
日葉里が餅を好きだと聞き、ちょうどいい処分先と判断したようだ。
「おばさん、今度は、もっと持ってくるって」
「そんなにいらない……」
しばらく近隣で建前がないことを祈るばかりだ。
「大洋、アンタは不用意に社交辞令を口にするような大人になっちゃ駄目だよ」
苦々しく小言を口にする日葉里に、大洋は全く理解していない様子でコクコクと頷きアイスをかじる。
「それ、どうするの?」
とりあえず……と、日葉里は餅を数個手に取った。
「もちろん、料理して食べるよ」
とはいってもこの量を消費する自信はないので、誰かもらってくれないだろうか。
(智子さんのところ、お子さんも多いから、もらってくれるかな? 理恵さんも食べるかな?)
やどかり弁当の面々を思い出していたら、ついでに榎波の存在も思い出した。
あの後、日葉里と一緒に店に戻った榎波は、しっかり片付けの手伝いをさせられて、しっかり理恵に逃げられていた。
日葉里は買ってきたアイスを冷凍庫にしまい、そのついでに冷蔵庫から牛乳を取り出す。
続いて袋から餅三個を取り出し、それを耐熱皿に並べて牛乳を注ぎ入れる。
そしてそれにラップをかけて電子レンジで加熱する。
「なにするの?」
興味津々と言った様子で、大洋はアイスをかじりつつその様子を眺めている。
「せっかくだから、美味しいもの作ってあげる」
牛乳を冷蔵庫に戻して、こんどは砂糖を取り出し、加熱した餅がトロトロに軟らかくなったのを確認して、砂糖を加えてかき混ぜる。混ぜつつスプーンで持ち上げると、薄い膜のような状態で落ちていく。
餅がその状態になったことを確認して、バッドにキッチンペーパーを敷いてそこに流し込む。
「とりあえずは、これで放置」
後はあら熱を取ったら冷凍庫でほどよく凍らせ、小ぶりに切り分け。バニラアイスを掬い取り包み込み、包んだ面を下にして凍らせればアイス餅が出来る。
(はず……)
ネットで作り方は見たが、実際に作るのは初めてなので自信はない。
これでいいのだろうかとテーブルに顔を寄せ生地を観察していると、大洋も同じく顔を寄せてきた。
近くで見る頬は、産毛が薄ら生えてふっくらしている。まだまだ幼いその顔立ちに、それでも夫の面影が見え隠れしている。
「こういうの、お父さん好きそうだよね」
スマホで日葉里が作ろうとしているものを理解した大洋が言う。
弾む声や明るい表情に、再び夫の姿が重なる。
一緒にいられなくなっても、思い出が日葉里と大洋に寄り添っているのだ。
春樹が食べられない分、大洋と一緒にご飯を食べて家族の思い出を繋いで生きて行くのだ。
「そうだね」
そう返して、日葉里は大洋の頭を撫でた。