露店に戻ると、弁当は残り二つとなっていた。

「これ売り切ったら帰れるの?」

 売れ残りの弁当を指さして榎波(えなみ)が聞く。

「そうですね」
「なら金で解決する」

 日葉里(ひより)の言葉を聞くと同時に、榎波は自分のスマホでQRコードを読み取り決済を済ませる。

「これ以上愛想笑いするくらいなら、オレが買い取る」

 そう言って、榎波は自分が買い取った弁当の一つを日葉里に差し出す。

「え?」
「奢るから、一個食え」
「これ二つともヘルシー弁当ですよ?」

 さっき雑穀米は嫌だと言っていたではないか。
 確認する日葉里に、榎波は眉間に皺を寄せて返す。

「このまま店番するくらいなら、我慢してこれを食う」

 えらい言われようだ。
 理恵が聞いたら、確実に怒るだろう。

「食わないのか?」

 なかなか弁当を受け取らない日葉里に榎波が聞く。

「食べますよ。ご飯を作る、ご飯を食べるっていうのは、辛くても死なないっていう決意表明なんですから」

 慌ててお弁当を受け取る日葉里の言葉に、榎波が「そうか」と、小さく笑う。
 そして手早く店じまいをすると、自販機でお茶を買って車でお弁当を食べた。

「やっぱ白米がいいな」

 食事をする榎波が不満げに呟くが、箸の速度は緩まない。
 お腹が空いていたらしく、なかなかのハイペースで、お弁当が消費されていく。
 そして「これ美味いな」と、日葉里が仕込んだ松風焼きを示して言う。

(それはどうも)

 心の中でお礼を言い、微かに首を動かす。
 自分も同じものを口の中に放り込み、おかずと一緒にさっきの毅一(きいち)の言葉を咀嚼する。

『母親なんだから悲劇のヒロイン気取って不幸な状況に甘えるな』

 全くその通りだ。
 子供の頃は、離婚を悔やむでもなく、男を作ってでていった母親への恨み言を口にするでもなく、黙々と日常をこなしていく毅一が理解出来なかった。
 でもあれは父親なりの愛情表現だったのだろう。自分の不幸や苦労を嘆くことで、日葉里を可哀想な子供にしたくなかったのだ。
 それは子供を産まなければ、気付くことのなかった愛情なのかもしれない。
 日葉里がその思いに気付いても気付かなくても、毅一は淡々と日常を続けて、自分を社会に送り出してくれた。
 その背中を見て育った日葉里がするべきことは、決まっている。