店に戻ると店先で、榎波(えなみ)智子(さとこ)が弁当を詰めたばんじゅうを抱えて待っていた。
 そのまま日葉里(ひより)理恵(りえ)の軽自動車に手分けをして荷物を運び込んでいく。
 やどかり弁当の販売方法は、配達と店頭販売の他、大きな総合病院近くの駐車場での路上販売となっている。
 配達先が少ない日は、路上販売を担当する方が目的地へ向かう道すがら配達をするのだけど、配達が多い日は、配達と路上販売に分かれて車を出す。
 日葉里と理恵、どちらがどの業務を担当するかは日によって変えている。今日は理恵が配達を担当し、日葉里が路上販売を担当する。

「それで話……」

 荷物を詰め込んだ榎波が理恵を見た。だけど弁当を積み込み、いよいよ出発というタイミングで声を掛けても、相手をするわけがない。

「じゃあ、私、配達に行くね」

 理恵は素早く車に乗り込む。

「おい、話は?」

 榎波が、理恵が閉じようとしていた車のドアを押さえる。

「戻ってきて時間あったら聞くから、それまで智子ちゃんと店番していて」

 その言葉に、智子が体をくねらせて歓喜の声をあげる。
 榎波が振り返りそちらに気を取られている隙に、理恵はドアを閉めて車を発進させる。
 少々気の毒ではあるが、相手が榎波なのでほっておこう。

「じゃあ、私も販売行ってきます」

 バイバイと手を振って日葉里が車に乗り込むと、なぜか榎波が助手席のドアを開けた。

「ちょっと、なにしてるんですか?」

 驚く日葉里にかまうことなく、榎波は助手席に置いてあった日葉里の鞄を後部座席に移動させ、そのまま乗り込んでくる。

「消去法だ。ここであの子と二人残されても扱いに困る」

 榎波の背後では、智子の「そんなぁぁぁ」という悲鳴が聞こえている。

「降りてくださいよ」
「仕事を手伝ってやる」

 榎波はぶっきらぼうに答えてシートベルトを嵌める。

「……」
「急いだ方がいいだろ。早く車を出せ」

 榎波は偉そうに、顎で出発を促す。
 どう言って降ろそうかと考えていると、後ろから来たトラックがクラクションを鳴らす。
 店の前の通りは幅が狭いので、このままでは交通の妨げになる。

「ちゃんと手伝ってくださいね」

 日葉里は大きくため息を吐くと車を発進させた。