五日後。辛城はあれから寝て起きてを繰り返している。それは異常なことではなく、俺たちの様に朝に寝て夜に寝る、というだけのこと。
今日はリハビリの一環で飲み込みや喋りの検査をするのだそう。病室ではないところで行うらしく、辛城は車椅子に乗って移動していった。
そして、辛城がいない間。俺は榊原先生に呼ばれ、以前入った面談室を前にした。
扉をノックし、中から応答があった。扉を開けてくれたのは看護師さんで、榊原先生はホワイトボードに検査結果のようなものを並べていた。四人掛けのテーブルにホワイトボードとノートパソコンという、以前も見た光景。
「来てくれてありがとうございます」
「いえ……何かあったんですか?」
「今からご説明します。……その前に確認しなければなりません」
「なんでしょう?」
部屋に入って、先生とは逆の位置にある椅子に座った。正面に先生が座り、先生の隣には看護師さんが。雰囲気から楽しい話ではないのだろうとは思う。辛城の話だとは思うが……また何か病気が見つかったのだろうか。
先生は神妙な面持ちで俺を睨みつける。
「今から説明するのは辛城さんについてです」
「はい」
「病状を説明してほしいと言ったのは彼女ですが、これから話すことは僕の独断です」
「はい……?」
「医療者としてはやってはいけないことでしょう。けれど、彼女のためを思ったら、一石くんに聞いてほしい」
「……」
「僕からのお願いです。聞いてくれませんか?」
緊張と冷や汗が走った。部屋は涼しいはずなのに、どこからともなく汗が垂れる。こんなことを言うなんて、悪い話以外ないじゃないか。裏をかいて良い話の可能性は? ならこんな顔をするか? 良いも悪いもなく、真面目な話なのか? え、でもそれを辛城に聞かないで言っちゃっていいのか?
待って。待って待って待って。
だって。辛城は起きたんだ。起きて、治療して、元気になって、退院して、目標があるって言ってて。
それで……。
それで……?
「一石くん!」
「はいっ」
身体が跳ねた。正面に座る二人が、打って変わって心配そうに俺のことを見ている。
なんだよ。なんなんだよ。あなたたちは今から何をしようとしてんだよ。
「一石くん」
「……はい」
呼ばれて、先生に焦点を合わせた。横から看護師さんがお茶置いた。
「聞きたくなければもちろんそれでいいんです」
「はい……」
「無理に聞かせる気も、勿体ぶっているつもりもありません。ただ、僕は彼女、辛城さんのためにと思って今この場で話をしています」
「辛城の……ため……?」
「はい。その言葉に偽りはありません」
ああ、先生はそういえば、眼鏡をかけていたな。耳から入ってくる言葉を理解するのが遅いのは、全く関係ないことを考えているから。脳で理解する前に反対の耳から突き抜けて行きそうだった。
ただ、「辛城のため」という言葉だけは、運よく脳みそのどこかに引っかかった。もう一度先生に焦点を合わせれば、今更だけど、真剣そのものだった。白衣を着て、シャツにネクタイを締めて、短い髪を立てて、清潔そうな出で立ち。今まで目立った医療行為は見てないけれど、辛城のためにと尽くしてくれたのは知っている。
「…………、わかりました。聞きます」
「ありがとうございます」
深々と下げた頭は、テーブルに着きそうなほどだった。
正直、覚悟と言えるほどのものはない。けど聞かないでこれからを過ごすより、聞いて、辛城について知って、一緒に過ごしていきたいとは思った。
だから聞く。それだけ。
「では、加藤さんにも連絡を」
大家さんだ。看護師さんはスマホを操作し、電話をかけるそぶりを見せた。そしていくつかやり取りを交わした後、スマホスタンドの上に置いた。スピーカーになっているのだろう、電話から音が聞こえる。
「今から辛城さんのキーパーソンであるお二人に、彼女の現状と今後についてお話しします」
聞くと決めたのだから、怖がっても……今更止められない。
「辛城さんはもう、そう長くないでしょう」
……聞かなきゃ……。
今日はリハビリの一環で飲み込みや喋りの検査をするのだそう。病室ではないところで行うらしく、辛城は車椅子に乗って移動していった。
そして、辛城がいない間。俺は榊原先生に呼ばれ、以前入った面談室を前にした。
扉をノックし、中から応答があった。扉を開けてくれたのは看護師さんで、榊原先生はホワイトボードに検査結果のようなものを並べていた。四人掛けのテーブルにホワイトボードとノートパソコンという、以前も見た光景。
「来てくれてありがとうございます」
「いえ……何かあったんですか?」
「今からご説明します。……その前に確認しなければなりません」
「なんでしょう?」
部屋に入って、先生とは逆の位置にある椅子に座った。正面に先生が座り、先生の隣には看護師さんが。雰囲気から楽しい話ではないのだろうとは思う。辛城の話だとは思うが……また何か病気が見つかったのだろうか。
先生は神妙な面持ちで俺を睨みつける。
「今から説明するのは辛城さんについてです」
「はい」
「病状を説明してほしいと言ったのは彼女ですが、これから話すことは僕の独断です」
「はい……?」
「医療者としてはやってはいけないことでしょう。けれど、彼女のためを思ったら、一石くんに聞いてほしい」
「……」
「僕からのお願いです。聞いてくれませんか?」
緊張と冷や汗が走った。部屋は涼しいはずなのに、どこからともなく汗が垂れる。こんなことを言うなんて、悪い話以外ないじゃないか。裏をかいて良い話の可能性は? ならこんな顔をするか? 良いも悪いもなく、真面目な話なのか? え、でもそれを辛城に聞かないで言っちゃっていいのか?
待って。待って待って待って。
だって。辛城は起きたんだ。起きて、治療して、元気になって、退院して、目標があるって言ってて。
それで……。
それで……?
「一石くん!」
「はいっ」
身体が跳ねた。正面に座る二人が、打って変わって心配そうに俺のことを見ている。
なんだよ。なんなんだよ。あなたたちは今から何をしようとしてんだよ。
「一石くん」
「……はい」
呼ばれて、先生に焦点を合わせた。横から看護師さんがお茶置いた。
「聞きたくなければもちろんそれでいいんです」
「はい……」
「無理に聞かせる気も、勿体ぶっているつもりもありません。ただ、僕は彼女、辛城さんのためにと思って今この場で話をしています」
「辛城の……ため……?」
「はい。その言葉に偽りはありません」
ああ、先生はそういえば、眼鏡をかけていたな。耳から入ってくる言葉を理解するのが遅いのは、全く関係ないことを考えているから。脳で理解する前に反対の耳から突き抜けて行きそうだった。
ただ、「辛城のため」という言葉だけは、運よく脳みそのどこかに引っかかった。もう一度先生に焦点を合わせれば、今更だけど、真剣そのものだった。白衣を着て、シャツにネクタイを締めて、短い髪を立てて、清潔そうな出で立ち。今まで目立った医療行為は見てないけれど、辛城のためにと尽くしてくれたのは知っている。
「…………、わかりました。聞きます」
「ありがとうございます」
深々と下げた頭は、テーブルに着きそうなほどだった。
正直、覚悟と言えるほどのものはない。けど聞かないでこれからを過ごすより、聞いて、辛城について知って、一緒に過ごしていきたいとは思った。
だから聞く。それだけ。
「では、加藤さんにも連絡を」
大家さんだ。看護師さんはスマホを操作し、電話をかけるそぶりを見せた。そしていくつかやり取りを交わした後、スマホスタンドの上に置いた。スピーカーになっているのだろう、電話から音が聞こえる。
「今から辛城さんのキーパーソンであるお二人に、彼女の現状と今後についてお話しします」
聞くと決めたのだから、怖がっても……今更止められない。
「辛城さんはもう、そう長くないでしょう」
……聞かなきゃ……。