「だから、謝り過ぎだよ」


 辛城は謝ったり感謝したり、忙しい奴だ。どちらかというと謝ってくることが多い気もする。感謝されたくてやっているわけではない。謝ってほしくて押しかけているわけでもない。
 読み終えた手紙をテーブルに置いて、ただそこにいただけの単語帳と入れ替えた。中身を見ればやはり、俺があげた奴。なんでこれがこんなところに? パラパラと捲れば、そこにはもちろん俺の文字。少し懐かしさのある筆記が続いたが、後半は違った。たぶん、というかほぼ確実に彼女の文字。余白だったのだろうそこに、『大事なこと』と書かれている。その後ろの紙を見る。


「『一石くん』『チョコレート』『勉強』『受験』『ココア』。……俺、ここに並ぶの?」


 何とも言えない気持ちに、乾いた笑いが出た。
 手もとの紙に雨が降る。外を見れば暗い雲が空を埋め尽くしていた。窓から水滴が吹き込んできて、文字を滲ませる。窓を閉めれば自分の顔が映った。


「どういう顔だよ」


 水滴のせいで見えにくいのもあるが、何ともはっきりしない表情だ。自分のことなのにわからない。心情も、これからのことも。
 こんな形で『初めてのお願い』の真相を知った。それは救いを求めていた。本人は「自分を責めるな」と言うけれど、多少はやはり負い目を感じてしまう。あの時、願いを叶えていたら、何か違ったのだろうか。


「……いや、そんなわけないか」


 事故じゃない。病気だ。発生原因もわかっていないものだ。人為性なんてない。変わったとしたらその場限り。もし俺が手を出していたら、その時は願いが叶ってよかったかもしれない。でも、もし俺が手を出していたら、その後がなかったかもしれない。勉強を教えることも、一緒に勉強することも、一緒にご飯を食べることも。……受験に、向き合うことも。
 たらればでしかない。終わったことは変えられない。理由がわかっただけで、後悔も、希望も、なにもない。ただ疑問が解消されただけ。それ以上も以下もない。
 なら、どうするか。


「俺も、辛城に言わなきゃいけないことがあったんだ」


 窓辺から、ベッドへ。穏やかな寝息を立てる辛城の顔を見つめる。俺は今、どんな顔をしているだろう。「なんて顔してるんですか」って、笑ってくれないかな。それはまだ先だろうか。もし……辛城が目を覚ましたら、また別の顔をしているんだろうな。その時の方がひどい顔だろうな。でも、それでもいい。


「目が覚めたら結果を言うよ。ここで待ってる」


 辛城の細く、冷たい手を握った。


 ・♢・


 それからお見舞い通いが始まった。予備校に通いながら辛城の病室へ。机を借りて勉強しながら、辛城の目が覚めるのを待った。
 手紙を読んだ時と同じように、今日もまた雨が降っている。あの頃から二カ月が経っている。


「あ、こんにちは一石くん。今日も頑張ってるね」
「こんにちは二宮さん」


 病室で勉強していると、リハビリの二宮さんが来た。今日も、というか、今日まで辛城は目を覚ましていない。中心静脈栄養、つまり点滴は現在でも続いている。けれどこの二カ月で痩せてしまった。栄養をとっているのに、と二宮さんにこぼしたことがある。「内臓に入っているわけではないからね」と遠回しに言われた。
 その名の通り、静脈に直接栄養を注入していると。胃腸を介さないという、普通の栄養吸収とは違うのだ。それは確かに痩せるだろうと、なんとなく理解した。
 痩せるのとは別に体が動かなくなっていく。これはなんとなく想像がついていた。寝起きに体が硬くなるのが顕著なんだろう。寝返りを打っても指先、足先は使わない。そうすると関節が硬くなっていって、筋肉も固くなっていって、縮こまっていく。そうならないために、本人は動かせないならばと動かすのがリハビリの二宮さんの仕事。
 そして俺は、二宮さんに教わっていることがある。