どれほどの時間が経ったか。
 二回ほど声をかけられた時に時計を見て、そのときは二十時だった。現在時刻、二十一時二十七分。教科書とノートを持ってきてよかった。
 ……来て、くれるだろうか。
 スーツや綺麗目な服装の人が多くなった、賑やかな駅。この時間まで来ないということは今日は塾だろうか。やはり連絡先を交換しておくべきだった。勉強会はしてくれるだろうが、不安になる。
 今日は帰ろうか。もう少し待とうか。私が彼と出会ったのは何時ごろだったろうか。……もう、覚えていない。
 膝の上で開きっぱなしの、ノートが視界に入る。そこに影が射した。


「っ、よ」
「こんばんは」


 見上げれば、彼だった。きてくれた。それだけで心の何かが満たされていく。
 視界に彩がさす。実は冷めてしまっていた心が、温もりを得て、鼓動を力強くする。
 時間を大事に。早く帰って勉強しよう。早々にノートを片付けて、「行こうか」と声をかけた。黙ってついてくる彼が少し可愛らしい。


「今日は塾?」
「うん。いつから待ってたの?」
「……あんまり時間見てなかった」
「ええぇ……」
「大丈夫よ。時間なんてあっという間に過ぎるんだから」


 時間を見てなかったのも、あっという間だったのは本当よ。そんな怪訝な顔をしないで。記憶を失くしたのではないかと思うほど、すぐに時間は過ぎていった。
 彼の提案でコンビニに寄ることになった。少し喉が渇いたし、お腹もすいたな。家には何もないし。彼も塾終わりでお腹が空いているのだろう。


「あと……連絡先、教えて」
「そう、だね」


 彼も考えていたんだなと、少し面白く、嬉しく思う。
 買い物をして、喉を潤して、勉強スケジュールについて話す。帰るまでは普通の学生のようで、また嬉しかった。何年目にしての経験。生涯忘れることのない事柄になるだろう。貴重な、貴重な、私の学生生活。
 自宅に来て、エアコンを入れた。快適な環境で過ごしてもらいたい。


「それじゃあ、さっそくお願いします」
「ヨロシクオネガイシマス」


 ・♢・


 数日間続いた勉強会も、あっという間に終わってしまった。彼の名前を憶えているかという抜き打ちテストも含め、一緒に勉強している間はとても有意義なものだった。貰った公式帳のおかげで、見ながらにはなるが解くペースが早くなった。
 さて、そろそろ本番。彼は『普段と違う』と感じればそれでいいと。つまりはその『違い』が『成長』ということなのだろう。
 最終日、お互いに頑張ろうと言いあって、玄関で別れた。扉に背中を預け、足の力が抜ける。


「ねむ……」


 勉強会の間、『夜』の相手はすべて断っていた。それは彼の前では誠実でいたかったから。今更なのはわかっているけれど、せめてもの足掻き。
 でもそれはつまり、私は睡魔の悪夢との戦いになってしまう。


「もう少し……もう少しだけ、がんばろうよ」


 天井を見上げ、この気持ちはかき消してたまるかとの思い出の言葉だった。今日まで付き合ってくれた彼……一石くんのためにも。


「っ」


 手近な太腿を抓った。痛みで眠気が少しだけ覚める。そしてようやく立ちあがることができた。
 全く眠ることができないわけじゃない。寝ても普通に起きれることもある。普通に起きるか、悪夢を見るか、起きたら数日経っているかのくじ引き。最近は幸いにも起きれていた。悪夢を見ることもあった。
 ただ、だからこそ、そろそろその時は来るだろうという予想。目覚ましをいくつしても起きれないかもしれない。
 でも、やらないよりかはまし。色々な音、振動、動き、光の目覚まし。全てに電源を入れて、片付けもせずベッドに身を委ねた。


 ・♢・