起きたら、三日が経っていた。
あの日。クラスメイトを家に招いた日。眠くて眠くて眠たすぎて、協力を願った。「私を『助けて』」と。
でも、残念ながら、その思いは届かず。クラスメイトは私をベッドに横たわらせて、慌てて出て行った。
その様子を、まるで水に浮いている気分で、目だけで追った。眠い時に、柔らかいベッドに身を預ける。
―― ああ、なんて、悪魔のようなことを。だめだ、寝てしまう。
そう考えるのが早いか、睡魔に囚われてしまうのが早いか。私の意識はいとも簡単に微睡んでいった。
そして目覚めた。
喉はカラカラ。体は重く、下半身は冷たく臭い。もう慣れたもので、身に覚えのある感覚で全てを察した。
―― まだ生きてる。
嬉しさと、悲しさと、切なさ。眠るように死んでしまえたらと思う反面。このまま死んでしまうことへの恐怖と歯痒さ。
天井を見上げたまま、深呼吸。血液を巡らせて、なんとか這いずって、悪魔の寝床から冷たく硬い床に滑り落ちる。表情筋でさえ動かすのに抵抗感がある。それだけ水が足りていない。こういう時に備えて、床には細めのストローつきのゼリー飲料が常備されている。開けたのは三日前。けれど、そんなことを気にしている余裕はない。
体は落ちた拍子に横向きに。ストローを何とか咥えて、手をゼリー飲料の上に置いて、力を込めた。
「っげほ」
飲み込みも、寝起きだとなかなかうまくいかない。何度もむせ、何度も咳き込み、何度も吸い直す。疲れつつも、若干渇きが癒えた。
何をするのにも全力。体に水分と栄養が巡るまで、体の不快感を感じながら頭を覚醒させる。火照った体は脱水による発熱か。体が動く様になったらお風呂に入ろう。ベッドシーツは捨てて、新しいものに変えよう。シーツの下に防水シーツを敷いていてよかった。服も破棄。床は……洗えば何とかなるだろうか。
考えて、何もない、ちょっと汚れた天井を見上げる。
彼には悪いことをしてしまった。クラスメイトとはいえ、何度か言葉を交わしただけの彼に、頼ってしまった。困惑させただろう。もう話すことはないかもしれない。いや、そうなるように、私はもう、彼に近づかない。それが彼のためであり、私のため。私という『厄介な存在』に引っかかるのは、得を得る一部の人間でいい。彼にとって、私に関わることは何の得でもない。関わらないことが一番の得だ。
ぼーっと、数時間。この場にいない彼に、小さく「ごめんね」と言っておいた。
・♢・
部屋を片付けて、数日ぶりの食事を買いに出てきた。平日の夜でも人通りの多い駅周り。酔っ払いの足取りを読んで躱しながら、ビニール袋を片手にトロトロと歩く。
「トオルじゃーーん」
すれ違いざまの人が私の仮の名を読んだ。見上げて見れば、いつもの男。私に刺激を与え、快感を手にしている男。酒でも入っているのか焦点がややあっていない。直立姿勢が取れず、ふらふら、ゆらゆらと体を揺らす。
「おめー連絡しろよぉーー。おれぁ溜まって溜まってしょうがなくて……しょーがねーからたけー金払ってぶっしゃああぁぁぁしてきたんだぞーーーぉぉ?」
「知らないわよ……離して」
「あー? 何言ってんだよ離さねーよ。今からホテルいっくぞー!」
「ちょっと、やめてよ」
沢山寝た後だから、今日は眠気という悪魔は近くにない。それなのにこの男とヤル趣味はない。いつもはお世話になっているけれど、でも、私の事情もお構いなしにヤラれる趣味もない。
男は私の首に強引に腕を回す。力の加減を知らない酔っ払いは、体重をあっちこっちに移動させ、私すらもまっすぐ歩かせてくれない。
酒臭い。気持ち悪い。明日は学校に行かなきゃ。必要出席日数が足りなくなってしまう。
離してほしい。逃がしてほしい。私の、少ない自由な活動時間を奪わないで。
「辛城!」
どこか懐かしい声が、私の名前を呼んだ。振り向くと、そこには最近よく見る顔がある。
なぜ彼がここに? 口にする間もなく、腕をとられた。私の首に巻き付いた別の腕を振りほどき、一目散に走る。後ろから呼び止める怒声が聞こえる。そんなことはもちろんお構いなしに、彼は道路まで連れて行ってくれた。タイミングよく通りかかったタクシーに押し込まれ、目的地も曖昧なまま走らせる。
息が上がる。当然だ。運動不足だ。でも、それは彼も同じ。
運転手だけが澄ました顔をしているのがミラー越しにわかる。今まで何度も聞いてきた色っぽい息遣いではない。けれども似たような、運動直後の荒い息遣い。呼吸が治まっていくのは、奇しくも同じタイミングだった。
あの日。クラスメイトを家に招いた日。眠くて眠くて眠たすぎて、協力を願った。「私を『助けて』」と。
でも、残念ながら、その思いは届かず。クラスメイトは私をベッドに横たわらせて、慌てて出て行った。
その様子を、まるで水に浮いている気分で、目だけで追った。眠い時に、柔らかいベッドに身を預ける。
―― ああ、なんて、悪魔のようなことを。だめだ、寝てしまう。
そう考えるのが早いか、睡魔に囚われてしまうのが早いか。私の意識はいとも簡単に微睡んでいった。
そして目覚めた。
喉はカラカラ。体は重く、下半身は冷たく臭い。もう慣れたもので、身に覚えのある感覚で全てを察した。
―― まだ生きてる。
嬉しさと、悲しさと、切なさ。眠るように死んでしまえたらと思う反面。このまま死んでしまうことへの恐怖と歯痒さ。
天井を見上げたまま、深呼吸。血液を巡らせて、なんとか這いずって、悪魔の寝床から冷たく硬い床に滑り落ちる。表情筋でさえ動かすのに抵抗感がある。それだけ水が足りていない。こういう時に備えて、床には細めのストローつきのゼリー飲料が常備されている。開けたのは三日前。けれど、そんなことを気にしている余裕はない。
体は落ちた拍子に横向きに。ストローを何とか咥えて、手をゼリー飲料の上に置いて、力を込めた。
「っげほ」
飲み込みも、寝起きだとなかなかうまくいかない。何度もむせ、何度も咳き込み、何度も吸い直す。疲れつつも、若干渇きが癒えた。
何をするのにも全力。体に水分と栄養が巡るまで、体の不快感を感じながら頭を覚醒させる。火照った体は脱水による発熱か。体が動く様になったらお風呂に入ろう。ベッドシーツは捨てて、新しいものに変えよう。シーツの下に防水シーツを敷いていてよかった。服も破棄。床は……洗えば何とかなるだろうか。
考えて、何もない、ちょっと汚れた天井を見上げる。
彼には悪いことをしてしまった。クラスメイトとはいえ、何度か言葉を交わしただけの彼に、頼ってしまった。困惑させただろう。もう話すことはないかもしれない。いや、そうなるように、私はもう、彼に近づかない。それが彼のためであり、私のため。私という『厄介な存在』に引っかかるのは、得を得る一部の人間でいい。彼にとって、私に関わることは何の得でもない。関わらないことが一番の得だ。
ぼーっと、数時間。この場にいない彼に、小さく「ごめんね」と言っておいた。
・♢・
部屋を片付けて、数日ぶりの食事を買いに出てきた。平日の夜でも人通りの多い駅周り。酔っ払いの足取りを読んで躱しながら、ビニール袋を片手にトロトロと歩く。
「トオルじゃーーん」
すれ違いざまの人が私の仮の名を読んだ。見上げて見れば、いつもの男。私に刺激を与え、快感を手にしている男。酒でも入っているのか焦点がややあっていない。直立姿勢が取れず、ふらふら、ゆらゆらと体を揺らす。
「おめー連絡しろよぉーー。おれぁ溜まって溜まってしょうがなくて……しょーがねーからたけー金払ってぶっしゃああぁぁぁしてきたんだぞーーーぉぉ?」
「知らないわよ……離して」
「あー? 何言ってんだよ離さねーよ。今からホテルいっくぞー!」
「ちょっと、やめてよ」
沢山寝た後だから、今日は眠気という悪魔は近くにない。それなのにこの男とヤル趣味はない。いつもはお世話になっているけれど、でも、私の事情もお構いなしにヤラれる趣味もない。
男は私の首に強引に腕を回す。力の加減を知らない酔っ払いは、体重をあっちこっちに移動させ、私すらもまっすぐ歩かせてくれない。
酒臭い。気持ち悪い。明日は学校に行かなきゃ。必要出席日数が足りなくなってしまう。
離してほしい。逃がしてほしい。私の、少ない自由な活動時間を奪わないで。
「辛城!」
どこか懐かしい声が、私の名前を呼んだ。振り向くと、そこには最近よく見る顔がある。
なぜ彼がここに? 口にする間もなく、腕をとられた。私の首に巻き付いた別の腕を振りほどき、一目散に走る。後ろから呼び止める怒声が聞こえる。そんなことはもちろんお構いなしに、彼は道路まで連れて行ってくれた。タイミングよく通りかかったタクシーに押し込まれ、目的地も曖昧なまま走らせる。
息が上がる。当然だ。運動不足だ。でも、それは彼も同じ。
運転手だけが澄ました顔をしているのがミラー越しにわかる。今まで何度も聞いてきた色っぽい息遣いではない。けれども似たような、運動直後の荒い息遣い。呼吸が治まっていくのは、奇しくも同じタイミングだった。