おやすみ、灰かぶりの眠り姫。

 ねむい。ねむい。
 眠い眠い眠いねむいねむいねないねたくないねないねたいねたいねたいねないねたいねむい。

「うわ、警察だ」
「いこ、あたしらも捕まる」

 ふと耳に入った声。その方を見て、目線の先を見た。凝らして、その人だとわかった。
 なかなか足が前にでない。垂れ落ちた右手で太腿をつねる。少しだけ、目が覚めた。

「あっ! もーどこ行ってたの!?」

 自分の鼓膜も無理矢理揺らして、音の刺激で意識を保つ。無理矢理彼の手をひいて、警察から距離をとる。当然のことのように制止を促してくるけれど、タクシーを捕まえて飛び乗った。
 車が動き出してしまえばもう追ってこなかった。パトカーで追われるかもしれないと思ったけど、なんとかなった。

「何をしていたんですか?」

 気付けのために、相手に話を促す。

「やっぱり、辛城?」
「……はい」

 やっぱりバレていた。この状況で隠すことはできない。タクシーに連れ込んだこともそうだが、なにより、嘘をつけるほど頭が回っていない。
 彼は私をたまたま見つけたらしい。こんな時間に散歩というのは驚きだけれど、話すつもりはなさそう。
 ぱっとしない表情。気まずそうな、浮かない顔。この人も訳ありなのだろう。私も訳ありだし、聞かれたくない。話したくないのなら、話さなくてもいいだろう。
 冷房の効いた車内。汗ばむ体が冷やされていく。車特有のにおいがする。緩やかで安全運転をしてくれているのが有難迷惑で、とてもとても、眠くなる。

ぐら。ぐら。
ぐらぐらぐら。
ぐらぐらぐらぐらぐらぐら。

 世界が回る。車内も回る。目の前の景色に置いて行かれているような、離れて行きそうな感覚。
 気持ち悪くなって瞼を閉じた。閉じてしまった。睡魔が襲ってくる。頭も瞼も重い。体も重くてシートに沈む。

「だめだ……一回じゃ……」

 一回きりじゃ、私の眠気は飛んで行かない。今を乗り越えて眠気を溜めなければ、夢を見てしまう。深く深く眠るために、もっともっと眠気と疲労を溜めなければ。そのためには刺激。刺激が欲しい。痛み。怖くない痛み。
 私を起こして、悪夢(くつう)から遠ざけてくれる苦痛(いたみ)。右の頬をつねる。皮膚を引っ張る痛みが、眠気の一欠片を吹き飛ばした。
 瞼が開く。ふと。隣に、俯いている人がいる。

 ――このひとは、わたしを、たすけてくれるだろうか。

「……あの」
「ん?」
「あなたはこの後、時間ありますか?」
「え、……少しなら、大丈夫だと思う」

 ――ああ。たすけて、くれるの? うれしい。
 ――これで、わたしはもうすこし、いきられる。

 タクシーを降りて、足早に家の中へ招き入れる。部屋の奥へ連れ込み、ベッドの近くへ誘導。ベッドの上に座ってはくれなくとも、足元ならばそれでよい。水分を渡し、密かな考えのために備えてもらう。
 隣に座ると、明らかな緊張を食んでいる。初々しい、と思う。そう上から思ってしまうほど、私は経験を積んでしまった。
懐かしく、羨ましく……妬ましく。
 落ちようとする瞼を無理矢理引っ張り上げるけれど、半分ぐらいしか開かない。自分でも自覚しているけれど、近づかないと彼の姿が見えない。

「ねぇ」
「っはい!」

 元気のいい声。うん、良かった。

「ちょっと立ってくれませんか?」

 疑問に思っているだろう。けれど、理由は聞かずに言ったことを聞いてくれる。思ったよりも背が高い。時計台の下でも、タクシーでも、家出も、ほとんど座ったままだった。見下げてくる彼の目が、私の目と、その下を行き来する。……意識してくれている。頭一つ分近く大きい彼に、眼を閉じてもらう。
 彼の目を覆って、部屋の電気を暗くした。反対の手を腰に据える。今度は。今度こそ。ベッドに座ってもらった。

「お願いがあります」

 膝の間に、膝を入れ込む。さらに固くなった彼の体。両手を、彼の肩に乗せる。恥ずかしいから。眠くて、力が出ないから。彼の耳元で、小さく、懇願。

「私を、『助けて(だいて)』ください」


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