二週間で共通試験。けれどそのあとも試験は続き、辛城とは一ヶ月以上会わなかった。
彼女はどうしているだろう。そう思う日もちらほらあった。でも、「頑張れ」と送り出してくれた彼女のために、そう思うことはやめた。
今はただ、目の前のことに。辛城が言った「やりたいこと」なのかはわからないけれど、彼女に言われたから自分なりに頑張った。
合格発表は数日に渡った。本命と、滑り止めと、ちょっとばかしの反抗。反抗の部分は受かったところで進ませてはくれないだろうけど。
三月上旬。桜の開花予想がニュースで流れる。耳は音を拾うが、脳は拒絶している。いや、脳だけでなく、俺は全てを拒絶したい。
―― あはは、全滅。
第一志望も、第二志望も、第三志望も、第四志望も落ちた。かろうじて見れた合格と桜の模様が映ったのは、反抗に受けた場所だった。
「…………はは、は」
笑っているふりをするしか、なかった。部屋のテレビから明るい声が聞こえる。
「もうすぐなんですね」。もう咲くのか。
「暖かくなりましたものね」。あんなに寒かったのに。
「春が近づいています」。そんなに日が経ったのか。
最後に会った、あの日から。
全てを投げ出したくて。全てを忘れたくて。全てを無かったことにしたくて。日も高いうちにベッドに潜り込んだ。
なるほど確かに暖かい。春が近いのかと、日に当たっていた布団の温度で実感する。
夕方には起きるだろう。起きなければ、それでもいい。きてお腹が空いたら、あるものを食べよう。ああ、でも、起きたら言わなきゃいけない。今日、父さんも帰ってくるんだよな……。俺の合格発表を見越して帰ってくるとか。いつもいないくせに……。
……それなら、起きたくないなぁ……。
・♢・
日が沈んで、夕飯だからと母さんに起こされた。部屋を出たところに父さんがいて、「結果は」と。ありのままを伝えた。何も言わず、一階に降りて行った。隣にいた母さんは「食べましょう」と言ってくれた。父さんのいる場所に行くのは気が引けたけれど、反抗する気力はその時には無くなっていて。
無言で降りて、席について、食べて。父は何も言わなかった。母と兄はテレビについてコメントしていた。姉はいなかった。
ご飯については、覚えていない。
卒業式まで数日あった。それまで登校はなく、友人に遊びに誘われたけど断った。ずっと家にいて、これからどうするかという問いだけが頭の中に残っていた。
辛城からの連絡は、あの日を境に来ていない。結果を伝えられていない。義務ではないから言わなくてもいいのだけど、心残りになっている。思いに反して体は動かず、着替える気も、靴を履く気にも、文字を打つ気にもならなかった。
そんなことをしているから。いつの間にか今日は、卒業式だ。
俺は今、浪人生として塾に通うことになっている。反抗に受けた大学に進むことも考えたけど、進みたい道ではなかったからなあなあになって、いつのまにか入学申し込み期限が過ぎていた。父は「医学部に進むのなら塾の費用は出す」と一辺倒。何もしないよりかは、と、医学部の再受験を目指している。文句を言いつつも甘えている自覚はある。だからこそ、今となっては少し前向きに、「医学で学びたい分野はないか」と図書館に通うようになった。
辛城には会えていないまま、二カ月が過ぎた。
『卒業おめでとう』『また会おう!』
黒板に書かれた文字を見ても、沸き起こる感情がない。
和気あいあいと会話しているクラスメイト達。卒業アルバムの空きページにコメントをくれと頼み込んでいる。ほとんど会話したことのない相手にも手あたり次第。けれど、そのうちの一人に辛城は入っていない。というよりもむしろ、その存在がいなかった。クラスの中にも、学校の敷地内にも……誰の視界にも。
辛城の机はある。なんの変哲もなく、ただそこに佇んでいる。落書きされていたはずの、傷つけられていたはずの、異臭を放っていたはずのそれは、クラスの背景の一つとして周囲に溶け込んでいる。
おそらくは丸ごと変えられたのだろう。誰の手によってかはわからない。誰だって構わない。何もなかったかのように振る舞いたい誰かによるもの。それだけの事実で十分だ。
『辛城』という『水』によって、この平和で楽しげな雰囲気を差されないようにしたいのだろう。『水』は命をつなぐもののはずなのに。皮肉にも、クラスメイトの『水』ではあったのだろう。
彼女はどうしているだろう。そう思う日もちらほらあった。でも、「頑張れ」と送り出してくれた彼女のために、そう思うことはやめた。
今はただ、目の前のことに。辛城が言った「やりたいこと」なのかはわからないけれど、彼女に言われたから自分なりに頑張った。
合格発表は数日に渡った。本命と、滑り止めと、ちょっとばかしの反抗。反抗の部分は受かったところで進ませてはくれないだろうけど。
三月上旬。桜の開花予想がニュースで流れる。耳は音を拾うが、脳は拒絶している。いや、脳だけでなく、俺は全てを拒絶したい。
―― あはは、全滅。
第一志望も、第二志望も、第三志望も、第四志望も落ちた。かろうじて見れた合格と桜の模様が映ったのは、反抗に受けた場所だった。
「…………はは、は」
笑っているふりをするしか、なかった。部屋のテレビから明るい声が聞こえる。
「もうすぐなんですね」。もう咲くのか。
「暖かくなりましたものね」。あんなに寒かったのに。
「春が近づいています」。そんなに日が経ったのか。
最後に会った、あの日から。
全てを投げ出したくて。全てを忘れたくて。全てを無かったことにしたくて。日も高いうちにベッドに潜り込んだ。
なるほど確かに暖かい。春が近いのかと、日に当たっていた布団の温度で実感する。
夕方には起きるだろう。起きなければ、それでもいい。きてお腹が空いたら、あるものを食べよう。ああ、でも、起きたら言わなきゃいけない。今日、父さんも帰ってくるんだよな……。俺の合格発表を見越して帰ってくるとか。いつもいないくせに……。
……それなら、起きたくないなぁ……。
・♢・
日が沈んで、夕飯だからと母さんに起こされた。部屋を出たところに父さんがいて、「結果は」と。ありのままを伝えた。何も言わず、一階に降りて行った。隣にいた母さんは「食べましょう」と言ってくれた。父さんのいる場所に行くのは気が引けたけれど、反抗する気力はその時には無くなっていて。
無言で降りて、席について、食べて。父は何も言わなかった。母と兄はテレビについてコメントしていた。姉はいなかった。
ご飯については、覚えていない。
卒業式まで数日あった。それまで登校はなく、友人に遊びに誘われたけど断った。ずっと家にいて、これからどうするかという問いだけが頭の中に残っていた。
辛城からの連絡は、あの日を境に来ていない。結果を伝えられていない。義務ではないから言わなくてもいいのだけど、心残りになっている。思いに反して体は動かず、着替える気も、靴を履く気にも、文字を打つ気にもならなかった。
そんなことをしているから。いつの間にか今日は、卒業式だ。
俺は今、浪人生として塾に通うことになっている。反抗に受けた大学に進むことも考えたけど、進みたい道ではなかったからなあなあになって、いつのまにか入学申し込み期限が過ぎていた。父は「医学部に進むのなら塾の費用は出す」と一辺倒。何もしないよりかは、と、医学部の再受験を目指している。文句を言いつつも甘えている自覚はある。だからこそ、今となっては少し前向きに、「医学で学びたい分野はないか」と図書館に通うようになった。
辛城には会えていないまま、二カ月が過ぎた。
『卒業おめでとう』『また会おう!』
黒板に書かれた文字を見ても、沸き起こる感情がない。
和気あいあいと会話しているクラスメイト達。卒業アルバムの空きページにコメントをくれと頼み込んでいる。ほとんど会話したことのない相手にも手あたり次第。けれど、そのうちの一人に辛城は入っていない。というよりもむしろ、その存在がいなかった。クラスの中にも、学校の敷地内にも……誰の視界にも。
辛城の机はある。なんの変哲もなく、ただそこに佇んでいる。落書きされていたはずの、傷つけられていたはずの、異臭を放っていたはずのそれは、クラスの背景の一つとして周囲に溶け込んでいる。
おそらくは丸ごと変えられたのだろう。誰の手によってかはわからない。誰だって構わない。何もなかったかのように振る舞いたい誰かによるもの。それだけの事実で十分だ。
『辛城』という『水』によって、この平和で楽しげな雰囲気を差されないようにしたいのだろう。『水』は命をつなぐもののはずなのに。皮肉にも、クラスメイトの『水』ではあったのだろう。