俺も甘く茶色いものを胃に注ぐ。
「受験までのスケジュールはどんな感じなんですか?」
「塾は週四で通うことになってる。模試は十二月まで、月二か三で何かしら受ける予定。来年の一月には共通テストだけど、二月もいくつか受験する」
「受験生って大変ですね……」
「辛城も今の学校受験してるじゃん。推薦だったの?」
進学はしないと言っていた辛城だったから、少し詳しく説明した。それが彼女には想像よりも衝撃があったよう。高校受験はしているはずなのに。
なんの気無しに過去のことを聞いてみれば、辛城の目は光を飲み込んだ。
「……いえ、一般試験です」
「一緒だ。独自の問題で大変だったよね。その時と同じだよ」
「そっか。もう覚えてないや」
「まじか」
「うん。過去の大変だったことは反省と結果を除いて忘れる主義なの」
そんなに大変な受験期だったのか……。
今の辛城の成績を考えればギリギリだったのかもしれない。それはもちろん言わないが。
それから、辛城との勉強会は塾の日を除いた週一から三回行う予定となった。
俺の自習がてら、辛城の勉強を見る。期限は一月まで。ギリギリのことを辛城は心配していたけど、俺が強く希望した。
「前の週には予定を決めてもいいですか?」
「うん、いいよ」
「直前に来れなくなってしまった場合は連絡してください」
お互いに共通のカレンダーアプリを使って、予定を書き込むことにした。塾の日は決まっているが、模試の日は違う。そうはいっても週末が多いので、予定は立てやすい。辛城にも予定があるだろうから、俺はできる限り早めに入れることにした。
途中まで一緒に帰り、分岐点。「またね」と言い合って、背中を向けた。チラリと振り返れば、黒いフードをかぶった背中が小さくなっていく。何に急かされるわけでもないが、視線を戻して足早に家路についた。
「ただいまっ」
母親の声が家の奥から聞こえるが、階段を駆け上がる音にほとんど掻き消えた。
部屋に入ってはすぐにスマホを開いた。
・♢・
「模試を返す。これが共通試験前、最後の結果だ。各々、再来週の試験までにどこを詰めるか、しっかり確認するように」
塾の先生の念押しが重くのしかかる。受験生の俺たちにとっては昼も夜もなく、ハロウィンもクリスマスも、三が日でさえあってないようなものだった。
今日は一月三日。本番まであと二週間。志望校はすでに決まっているとはいえ、今回の模試の結果は試験へのモチベーションに大きく関わってくる。
一人ずつ、名前を呼ばれて受け取りに行く。緊張で表情が硬い奴。ほころぶ奴。険しくなる奴。曇る奴。たぶん、いろんな顔があるだろう。それは想像でしかないけれど、想像に容易い。
いつ自分の名前が呼ばれるか。それは何かの儀式の前のような緊張感がある。まるでよくないことをやってしまった時のような。決して、学校集会で表彰されるときのようなものではない。むしろそれだったらどんなにいいか。皮肉すぎて笑いも起きない。
俺が表彰されたことはあっただろうか。思い出せない記憶を、あたかも実際にあったかのように考える俺は妄想癖だろうか。
「一石」
呼ばれて、真っ白になる。ただただ今までぼーっと眺めていた様子に紛れるよう、行動を真似してみた。席から立って、先生の近くまで行き、差し出された紙を両手で受け取る。中身は見ずに着席する。そして……恐る恐る、少し厚い紙を開いて、カラフルな面に書かれた文字の意味を読み取る。
「……ははっ」
笑みは乾いていた。固い何かで殴られたような衝撃が、顎から頭に向かって稲妻のように駆けた。ただただ他人事のように書かれた評価が、俺の心臓に纏わりついて、締め上げて、血液に混ざる。
「……再度言う。各々、再来週の試験までにどこを詰めるか、しっかり確認するように」
・♢・
「受験までのスケジュールはどんな感じなんですか?」
「塾は週四で通うことになってる。模試は十二月まで、月二か三で何かしら受ける予定。来年の一月には共通テストだけど、二月もいくつか受験する」
「受験生って大変ですね……」
「辛城も今の学校受験してるじゃん。推薦だったの?」
進学はしないと言っていた辛城だったから、少し詳しく説明した。それが彼女には想像よりも衝撃があったよう。高校受験はしているはずなのに。
なんの気無しに過去のことを聞いてみれば、辛城の目は光を飲み込んだ。
「……いえ、一般試験です」
「一緒だ。独自の問題で大変だったよね。その時と同じだよ」
「そっか。もう覚えてないや」
「まじか」
「うん。過去の大変だったことは反省と結果を除いて忘れる主義なの」
そんなに大変な受験期だったのか……。
今の辛城の成績を考えればギリギリだったのかもしれない。それはもちろん言わないが。
それから、辛城との勉強会は塾の日を除いた週一から三回行う予定となった。
俺の自習がてら、辛城の勉強を見る。期限は一月まで。ギリギリのことを辛城は心配していたけど、俺が強く希望した。
「前の週には予定を決めてもいいですか?」
「うん、いいよ」
「直前に来れなくなってしまった場合は連絡してください」
お互いに共通のカレンダーアプリを使って、予定を書き込むことにした。塾の日は決まっているが、模試の日は違う。そうはいっても週末が多いので、予定は立てやすい。辛城にも予定があるだろうから、俺はできる限り早めに入れることにした。
途中まで一緒に帰り、分岐点。「またね」と言い合って、背中を向けた。チラリと振り返れば、黒いフードをかぶった背中が小さくなっていく。何に急かされるわけでもないが、視線を戻して足早に家路についた。
「ただいまっ」
母親の声が家の奥から聞こえるが、階段を駆け上がる音にほとんど掻き消えた。
部屋に入ってはすぐにスマホを開いた。
・♢・
「模試を返す。これが共通試験前、最後の結果だ。各々、再来週の試験までにどこを詰めるか、しっかり確認するように」
塾の先生の念押しが重くのしかかる。受験生の俺たちにとっては昼も夜もなく、ハロウィンもクリスマスも、三が日でさえあってないようなものだった。
今日は一月三日。本番まであと二週間。志望校はすでに決まっているとはいえ、今回の模試の結果は試験へのモチベーションに大きく関わってくる。
一人ずつ、名前を呼ばれて受け取りに行く。緊張で表情が硬い奴。ほころぶ奴。険しくなる奴。曇る奴。たぶん、いろんな顔があるだろう。それは想像でしかないけれど、想像に容易い。
いつ自分の名前が呼ばれるか。それは何かの儀式の前のような緊張感がある。まるでよくないことをやってしまった時のような。決して、学校集会で表彰されるときのようなものではない。むしろそれだったらどんなにいいか。皮肉すぎて笑いも起きない。
俺が表彰されたことはあっただろうか。思い出せない記憶を、あたかも実際にあったかのように考える俺は妄想癖だろうか。
「一石」
呼ばれて、真っ白になる。ただただ今までぼーっと眺めていた様子に紛れるよう、行動を真似してみた。席から立って、先生の近くまで行き、差し出された紙を両手で受け取る。中身は見ずに着席する。そして……恐る恐る、少し厚い紙を開いて、カラフルな面に書かれた文字の意味を読み取る。
「……ははっ」
笑みは乾いていた。固い何かで殴られたような衝撃が、顎から頭に向かって稲妻のように駆けた。ただただ他人事のように書かれた評価が、俺の心臓に纏わりついて、締め上げて、血液に混ざる。
「……再度言う。各々、再来週の試験までにどこを詰めるか、しっかり確認するように」
・♢・