ずっと海に沈んでいるみたいだった。
ずっと深い海にいる。
声を出そうとしたけど泡しかでない。
ずっともがいてる。
誰かに助けてもらいたくて、誰かに気付いてもらいたくて。
ただ、ずっと書いていた。
しんどいことも、嫌なことも。
全部全部、書いていた。
「バカだな」
「へたくそ」
ただ、冗談だった。
冗談で言って、自殺する子もいる。
冗談でも、心にナイフで傷つけられた跡が残る。
「愛してる」
その言葉がどれだけ私を傷つけるのだろう。
それだけ、縛り付けるのだろう。
本当は、愛してほしかった。
冗談でも言わないでほしかった。
その言葉がどれだけ人を傷つけたか分かってない。
愛してる。
確かに愛しては、くれた。
でも、それは私の愛してるじゃない。
死にたかった。
どうしても、死にたかった。
死んで、どうでもよくなりたかった。
静かに本を読んでいる間は、自分だけの世界で一人でいられる時間。
そんな時間を壊すのが、チャイムだった。
「みんな席につけ~」
友達と話していたクラスの人たちが次々と自分の席へ散らばっていく。
「今日は、席替えをしようと思う」
その先生の言葉が、教室にいた生徒を豹変させる。
『やったー』と喜ぶものもいれば、『えー』と落胆の声を落とすものまで。
その中で、私はいい席が当たりますようにと、窓の外を見ていた。
「じゃあ、くじ引きだからな~」
先生は運というものが大好きらしい。
今年に入って三か月、席替えは一か月に一回。
席替えは三回行われたが、全部くじ引きだった。
運が悪い私は、三回ともあまり席が変わらなかった。
だから、今度こそは、と考えていた。
心の中で決意を固め、席を立つ。
そして、教壇の前に続く列に並ぶ。
そして、ついに自分の番が来た。
これからは、できるだけ目立ちたくないんです。
そう言った個人的な願いを心の中で呟き、くじ引きを取る。
ゆっくりと紙を開き、番号を確認する。
それから、黒板に書いてある席の場所。
番号が振り割っていて、くじ引きの数と同じところに座る。
黒板に書いてある教室の全体図に目を向ける。
『神様、どうか、どうか、窓側の席で静かに授業が受けれますように』
ただ、こんなちっぽけな願い。
これぐらいなら神様も聞いてくれるだろうと思った。
なのに、実際、神様は私の願いなど聞き入れてくれなかった。
でも、願いは叶っている。
確かに、窓側の席ではある。
あるけれども。
横の席が、学年で有名な岡崎魁浬(おかざき かいり)なのだ。
窓側の席は叶っていても、静かに授業が受けれるわけがない。
だって、岡崎君は顔がよくて、授業中でも岡崎くんを盗み見ることがよくある。
そのため、他からの視線がすごい。
例えば、『あの子、いいな~』とかそんな目で見られる。
全然よくない!
変わってほしかったら、変わってあげる。
でも、こんな私に話しかけようとはしないだろう。
また、一か月後の席替えが待ち遠しい。
そんなことを頭の隅で考えながら、念願の窓際から見える空をボーと見ていた。
それを岡崎くんに見られていたなんて、全く気付かなかった。
「ねぇ、深澤(ふかざわ)さ。教科書持ってる?」
ああ、現実逃避したくて幻聴が聞こえている。
しかも、あの岡崎くんの幻聴だ。
授業中にこんなことを考えているなんて、いつか私の頭はおかしくなっていくのだろうか。
いや、もうおかしくなっているか。
「ねぇ、聞こえてるよね?」
「えっ、幻聴じゃない?」
立て続けに幻聴が聞こえるもんだから、これはさすがに幻聴じゃないと思っていると、
なぜか思っていたことが口から溢れていた。
「幻聴だと思ってたの?」
「あ、え、はい」
「そう。教科書見せて?」
本当に冷静だな。
普通、幻聴だと思われていたんだと驚かれると思ってた。
想像と少し違う。
「はい。どうぞ」
「えっ?」
岡崎くんがなぜすっとんきょんな声を上げたかというと、私が教科書を彼に渡したから。
普通は、机をくっつけたりして一緒に見るのだろうけど、私はそれなら教科書がなくてもいい。
そう思ってしまうのだ。
「だから、はい」
「えっと、いらないの?」
「どうぞ」
これ以上会話をしていたくなかったから教科書を強引に渡し、黒板に視線を向ける。
「えー、じゃあ教科書P108の問1を出席番号26番」
「えっ」
教科書いらないって言ったそばから、先生に当てられるなんて。
「どうした?」
先生が怪訝そうな顔で疑ってくる。
『わかりません』と言ってしまえばいいんだろうけど。
「・・・0.32」
隣から何とか聞こえるぐらいの声量で何かが聞こえた。
0.32?
それって問1の答えなの?
「おーい?」
「あっ、0.32です」
「正解。座っていいぞ」
先生に言われた瞬間、すぐさま椅子に座る。
そして、チラッと岡崎くん方を見る。
声を出してしまえば、みんなに注目される。
注目されずにお礼を伝える方法。
ある方法が頭の中に浮かぶ。
ノートの端を切って、『ありがとう』できる限り綺麗に書く。
そして、紙きれを四つに折って横の席に目掛けて投げる。
岡崎くんは、投げ込まれた紙にすぐ気づいてくれた。
目線をこっちに向けてきた。
教室にいる子たちは今、全員黒板を見ている。
今ならできるかもしれない。
『ありがとう』
岡崎くんがこっちを見てくれている間に、口パクで伝える。
岡崎くんは、一瞬ピクッと動かなくなったけど、すぐさま黒板に視線を移す。
えっと、お礼は受け取ってもらえたってことでいいんだよね。
うん。そうしよう。
お礼は伝えれたし。
――――このやり取りをクラスの女子に見られているとは思わなかった。
「ねぇ、岡崎くんとどうやって仲良くなったの?」
最悪の数学がやっと終わったと安堵を浮かべていたのも束の間。
学校の中で美人ということで有名な尼崎(あまざき)さんが声をかけてきた。
「えっと・・・」
そもそも、仲良くなんてなっていないんですよね。
だって、岡崎くんって何を考えているかわかりにくいし、会話も続かせたくないから
仲良くなることは絶対にないことだといいきれるほどの関係だ。
「誤解してません?」
「いえ、誤解などしてないよ?」
問うとすぐ返答が返ってきた。
でも、誤解じゃなかったらなんていうのだろう。
「どこを見て仲がいいと思ったのですか?」
そう、私たちの行動で仲がいいと思える事はしてないはず。
「さっきの授業で教科書を貸したり、授業中口パクで話したり」
ああ。
それ見られてたんだ。
そりゃあ、まあ、誤解する・・・?
するもんなの?
隣の席だから、たまたまなんだけど。
それとも、席を変わってもらう?
それが一番いい方法だと思うけど。
だって、私は普通に過ごせればいいんだ。
「あの、席を変わりましょうか?」
「えっ、いいの?」
「えっと、実はあんまり字が見えてなかったので」
これは嘘ではない。
本当に見えずらいなと思っていた。
しかも、尼崎さんの席は窓側で前の方。
私の願いにピッタリな席だった。
前の方が授業も聞きやすいし、字も見やすいから別に良かった。
「ありがと!」
お礼を言われ、すぐに自分の席を尼崎さんの席があったところへ移動する。
これでよかったんだよね?
せめて、教室だけでも平穏に過ごしたい。
それが願い。
だから、これが最善の方法。
そう何度も何度も自分に言い聞かせていたら、チャイムがなってしまった。
「じゃあ、気を付けて帰れよ~」
先生の掛け声と同時に教室から人が出ていく。
放課後友達と遊ぶひとたち、バイトに行く人たち、家に帰って勉強する人。
みんなやることは違う。
だけど、みんな教室から出ていく。
「深澤は帰らないの?」
もう少しだけ本を読んでいこうと椅子に座ると、後ろから岡崎くんの声がする。
「もう少しだけ本を読んでいく」
「へぇ~」
何か面白いものを見るようにこちらを見てくる。
この人って本当にクールって呼ばれてるんだよね?
どう見てもクールには見えないな、と一人そう考える。
「面白い?」
「知りません」
この答え方が冷たいと友達にも言われたがじゃあ、なんて言えばいいのだろうか?
「じゃあ、貸してよ」
「いやです」
これは図書館の本。
借りた本を貸すなんて駄目に決まっている。
「じゃあ、深澤が持っている本を貸してよ」
私が持っている本が図書館の本だとわかったのか、今度は自分が買った本を貸してと言ってくる。
もし、私が貸したとしてメリットはそこにあるのだろうか?
メリットどころかデメリットしかないだろう。
「じゃあ、ノべマキって知ってる?」
ノベマキ。
それは、色んな人が簡単に小説を書けるサイトだ。
「そこの『神崎深海(かんざき みうみ)』の作品読んでみてよ」
別に読まなくてもいいけど。
「いいよ」
読んでくれるんだ。
「その『神崎深海』の作品が面白いの?」
「別に面白くない」
面白いわけがない。
ただ、自分の願いを込めた作品が。
「でも、読んでみてよ。そして感想を聞かせてよ」
「まあ、いいよ」
感想、どんなのが聞けるんだろうか。
「じゃあ、それだけ」
私は、岡崎くんに背を向けて教室から出ていく。
そう、『神崎深海』は私。
『神崎深海』は、私の本当の私。
ずっと、誰にも期待はしたくなかった。
その不安を小説にぶつけているだけ。
ただ、しんどいのを小説で発散しているだけ。
そんな作品が面白いはずがない。
だけど、面白い本を紹介してほしいなら面白くない小説を教えた方が
岡崎くんも私に近づかないと思ったんだけど。
それは、期待できなさそうだな。
だって、感想をねだったときの岡崎くんの顔は真剣だったから
間奏だって言いに来るのだろう。
失敗してしまった。
どうしたら、離れてくれるのだろう。
いや、期待はしないで置いた方がいい。
どうせ、叶わないのだから。
岡崎くんと別れて家に急ぐ。
歩いて十分ほどにある家に急ぐ必要は周りから見ればないのだろう。
でも、私にはあるのだ。
「ただいま」
玄関のドアを開けて声を出す。
それが聞こえたのかお母さんがリビングから顔を出す。
「帰ってきたのなら、手伝って」
いつもと同じことを繰り返す日々。
それがどれほど幸せなのだろう。
「うん」
玄関にあがってすぐある階段を上がり、すぐそばにある私の部屋に入る。
「ふー」
息を吐いて、荷物を棚の近くに置く。
一般的に見て私の部屋は女子の部屋だと思う人もいれば、いない人もいるだろう。
部屋の大体は本がぎっしり入ってる棚。
それと机とクローゼット。
クローゼットの中に、敷布団を入れてあるから部屋にはな棚が三つある。
その三つ中二つは本がパンパンだ。
「・・・手伝いに行きますか」
正直に言うとリビングなんかに行きたくない。
だけど、逆らうとめんどくさいのだ。
ネチネチと長い間、文句を言われる。
そんな時間はもったいない。
「もう少し早く来れなかったの?」
少し遅かっただけでまた、ネチネチと言いだした。
お母さんは言い出すと止めることができないから、聞き流すしか対処法がない。
「お皿、並べて」
「りょ」
会話がめんどくさくて適当に返事をする。
本当は、リビングになんか一分一秒たりとも居たくない。
でも、抗う方法がわからない。
「ただいま~」
心音(ここね)の声が玄関から帰ってきた。
「おかえり~」
お母さんは、料理をしながら答える。
心音は、一つ下の妹。
だけど、性格や容姿、頭脳何もかも違う。
私と心音を足して二で割ると完璧人間になると考えたことがあった。
容姿は、心音の方が可愛くてモテてる。
運動神経は、私も心音もいい方。
だけど、やっぱり少し違う。
私は、水泳。
心音は、陸上。
正反対なのだ。
頭に関しては、私の方がずっと上だった。
だけど、あんまり褒められた記憶が無い。
「お姉ちゃん、手伝おうか?」
「うん。よろしく」
私は、箸並べを心音に頼んでお味噌汁やご飯を茶碗などによそう。
「心音~、これ運んで」
「はーい」
普通に楽しい家庭だと思う人もいるのだろう。
私だって、普通の家だって思っていたかった。
でも、願っても願ってもそうなることはないんだ。
「たーだいまー」
玄関が勢いよく開き、お父さんが帰ってきた。
「おかえりー」
お父さんもお母さんも働いている。
共働きだ。
だけど、お母さんは今日休みだった。
お父さんは、早めに帰ってこれる日だった。
それが私からしたらどんなに苦痛なのだろう。
「もう夕飯はできたのか」
「うん。席に座って」
「いただきます」
四人の声がリビングに響く。
「今日、部活はどうだった?」
「うーん、タイムは伸び悩んでるかな」
お父さんと心音だけの声がリビングに響く中、私は黙々とご飯を口に入れる。
お母さんは、二人が会話しているところを微笑ましく見ている。
「海音は、どうだった?」
急にお父さんが話を振ってくる。
ため息を出すのを我慢して、お父さんの目を見る。
「別に。席替えがあっただけ」
嘘は言っていない。
別に嘘を言うことでもないし、話すことでもないとは思ったが言わないで置いた。