満月の夜が明けて、土曜日。今日は午前中だけ授業がある。
わたしは早起きしたけど、ウォーキングは休んだ。その代わり、三〇分アニメを一本じっくり観た。
久々に普通にアニメを楽しんだ気がする。演技ノートに『やっぱりアニメって面白い』なんて他愛の無いことを記す。これじゃ日記帳だ。でも、まあいっか。
いつもより通学路に学生が多くて騒がしかった。どうやら今日は、自宅学習期間中の三年生の登校日らしい。
(ってことは……)
雛田先輩がいることを期待して、わたしは教室より先に図書室に向かった。
すっかり馴染みになった図書室の扉に手をかけた時だった。
「あっ」
当の雛田先輩と、わたしの声が重なった。
先輩はスマホの画面を手で押さえ、通話ができる場所に向かうところだった。
本来なら昇降口まで行くべきだけど、みんな図書室の裏にある茂みで話してる。
電話が終わるまで待っていようと、適当な本を物色して時間を潰していた、ら。
(先輩……?)
窓から電話をしている雛田先輩が見える。けど、様子がおかしい。
明らかに色を失い、足元も忙しない。
反射的に外に出ようとしたわたしの腕を、誰かがつかんだ。
「はづるん、大変!」
織屋先輩だった。司書の先生に鋭く注意されても、先輩は落ち着かなかった。
「帝都チカヤが逮捕されたって!」
馴染みのない名前に面食らった。すると織屋先輩はスマホ画面にSNSのネットニュースを表示させて、
「ほらぁ、あの人気アイドルの!」
途端に周囲が騒がしくなり、図書室の利用者が一様に自分のスマホを取り出した。司書の先生も同じく。
ニュースのライブ配信動画が表示された。甘いマスクのイケメンの写真が映る。
顔は知っている。毎年公開される国民的探偵アニメの映画のゲスト声優をした人だ。画面が切り替わり、上着を被された男の人が警察官に挟まれてパトカーに乗せられるところが映った。
周りから「マジかよ」「ショックー……」という嘆きが起こる。そこで気づいた。
(この人、雛田先輩が賞を獲ったシナリオの――主演を務める人だ!)
遅ればせながら気づいた瞬間、血の気がさっと引いた。
ニュースのコメンテーターが口を開く。
『えー、今入った情報によりますと、帝都さんが出演していたドラマ、CMなどの打ち切りが決定したそうです。また、先月発表されたテレビ夕陽のシナリオ新人賞、あちらも企画ごと白紙になるそうです』
それって……
「つまり……パイセンの受賞も何もかも、取り消しになるってこと?」
織屋先輩の声が震える。わたしは思考が追いつかなかった。
(先輩!)
雛田先輩がいるであろう裏庭を振り返った。
その瞬間、自分の目を疑った。
先輩が、常緑樹の木々の中で佇んでいる。
いつも凜と背筋を伸ばしていた先輩なのに今は項垂れ、落としきった肩に――あの黒く、まるく、輪郭が曖昧な小さな影が集まっていた。
それらは結びつき、大きな影になって、ほんの一瞬、先輩を包み込んだ……そんな気がした。
わたしは早起きしたけど、ウォーキングは休んだ。その代わり、三〇分アニメを一本じっくり観た。
久々に普通にアニメを楽しんだ気がする。演技ノートに『やっぱりアニメって面白い』なんて他愛の無いことを記す。これじゃ日記帳だ。でも、まあいっか。
いつもより通学路に学生が多くて騒がしかった。どうやら今日は、自宅学習期間中の三年生の登校日らしい。
(ってことは……)
雛田先輩がいることを期待して、わたしは教室より先に図書室に向かった。
すっかり馴染みになった図書室の扉に手をかけた時だった。
「あっ」
当の雛田先輩と、わたしの声が重なった。
先輩はスマホの画面を手で押さえ、通話ができる場所に向かうところだった。
本来なら昇降口まで行くべきだけど、みんな図書室の裏にある茂みで話してる。
電話が終わるまで待っていようと、適当な本を物色して時間を潰していた、ら。
(先輩……?)
窓から電話をしている雛田先輩が見える。けど、様子がおかしい。
明らかに色を失い、足元も忙しない。
反射的に外に出ようとしたわたしの腕を、誰かがつかんだ。
「はづるん、大変!」
織屋先輩だった。司書の先生に鋭く注意されても、先輩は落ち着かなかった。
「帝都チカヤが逮捕されたって!」
馴染みのない名前に面食らった。すると織屋先輩はスマホ画面にSNSのネットニュースを表示させて、
「ほらぁ、あの人気アイドルの!」
途端に周囲が騒がしくなり、図書室の利用者が一様に自分のスマホを取り出した。司書の先生も同じく。
ニュースのライブ配信動画が表示された。甘いマスクのイケメンの写真が映る。
顔は知っている。毎年公開される国民的探偵アニメの映画のゲスト声優をした人だ。画面が切り替わり、上着を被された男の人が警察官に挟まれてパトカーに乗せられるところが映った。
周りから「マジかよ」「ショックー……」という嘆きが起こる。そこで気づいた。
(この人、雛田先輩が賞を獲ったシナリオの――主演を務める人だ!)
遅ればせながら気づいた瞬間、血の気がさっと引いた。
ニュースのコメンテーターが口を開く。
『えー、今入った情報によりますと、帝都さんが出演していたドラマ、CMなどの打ち切りが決定したそうです。また、先月発表されたテレビ夕陽のシナリオ新人賞、あちらも企画ごと白紙になるそうです』
それって……
「つまり……パイセンの受賞も何もかも、取り消しになるってこと?」
織屋先輩の声が震える。わたしは思考が追いつかなかった。
(先輩!)
雛田先輩がいるであろう裏庭を振り返った。
その瞬間、自分の目を疑った。
先輩が、常緑樹の木々の中で佇んでいる。
いつも凜と背筋を伸ばしていた先輩なのに今は項垂れ、落としきった肩に――あの黒く、まるく、輪郭が曖昧な小さな影が集まっていた。
それらは結びつき、大きな影になって、ほんの一瞬、先輩を包み込んだ……そんな気がした。