そして迎えた午後五時。
 けれど、更新してもページが切り替わらない。たくさんの人が一斉にアクセスしてるらしく、サーバーが重いのだ。

「何なのよ、もうっ!」

 成実が、液晶画面に浮かんだ読み込みマークをにらむ。

「時間置いてからアクセスするしかないよ。――わたし、ちょっとあったかいもの買ってくる。ふたりはどうする?」
「……あたしいらない。水筒あるもん」
「俺も大丈夫。ていうか羽鶴、さっき買ったミルクティー、もう飲んだのか?」
「まだ残ってるけど、冷めちゃったから新しいの欲しいの」

 そう言うと、成実が「さすがオジョーサマ」と言ってきた。トゲのある言い方。
(成実、かなりイラついてるな……)
 こういう時の成実は苦手だ。
 わたしはさっさと廊下から出た。教室より寒さが増してて、薄暗い。
 冷たい空気が沈む廊下を歩いて、自販機のある購買へ向かう。階段を下りて下駄箱が並ぶ昇降口へ――すると、

(何やってるんだろ、あの人?)

 廊下に設置されているゴミ箱をのぞく、怪しい人がいた。
 男子生徒だ。背がスラリと高い。真っ黒な短髪が夕焼けの赤を吸い込んでる……そう思ったところで、その人と目が合ってしまった。

 思わず、見惚れてしまった。

 理知的な切れ長の目に、キリッとした口元。就也とはまた違ったタイプのかっこよさ。まぎれもなくイケメンだ。

「……」

 その人はふいと顔を背け、踵を返して去ろうとする。わたしはその足元に何かが落ちていることに気づいた。
 万年筆だ。
 晴れ渡った夏空みたいな、綺麗な青色の。
 わたしは駈け寄って、万年筆を拾って、そのほっそりとした背中に声をかけた。

「あの、これ!」

 落としましたよ、と言う前に、その人が振り返る。ブレザーの胸ポケットに手をやり、さっと顔色を変えた。
 すぐにわたしの目の前まで来て、差し出した万年筆を受け取る。
 ……うわぁ、近くで見るとますます綺麗な顔だな。胸元の校章で、三年生だと分かった。

「……ありがとう」

 小声だけどよく通る声。腹筋がしっかりしてるんだな、とか思ってしまった。

 うたた寝で夢を見たような心地で、わたしはなんとなく早歩きで自販機まで行き、熱いミルクティーを買って教室に戻った。

「ねー聞いてよ。さっきね――」

 わたしの能天気な声に、ふたりがゆっくりと振り向いた。
 成実も就也も、大きく目を見開いてる。わたしを見てる。じぃっと。

「ど、どしたの?」

 就也が無言で、スマホの液晶画面を見せた。

(あ、アロサカのウェブページ、つながったんだ)

 オーディションの合格者が発表されている。
 知らない名前が十二人分並ぶなか、
 最後の名前、
 十三人目のキャラクター・『ジュニパー』の欄に。

【ジュニパー:小山内羽鶴(長野県プリューム養成所)】

 わたしの名前があった。
 合格者一覧の名前に、三人の中でわたしの名前だけがあった。

「……うそ……」

 その言葉はわたしが発したのか、
 それとも成実か就也が発したものだったのか。

 視界の端に、足元に転がるミルクティーの缶が映っていた。