「そうだな」

 同じくスマホを気にしないようにしていた就也も、観念してそのウェブページにアクセスする。
 わたしはブレザーのポケットのスマホをそろりと撫でた。
 壁の時計を見ると、午後四時五十七分。

「あと、三分切ったね」

 そう二人に確認すると、成実は眉根を寄せた。

「羽鶴、なんでそんな冷静でいられるの?」
「なんでって言われても」
「このオーディションの結果次第では、あたしたちの未来が左右されんのよ?」
「おーげさだなぁ」
「全っ然おおげさじゃないわよ! 声優としての輝かしい未来かどん底の将来か、生きるか死ぬかの問題なのよ!」

 成実がどこまでも真剣に言った。
 さっきの「夢が叶ったら呪われるかも」発言は、成実の頭から抜けちゃったみたいだ。まあ呪いなんてこの世に無いしね。

 わたしたち――成実、就也、そしてわたし・小山内羽鶴の三人は、声優志望だ。
 就也は小学校から、成実は中学校からの付き合い。去年の春、高校進学と同時に同じ声優養成所に入所した。
 部活もそろって演劇部――といっても、うちの高校は進学の方に力を入れているから、週に二度だけのゆるふわ活動なんだけど。

「成実、羽鶴にあたるなよ。……ま、気持ちは分かるけどな。『アロサカ』は近年まれに見るビッグプロジェクトってやつだから」
「そーよっ、なんとしてでもモノにしたいの!」

 去年の秋の終わり。わたしたちは高速バスに乗って、長野から東京にオーディションを受けに行った。

【Arome CirCusプロジェクト】。
 通称アロサカは、いわゆる『中の人』が高校生限定というコンセプトの制作される大型企画だ。
 しかも芸歴はいっさい関係なし。純粋にオーディションで決める、という趣旨。

「養成所に入ってないまったく初心者でもOKなんて、思い切ったこと考えるよねぇ……」

 わたしは何度も目にしたサイトの紹介ページを見て、ぼやく。

「企画全体のコンセプトが『若い声優を育てる』だからな。オーディションに受かって役をモノにしたら、デビューはもちろん、アロサカ企画主宰のレッスンに費用免除で通えるんだから」
「それが最高! ぶっちゃけソレ目当てで受けた子がほとんどっしょ」
「そーなの?」
「そーよっ!」

 お金がかかるのよ、と成実は強調した。

「毎月のローン支払いが大変なんだから……って、羽鶴には分かんないかぁ。オジョーサマだもんね」

 成実がわざとらしくため息をつく。

(お嬢様じゃないってば。うちはふつーの中流家庭だってば)

 ――なんて、ちょっとムッとしたのに、

「……思いっきり声優の勉強ができて、仕事までさせてもらうなんて、夢みたいなことだよね」

 成実がそうつぶやいた。少しだけ影がさすその瞳に、ムッとした気持ちが消える。

「だからあたしは、絶ーっ対、オーディション受かりたい。そのために死ぬほど頑張った」
「……うん」

 知ってるよ、と返事する。

 去年の秋のオーディション。
 会場には、たぶん日本中の声優志望の高校生が集まった。
 わたしたちはお互いの手を握りしめて、応援の言葉をかけ合って、オーディションに挑んだ。
 その日を迎えるまで、成実がどれだけ努力をしたか、わたしは知ってる。

「……わたしは成実が、いちばん合格に近いと思う」
「えぇ? お世辞やめてよー」
「お世辞なんか言わないよ。成実がいちばん実力あるし。アニメのアフレコ経験だってあるじゃん」
「単なるモブよー。あたし以外にもいっぱいいたし!」
「でも、音響監督さんに誉められたんでしょ? それって見込みあるってことじゃん!」
「うん、オレも。オレたちの中で、成実がいちばん夢を掴みかけてると思う」

 就也もそう言うと、成実が寄せていた眉根を開いた。

「……えへへっ、そうかなぁ?」

 成実が照れくさそうに、つやつやのロングヘアを指先に絡めて笑った。
 ここ一年で、成実はすごく可愛くなった。養成所の先生に「今の声優は外見も重要だ」と言われてから、成実は五キロ痩せて髪を伸ばした。

(もしも成実が合格しても、笑っておめでとうって言えそう)

 もちろん、就也が合格しても。
 ふんわりした髪型で、垂れ目で垂れ眉、優しい面立ちの就也は、声もすごくかっこいい。甘い低音で中学校時代もよく後輩をメロメロにしたし、養成所の同期の女子をドキドキさせてる。

(ふたりが合格して、ひとりだけ置いてかれても、わたしは納得できるぞ)

 だってわたしなんて、ふたりの足元にも及ばない。

 実力はもちろん、外見や声質も。
 特にアレンジしていないそのままのボブカット、子どもっぽい顔立ちのわたしは、声も取り立て目立つところはない。養成所の先生に、「小山内には個性がない」とハッキリ言われちゃうくらいに。
 そんなことを言うと、

「羽鶴だって、ちゃんと頑張ってるだろ」
「超マイペースだけどね」

 ふたりがフォローしてくれた。胸のあたりがあったかくなる。

「――ね、三人とも、合格してたらいいね」

 成実の言葉が、柔らかく心に沁みる。