「ねぇ、知ってる? うちの高校の七不思議」

 夕闇が迫った放課後。四時四十五分のことだった。
 藪から棒に、真向かいに座る南野(みなみの)成実が言った。

 成実はずっと握りしめていたスマホを机に置いて、マスクを外すと魔法瓶に入った飲み物を口にする。
 ほっこりと湯気が立って、あったかそうでうらやましい。わたしのミルクティーのペットボトルはすっかり冷めていた。
 わたしと成実、そして喜多(きた)就也の三人だけの教室は、上靴の足先がジンジンするほど寒い。まだ下校時刻になってないのに暖房を切るなんて、先生は無慈悲だ。

「ちょっと羽鶴、聞いてる?」

 喉にやさしい特製はちみつレモンを飲む成実が、じぃっとねめつけてくる。
 わたしは慌てて「ごめん」と言った。

「その『ごめん』は知らないってこと? それとも聞いてなかったってこと?」
「……聞いてなかった」
「もー羽鶴はこれだから! ――就也は?」
「知らないな」

 就也はあっさり答えた。整った顔が夕陽に照らされて、就也の顔を見慣れてるわたしでもちょっとドキッとしてしまう。つい目線をそらした。
 結露でくもった窓の向こうは思ったより明るい。一月も半ばになると、少しだけ日が長くなったように感じる。
 就也は指折り数えてみせて、

「誰もいないはずなのに返事が来る花子さんのトイレ、放課後になると段がひとつ増える階段、笑うベートーヴェンの肖像画、動く模型の骸骨、死に顔が映る鏡、幽霊が出る講堂くらいしか知らない」
「めっちゃ詳しいじゃん!」

 まったくつっかえずに明瞭な発音で七不思議をそらんじる就也に、成実がツッコんだ。
 そしてチラッとスマホを一瞥して、

「じゃあ七つ目。――〈カナコちゃんの呪い〉は?」

 初耳だ。
 わたしは首を振るけど、就也は心当たりがあるようだった。

「聞いたことある気がする。確か、織屋(おりや)先輩が言ってた気が」
「ああ、演劇部のやたらうるさいオタクの先輩ね。あたしは文芸部の友達に聞いたんだけど――うちの高校にね、昔自殺した女子がいたの。その子の名前がカナコちゃん。カナコちゃんには夢があって、その夢のためにずっと努力してたんだって」
「夢って?」
「噂だと、小説家だったか漫画家だったか。……でも、どうしても叶わなかったから自殺したの」

 就也が「へえ」と返す。
 でも目線は、手の中のスマホに注がれていた。

「で、それ以来、この学校にいる『夢が叶った生徒』をカナコちゃんは呪うんだって」
「え、嫉妬ってこと?」

 迷惑な話だ、と思った。

「まあ、そうなるよね」
「呪うって、具体的には? 殺したり怪我させたり?」

 就也が無意味にスマホの手帳型ケースをパタパタさせながら訊いた。

「ううん、そうじゃなくて――」

〈カナコちゃんの呪い〉の具体的な内容に、思わず力が抜ける。

「ショボいな」

 就也に同意。あまりにもくだらない『呪い』だった。

「でも、カナコちゃんに呪われた人は最後には死ぬんだって」

 なんでそうなるの、と言おうとしたところで、ふいに成実が眉根を寄せた。

「でも、もしこの噂が本当だったらさ、――今日の結果次第じゃ、あたしたちも呪われるかもね」

 そう言って、スマホの画面を見せてきた。ゴシックでレトロポップなデザインのロゴが目に入る。

【新世代声優育成企画・Arome CirCusプロジェクト オーディション結果発表】

 ああ。成実ってば、せっかく話題をそらそうとしていたのにね。