翌日の土曜日は、養成所のレッスン日。
電車の中で、成実にLINEを送るためにアプリを開く。
【おはよう。昨日はごめんね】
【成実の気に障ったなら謝るよ】
【今日帰りに、気になってたコラボカフェ寄らない?】
……打っては消し、打っては消す。送信するのが怖い。
胃がねじ切れられるような思いで『おはよう』だけ送る。迷った末、絵文字もスタンプもつけなかった。
数分後、ピコンと着信音がした。成実かと思ったけど、単なる広告で……苛立ちと焦りで吐きそうになる。
(やっぱり返信くれない……)
その事実を何度も食らって、だんだん成実に対して腹が立ってきた。でもすぐに「仕方ないよね」と思い直す。ずっとそのくりかえしで、もういい加減にしてほしい。
また着信音がした。お母さんからだった。
【レストランの予約とれた】
【羽鶴の合格祝いだから、奮発しちゃった。お父さんにはナイショね】
そんなお母さんにも苛立ちが募った。
「……人の気も知らないで……っ」
思わずそうつぶやいて、即反省する。
最低だ、わたし。
お母さんたちがせっかくわたしのためにお祝いしてくれるっていうのに。
罪悪感で吐きそうだ。養成所に行きたくない。でも行かないと。成実に会わないと。会いたくないけど。
(なんでこんな気持ちにならなきゃいけないんだろ……)
先週までこんなことになるなんて思いもよらなかった。
どうしてこんなことになったんだっけ……。
(こんなことなら、いっそ……)
気持ちがまっくらになった時だった。
「羽鶴!」
隣の車両から就也がやってきた。軽くセットした髪に、さわやかなブルーのコート。今日もイケメンくんだ。
「おはよう。昨日はごめんな。成実、連れて戻れなくて」
ほんとにそうだよ、と思ってしまいそうになる自分がさらに嫌になる。八つ当たりなんて最低なのに。
「就也のせいじゃないよ」とだけ返した。
養成所に着いた。更衣室で着替えて、レッスン室に入る。
開始時間まで三十分以上余裕があるけど、レッスン生はほぼ全員そろっていて、ストレッチや先週出た課題のおさらいをしていた。
そんな中、成実の姿を見つける。傍に寄ろうとしたけど、できなかった。
わたしに気づいた成実が、ひどく睨みつけたからだ。「こっちに来るな」と全身で拒否されている。蛇に睨まれた蛙みたいにわたしは動けなくなった。
ストレッチすらできないまま、講師の志倉先生が来た。わたしはなるべく成実の視界に入らないように端に座る。
「レッスンに入る前に、ひとつ報告です。『アロサカ』のオーディションに、小山内羽鶴さんが合格しました」
広いレッスン室の隅から隅へ届くような声で、志倉先生が言った。
その刹那、みんなが振り返り、全員の視線がわたしに集中した。
――ピリッ、と音がしそうなくらい張り詰める空気。
演劇部の先輩たちの反応とは全然違う、わたしを見つめる目、目、目。
そのどれもが「信じられない」と言いたげだった。
「あらぁ、すごいじゃないの」
「驚いたよ。意外とやるんだねえ」
祖父母と同年代の人たちが笑顔を向けてくる。
このクラスは青年部で、十五歳以上なら誰でも所属できる。でも、お祝いを述べてくれたのはこの人たちだけで、他は……二十代以下の人からは怪訝な表情をされた。
特にわたしと同じ高校生組からは、あからさまな嫌悪感を示された。
――なんでアイツが?
音にならなくても届く『声』が、わたしの鼓膜ではなく脳に突き刺さる。
「はい、静かに。合格したからと言って声優になれるわけじゃないけど、それでも合格は合格。おめでとうございます」
形だけの拍手を送られ、わたしは謝意を絞り出した。どうしても口元がゆがんでしまう。
その日のレッスンを終えると志倉先生に講師室に呼び出された。
「レッスンに入る前に、ひとつ報告です。『アロサカ』のオーディションに、小山内羽鶴さんが合格しました」
広いレッスン室の隅から隅へ届くような声で、志倉先生が言った。
その刹那、みんなが振り返り、全員の視線がわたしに集中した。
――ピリッ、と音がしそうなくらい張り詰める空気。
演劇部の先輩たちの反応とは全然違う。わたしを見つめる目、目、目。そのどれもが「信じられない」と言いたげだった。
「あらぁ、すごいじゃないの」
「驚いたよ。意外とやるんだねえ」
祖父母と同年代の人たちが笑顔を向けてくる。
このクラスは青年部で、十五歳以上なら誰でも所属できる。でも、お祝いを述べてくれたのはこの人たちだけで、他は……二十代以下の人からは怪訝な表情をされた。
特にわたしと同じ高校生組からは、あからさまな嫌悪感を示された。
――なんでアイツが?
音にならなくても届く『声』が、わたしの鼓膜ではなく脳に突き刺さる。
「はい、静かに。合格したからと言って声優になれるわけじゃないけど、それでも合格は合格。おめでとうございます」
形だけの拍手を送られ、わたしは「ありがとう」を絞り出した。どうしても口元がゆがんでしまう。
電車の中で、成実にLINEを送るためにアプリを開く。
【おはよう。昨日はごめんね】
【成実の気に障ったなら謝るよ】
【今日帰りに、気になってたコラボカフェ寄らない?】
……打っては消し、打っては消す。送信するのが怖い。
胃がねじ切れられるような思いで『おはよう』だけ送る。迷った末、絵文字もスタンプもつけなかった。
数分後、ピコンと着信音がした。成実かと思ったけど、単なる広告で……苛立ちと焦りで吐きそうになる。
(やっぱり返信くれない……)
その事実を何度も食らって、だんだん成実に対して腹が立ってきた。でもすぐに「仕方ないよね」と思い直す。ずっとそのくりかえしで、もういい加減にしてほしい。
また着信音がした。お母さんからだった。
【レストランの予約とれた】
【羽鶴の合格祝いだから、奮発しちゃった。お父さんにはナイショね】
そんなお母さんにも苛立ちが募った。
「……人の気も知らないで……っ」
思わずそうつぶやいて、即反省する。
最低だ、わたし。
お母さんたちがせっかくわたしのためにお祝いしてくれるっていうのに。
罪悪感で吐きそうだ。養成所に行きたくない。でも行かないと。成実に会わないと。会いたくないけど。
(なんでこんな気持ちにならなきゃいけないんだろ……)
先週までこんなことになるなんて思いもよらなかった。
どうしてこんなことになったんだっけ……。
(こんなことなら、いっそ……)
気持ちがまっくらになった時だった。
「羽鶴!」
隣の車両から就也がやってきた。軽くセットした髪に、さわやかなブルーのコート。今日もイケメンくんだ。
「おはよう。昨日はごめんな。成実、連れて戻れなくて」
ほんとにそうだよ、と思ってしまいそうになる自分がさらに嫌になる。八つ当たりなんて最低なのに。
「就也のせいじゃないよ」とだけ返した。
養成所に着いた。更衣室で着替えて、レッスン室に入る。
開始時間まで三十分以上余裕があるけど、レッスン生はほぼ全員そろっていて、ストレッチや先週出た課題のおさらいをしていた。
そんな中、成実の姿を見つける。傍に寄ろうとしたけど、できなかった。
わたしに気づいた成実が、ひどく睨みつけたからだ。「こっちに来るな」と全身で拒否されている。蛇に睨まれた蛙みたいにわたしは動けなくなった。
ストレッチすらできないまま、講師の志倉先生が来た。わたしはなるべく成実の視界に入らないように端に座る。
「レッスンに入る前に、ひとつ報告です。『アロサカ』のオーディションに、小山内羽鶴さんが合格しました」
広いレッスン室の隅から隅へ届くような声で、志倉先生が言った。
その刹那、みんなが振り返り、全員の視線がわたしに集中した。
――ピリッ、と音がしそうなくらい張り詰める空気。
演劇部の先輩たちの反応とは全然違う、わたしを見つめる目、目、目。
そのどれもが「信じられない」と言いたげだった。
「あらぁ、すごいじゃないの」
「驚いたよ。意外とやるんだねえ」
祖父母と同年代の人たちが笑顔を向けてくる。
このクラスは青年部で、十五歳以上なら誰でも所属できる。でも、お祝いを述べてくれたのはこの人たちだけで、他は……二十代以下の人からは怪訝な表情をされた。
特にわたしと同じ高校生組からは、あからさまな嫌悪感を示された。
――なんでアイツが?
音にならなくても届く『声』が、わたしの鼓膜ではなく脳に突き刺さる。
「はい、静かに。合格したからと言って声優になれるわけじゃないけど、それでも合格は合格。おめでとうございます」
形だけの拍手を送られ、わたしは謝意を絞り出した。どうしても口元がゆがんでしまう。
その日のレッスンを終えると志倉先生に講師室に呼び出された。
「レッスンに入る前に、ひとつ報告です。『アロサカ』のオーディションに、小山内羽鶴さんが合格しました」
広いレッスン室の隅から隅へ届くような声で、志倉先生が言った。
その刹那、みんなが振り返り、全員の視線がわたしに集中した。
――ピリッ、と音がしそうなくらい張り詰める空気。
演劇部の先輩たちの反応とは全然違う。わたしを見つめる目、目、目。そのどれもが「信じられない」と言いたげだった。
「あらぁ、すごいじゃないの」
「驚いたよ。意外とやるんだねえ」
祖父母と同年代の人たちが笑顔を向けてくる。
このクラスは青年部で、十五歳以上なら誰でも所属できる。でも、お祝いを述べてくれたのはこの人たちだけで、他は……二十代以下の人からは怪訝な表情をされた。
特にわたしと同じ高校生組からは、あからさまな嫌悪感を示された。
――なんでアイツが?
音にならなくても届く『声』が、わたしの鼓膜ではなく脳に突き刺さる。
「はい、静かに。合格したからと言って声優になれるわけじゃないけど、それでも合格は合格。おめでとうございます」
形だけの拍手を送られ、わたしは「ありがとう」を絞り出した。どうしても口元がゆがんでしまう。