放課後になった。
今日は金曜日なので部活だ。
だけど、またわたしのスニーカーが消えた。
「何なの、もう……!」
早くしないと練習が始まる。といっても二年生の先輩たちは来ないから、わたしと成実と就也、三人だけの自主練だ。
「何も学ぶものはないけど、場所は有用しなくちゃね」と成実が率先して練習内容を決める。
成実はわたしに何も言わず、教室を出ていった。就也は先に鍵を取りに行った。たぶんふたりはもう講堂にいる。
(どうしよう、練習始まっちゃう……)
心臓がドクドクいってる。涙がにじみそうになった。
遅刻はだめだ。
成実は遅刻を絶対に許さない。
「声優になるからには、時間管理をしっかりしないと」って豪語して、一度、遊びの待ち合わせに一分遅れた時は、一時間ほど口を利いてくれなかった。
スニーカーを探し回った。
ゴミ箱、無い。
雛田先輩から教わった焼却炉、無い。
校舎周りも探す、無い。
息が苦しい。必死に探しても見つからない。わたしは仕方なく、上靴のまま運動場を突っ切って講堂に向かった。
入り口で上靴を脱いで、滑るから靴下も脱いだ。講堂の床はスケートリンクみたいに冷たい。足先が一瞬で痛くなる。
「あめんぼあかいな、ア、イ、ウ、エ、オ」
成実と就也の声だ。ストレッチが終わって『五十音』が始まっている。
わたしは更衣室代わりにしている隣の小部屋ですばやく練習着に着替えて、最低限の荷物を持って中に入った。
「失礼します!」
中に入ったけど、ふたりは中断しない。それは当たり前だ。でも勝手に心が焦って、ストレッチをしても充分に伸ばせなかった。
「植木屋、井戸換へ、お祭りだ」が終わると、就也がこっちを向いた。
「羽鶴、遅かったじゃないか」
「ごめん、……あの」
また外靴がなくなったことを言おうか迷っていると、成実がふんと鼻を鳴らした。
「どうせ部活の練習なんか出てらんないんでしょ。オーディション合格者サマはさ」
「!」
「成実!」
就也が鋭く咎めるけど、成実は腕組みをする。
「だってそうでしょ、集合時間に十分も遅れてんのよ。養成所なら電車の遅延とか事故とか考えられるけど、校内なのよ?」
「……ごめんなさい。でも、わざとじゃない……です」
理由を話そうとしたけど、それでも遅刻は遅刻だ。
「だとしたら羽鶴さぁ、気合い足りてないんじゃない? 合格したからって気が抜けちゃった?」
「そんなこと、ない……」
「現場に行ったらヒンシュクものよ?」
成実の言うことは正しい。遅刻、欠席は厳禁だ。作品には多くの人が関わっていて、周囲に迷惑がかかる。
再度謝るわたしに、成実はプイッと顔を背けて、隅に移動して鞄から水筒を出した。
わたしはふと思いついて、成実を追うと、荷物から出した『声優道』を差し出した。
「あ、あのね成実。これ。雑誌」
「……」
「わたしと一緒に読みたくないんなら、これ貸す……ううん、あげるから、読んで!」
成実が目を見開く。わたしはなんとか興味を持ってもらおうと、
「高遠さんのね、インタビューすごく為になったの。デビューしてすぐの下積み時代の苦労とか、効果的な筋トレ方法とか、あと」
――バシッ!
成実が早口でまくしたてるわたしの手から雑誌を叩き落とした。
雑誌が床に落ちる……たいして大きくない落下音が、わたしの耳の奥でひどく響く。
成実は眉間に皺を寄せて、怒っているような、笑っているような、泣きそうな……今まで見たことのない表情をわたしに向けた。
「羽鶴ってさ……あたしのこと、バカにしてるよね」
その言葉が瞬時に飲み込めなくて、わたしの表情筋が固まった。たぶん薄笑いみたいな顔になったと思う。
「ヘラヘラしてんなよっ!」
成実に思いっきり肩を押されて、わたしの身体が壁にぶつかる。成実はそのまま走って、講堂を出ていった。
就也が「成実!」と呼んでも振り返らない。
「羽鶴、気にするな……って言う方が無理か。俺が話をするから、ここで待ってて。大丈夫だから」
就也が「大丈夫」をもう一度くりかえして、成実の後を追った。
わたしはほとんど無意識に、床に落ちた雑誌を拾う。
落ち方が悪かったのかな。
表紙が折れて、写真の高遠さんの笑顔がゆがんでいる……
(あ、違う。これ、わたしが泣いてる、んだ……)
鼻の奥がツンとして、涙がこぼれそうになった時、入り口から物音がした。
戻ってきたのかと期待して振り返ったけど、成実でも就也でもなかった。
雛田先輩だった。
……最悪だ……
今日は金曜日なので部活だ。
だけど、またわたしのスニーカーが消えた。
「何なの、もう……!」
早くしないと練習が始まる。といっても二年生の先輩たちは来ないから、わたしと成実と就也、三人だけの自主練だ。
「何も学ぶものはないけど、場所は有用しなくちゃね」と成実が率先して練習内容を決める。
成実はわたしに何も言わず、教室を出ていった。就也は先に鍵を取りに行った。たぶんふたりはもう講堂にいる。
(どうしよう、練習始まっちゃう……)
心臓がドクドクいってる。涙がにじみそうになった。
遅刻はだめだ。
成実は遅刻を絶対に許さない。
「声優になるからには、時間管理をしっかりしないと」って豪語して、一度、遊びの待ち合わせに一分遅れた時は、一時間ほど口を利いてくれなかった。
スニーカーを探し回った。
ゴミ箱、無い。
雛田先輩から教わった焼却炉、無い。
校舎周りも探す、無い。
息が苦しい。必死に探しても見つからない。わたしは仕方なく、上靴のまま運動場を突っ切って講堂に向かった。
入り口で上靴を脱いで、滑るから靴下も脱いだ。講堂の床はスケートリンクみたいに冷たい。足先が一瞬で痛くなる。
「あめんぼあかいな、ア、イ、ウ、エ、オ」
成実と就也の声だ。ストレッチが終わって『五十音』が始まっている。
わたしは更衣室代わりにしている隣の小部屋ですばやく練習着に着替えて、最低限の荷物を持って中に入った。
「失礼します!」
中に入ったけど、ふたりは中断しない。それは当たり前だ。でも勝手に心が焦って、ストレッチをしても充分に伸ばせなかった。
「植木屋、井戸換へ、お祭りだ」が終わると、就也がこっちを向いた。
「羽鶴、遅かったじゃないか」
「ごめん、……あの」
また外靴がなくなったことを言おうか迷っていると、成実がふんと鼻を鳴らした。
「どうせ部活の練習なんか出てらんないんでしょ。オーディション合格者サマはさ」
「!」
「成実!」
就也が鋭く咎めるけど、成実は腕組みをする。
「だってそうでしょ、集合時間に十分も遅れてんのよ。養成所なら電車の遅延とか事故とか考えられるけど、校内なのよ?」
「……ごめんなさい。でも、わざとじゃない……です」
理由を話そうとしたけど、それでも遅刻は遅刻だ。
「だとしたら羽鶴さぁ、気合い足りてないんじゃない? 合格したからって気が抜けちゃった?」
「そんなこと、ない……」
「現場に行ったらヒンシュクものよ?」
成実の言うことは正しい。遅刻、欠席は厳禁だ。作品には多くの人が関わっていて、周囲に迷惑がかかる。
再度謝るわたしに、成実はプイッと顔を背けて、隅に移動して鞄から水筒を出した。
わたしはふと思いついて、成実を追うと、荷物から出した『声優道』を差し出した。
「あ、あのね成実。これ。雑誌」
「……」
「わたしと一緒に読みたくないんなら、これ貸す……ううん、あげるから、読んで!」
成実が目を見開く。わたしはなんとか興味を持ってもらおうと、
「高遠さんのね、インタビューすごく為になったの。デビューしてすぐの下積み時代の苦労とか、効果的な筋トレ方法とか、あと」
――バシッ!
成実が早口でまくしたてるわたしの手から雑誌を叩き落とした。
雑誌が床に落ちる……たいして大きくない落下音が、わたしの耳の奥でひどく響く。
成実は眉間に皺を寄せて、怒っているような、笑っているような、泣きそうな……今まで見たことのない表情をわたしに向けた。
「羽鶴ってさ……あたしのこと、バカにしてるよね」
その言葉が瞬時に飲み込めなくて、わたしの表情筋が固まった。たぶん薄笑いみたいな顔になったと思う。
「ヘラヘラしてんなよっ!」
成実に思いっきり肩を押されて、わたしの身体が壁にぶつかる。成実はそのまま走って、講堂を出ていった。
就也が「成実!」と呼んでも振り返らない。
「羽鶴、気にするな……って言う方が無理か。俺が話をするから、ここで待ってて。大丈夫だから」
就也が「大丈夫」をもう一度くりかえして、成実の後を追った。
わたしはほとんど無意識に、床に落ちた雑誌を拾う。
落ち方が悪かったのかな。
表紙が折れて、写真の高遠さんの笑顔がゆがんでいる……
(あ、違う。これ、わたしが泣いてる、んだ……)
鼻の奥がツンとして、涙がこぼれそうになった時、入り口から物音がした。
戻ってきたのかと期待して振り返ったけど、成実でも就也でもなかった。
雛田先輩だった。
……最悪だ……