放課後、「一緒に帰ろう」と誘ってくれた友梨ちゃんたちの申し出を断り、「泉本さんのこと、きちんと知りたいから」と言ってくれた担任の先生との個人面談のために職員室へ向かう。

今思えば、30日しかいない生徒のために時間を割いてもらうなんて、申し訳なかったな。断ればよかった。

30日後、この世界から私が消えても、先生の生活は続いていく。
いずれいなくなる自分のために時間や労力を割いてもらうのは、とてつもなく申し訳ない。

出来るだけ早く終わらせようと心の中で誓った時、

「あれ、これ……」

どこからともなく聞こえてくるピアノの音に足を止める。

作曲家が、将来自分の妻となる婚約者へ送ったその曲は、譜面通り、柔らかく優しい、春の日差しを想像させるような音で紡ぎだされていく。

けれど、違う。それだけじゃない。
もっと、なんというんだろう。

音楽室、どこにあるんだろう。
少しこもってはいるけれど、一音一音しっかり聞こえるからきっと近くにあるはずだ。

腕時計を見ると、先生と約束をしていた時間より少しだけ早い。

見えていた職員室に背を向けて、ピアノの音に引き寄せられるかのように、ピアノの元へーピアノを弾いている人の元へー向かう。

音が大きくなる方向に進みながら、途中途中でいくつか教室を覗く。

「何だろう」

楽譜に忠実なその演奏は、一音一音が穏やかで温かくて。

けれどそれだけじゃない。
この曲を通して聞き手が得るのは「喜び」や「幸せ」といった明るい感情のはずなのに、この演奏からは、それとは別の、もっとなんていうんだろう、むしろ対極というか、

悲しみ? 苦しみ?
……どちらも違う。

でもそんな、明るさや喜びだけではない、「なにか」が滲み出ている気がする。

音を通して演奏者が訴える「なにか」が知りたくて、小走りでピアノが置かれている場所を探す。