次の日の朝の目覚めと言ったら、それはもう最悪だった。

とにかく頭が重くて全身が怠い。

もう若くねえな…と心の中で呟きながら、悲鳴をあげている体をのそのそと動かして、ベッドから降りる。

時刻を確認すると、もう昼時を優に過ぎた頃だった。


ガチャリとリビングのドアを開ければ、中からは微かな生活音が聞こえた。トントントン、というまな板に包丁がぶつかる音は、何度聞いても胸がじんわりと暖かくなる。



「あ、やっと起きた?」


台所に立ち「おはよう」と笑顔を向けたのは、妻である律子《りつこ》だった。

おはよう、と俺も笑顔を返し、冷蔵庫の扉を開ける。中から水を取り出していると、隣から律子の声がかかった。


「珍しく遅くまで飲んでたんだね」

「あー、うん。二次会 誘われたから、行ってた。…もしかして、帰ったとき起こした?」


気まずそうにそう尋ねれば律子は「ううん。大丈夫」と笑顔で首を横に振った。多分、本当は起こしてしまったんだと思う。

律子の優しい嘘に気づきながらも、気づいていない振りをして、隣に並ぶように立つ。


「何作ってんの?」

「寄せ鍋!」

「お。毎年恒例の?」

「うん、そう」


俺たちは毎年必ず、年末のこの時期になると鍋を囲む。それはそうしようと決めた訳ではなく、新婚時代から、暗黙のルールのように続いている事だった。

いつだったか「“毎年恒例”っていう言葉、すごく好き」と、それはそれは嬉しそうに律子が微笑んでいた事を今も鮮明に思い出す。

律子曰く、その言葉は積み重ねた年月がなければ成り立たない言葉だから、とても愛おしい響きに聞こえるらしい。

それを口にする度に律子が嬉しそうにはにかむから、俺は何かにつけて“毎年恒例”と言っている気がする。

まあ要約すると、それだけ律子の笑顔が好きって事だ。



「人参、花になってる」

「可愛いでしょ?」


律子が包丁で人参を花型に象っていく。その器用な手つきに感心しながら、首を縦に振った。


「うん。でも、手間じゃね?」

「ふふ。このひと手間が、愛だよ」


何年経っても変わらないその愛らしい笑顔にたまらなくなって、後ろから包み込むように華奢な身体を抱き締めた。