ピピッという電子音のあと。脇に挟んでいた体温計を引き抜かれた。
「うーん、今日もまだ熱があるね……」
ぼんやりとした視界の向こうから、星宮の険しい声が聞こえてくる。
「……何度?」
かすれた声でたずねると、「37度5分」と星宮のいつもの声が僕にそう教えてくれた。
週明けの月曜日の朝、僕は体調を崩して寝込んでいた。
実は昨日の日曜日から、ずっと熱を出しているのだ。
原因はたぶん、おとといの土曜日。
水族館の帰りに突然にわか雨に降られて、全身びしょ濡れになってしまったせいだと思う。
でも、なぜか僕と一緒に雨に濡れたはずの星宮にはこれといった体調の変化はなく、今日も元気いっぱいだ。
まだ全身のだるさが抜け切ってなくて、熱でぐったりとしている僕としては羨ましい限りで仕方ない……。
「まあでも、昨日よりかはだいぶマシだけどね。覚えてる? 怜、39度も熱があったんだよ」
そうなんだ……。
どうりで昨日のことを聞かれても、何一つとして思い出せないんだよな……。
僕がそんなことを考えていると、かすかな衣擦れの音が耳にふれた。
メガネをかけていないせいであまりはっきりと見えないけれど、スクールバッグを肩にかけて、立ち上がる星宮の姿がぼんやりと見える。
「じゃあ、俺はもう学校に行くから。怜はここでゆっくり寝て休んでてね」
「……わかってるって」
「冷蔵庫にプリンとかゼリーを買いだめしてるから、食べられるようだったら食べてね」
「ありがとう……」
「あっ! あと、熱が下がってもヒマだからって、屋上に出ちゃ駄目だよ⁉︎ ぶり返したら大変なんだから‼︎」
「出るわけないだろ。まだ本調子じゃないんだから……。てか、人の心配してるけど、そっちこそ大丈夫?」
「へっ……?」
まるで仕事に出かける前の母親のように、僕にあれこれ言いつけていた星宮が、急に黙り込んだ。
あたりに沈黙が流れたあと、ハッと息を飲む声がして、
「ヤバい、遅れる!」
ほら、言わんこっちゃない……。
「行ってきます‼」
慌てたように大声を上げた星宮は、バタバタと足音を立てて走り出した。
僕が「いってらっしゃい」を言う間もなく、ドアがバタン! と大きな音を立てて閉まる。
とたんに、さっきまで星宮の声で騒々しかった部屋の中が、嘘みたいにしーんと静まり返った。
「……あーあ、行っちゃった」
一人でに動いた口からこぼれた僕の声が、この部屋の中に響き渡った。
とたんに、胸がすくような、心にぽっかりと穴が開いたような感覚に陥っていく。
この部屋は、もともと僕が一人で使っていたはずなのに、今では心細くてたまらない。
もしかして、あいつのいる生活が当たり前になってしまったから、こんなにも胸いっぱいにがらんとした気持ちが広がっているのっだろうか。
放課後になれば、星宮はこの部屋に戻ってくるとわかっているのに、もうすでに夕方になるのが待ち遠しくて仕方ない。
とりあえず気を紛らわそうと、僕はベッドサイドに置きっぱなしになっていた文庫本を取った。
ページを開いて、紙に綴られた細かい文字を目を追っていくうちに、視界が余計にぼんやりしてきてうつらうつらしてくる。
普段の僕なら読書を始めると、すぐに集中して一気に最後のページまで読み終えてしまうけど、やっぱりまだ体調が万全じゃないからだろう。
結局僕は襲ってくる睡魔に抗うことなく、どんどん下がってくる重いまぶたを閉じたとのと同時に、意識の端を手放した。
◇ ◆ ◇
再び意識が戻ったとき、僕の目に映ったのは、叩きつけるような大雨が降る夜の光景だった。
なんだかどこかで見たことがある、と思ったら――2年前の、中学3年生のときの6月。体験入塾の帰り道に見たのと同じ光景だった。
ザーザーと音を立てて雨が降る夜の道を歩いて、バス停まで向かう途中。
少し近道をしようと広場に足を踏み入れたそのとき――、街灯の下に置かれたベンチにうなだれるようにして座っている男の子に遭遇した。
ぱっと見、僕と同い年ぐらい。
当時の僕が着ていた学校の制服とよく似た白い開襟シャツに黒のスラックス姿だったから、ほんの一瞬、同じ学校の生徒かと思ったけど。
彼のすぐ近くに置いてあった通学カバンのデザインが、明らかに僕のものと違っていたので、他校の中学生だと思い直した。
ベンチに座る彼はどうやら、ずいぶん長いこと傘も差さずに雨に打たれていたらしかった。
髪の毛の先からはぽたぽたと雫が滴り落ち、濡れた制服が体に張り付いている。
長いこと降りしきる雨に体温を奪われ続けていたせいだろうか。
シャツの袖から伸びる細い腕は、血の気が引いて青白かった。
一瞬、声をかけるかどうか迷ったし、なんなら止めておこうかと思った。
普段からろくにクラスメイトとしゃべらない僕が、他校生に声をかけるなんてすごくハードルの高いことだったから。
でも、このまま見ないフリをしてほっとけば、きっと彼は風邪を引いてしまう。
最悪、肺炎をこじらせてしまうかも。
『……大丈夫?』
悪い妄想をした結果、良心に突き動かされたのか。
あるいは、自分で思っている以上に、僕は見て見ぬふりができない性格だったのか。
気づけば僕は、びしょ濡れの男の子に声をかけていた。
彼がこれ以上雨に打たれずに済むように、傘を前に傾けたとたん。男の子が弾かれたように顔を上げた。
そして、おとといの星宮のように、濡れた前髪を額にくっつけたまま、僕に向かって微笑んだのだった。
◇ ◆ ◇
ハッと目を覚ますと、僕はベッドの上でうつ伏せになっていた。
目をこすって顔を上げると、窓から差し込む陽の光が、僕の掛け布団の白いシーツをオレンジ色に染め上げているの見て取れる。
さっきまで見ていた夜の雨の光景と違う。と思ったけど、どうやらそれは僕が見ていた夢だったらしい。
それにしても、記憶がだいぶ戻ってきたのだろうか。
僕がいつどこで何をしたのかは、ある程度具体的に思い出せていたけれど、夢の中にいたびしょ濡れの男の子のことはいまだに誰だかわからないままだ。
まあ、自分でよくよく考えても答えの出ないことで悩んでもしょうがないか。
夢の中の男の子ことはいったん置いておくとして、今って一体何時なんだろう……?
ゆっくりと上半身を起こして、ベッドサイドに置いていたメガネをかける。
そして、充電器に差しっぱなしになっていたスマホのスイッチを押したそのとき。
「あっ、起きた?」
頭の上から声をかけられて振り仰ぐと、いつの間にかこの部屋に戻っていた星宮がいた。
目が合うなり微笑みを浮かべる彼に、僕の中で熱い安堵がこみ上げる。
やっぱり僕、星宮が帰ってくるのを待ちわびてたんだな……。
だって、星宮の顔をただ一目見ただけで、ほっと安心の胸をなでおろしているんだもの。
「どう? よく眠れた?」
星宮に聞かれて我に返る。
そういえば、さっきまで昔の夢を見ていたのにも関わらず、すごく目覚めがすっきりしていることに気がついた。
「ああ……。ってか、今って何時? もう夕方……?」
「うん。一応、もうすぐ夕方の6時ってところかな」
夕方の6時⁉ 僕が読書を打ち切って寝たのは午前中だったと思うけど。
それまで何も飲まず食わず、ただひたすらぐっすり眠っていたなんて……。
意識がなかった昨日よりずいぶんと熱が下がったとはいえ、よっぽど体調が悪かったんだな。
そんなことを思っていると、僕のぺたんとしたお腹から『ぐ~っ……』という音が、部屋全体に響き渡った。
最悪だ……。不可抗力だとはいえ、ここまで大きな音が鳴るなんて……。
顔から火が出る思いでチラッと星宮に視線を寄こすと、
「なにか食べたい?」
僕のお腹の音には言及せず、逆に気遣う言葉をかけてくれた。
「あ、うん……」
「じゃあ、ちょっと待っててね」
僕がおずおずとうなずくと、星宮は器用に片目をつむって、部屋を出て行ってしまった。
あいつ、どこ行ったんだろ……?
外に買い出しに行ったのかな?
それとも、部屋を出てすぐの所のキッチンに置いてある、ゼリーかプリンを取りに行ったのかな……?
そわそわしつつも大人しく待っていると、閉め切られた部屋のドアの向こうから、ジャーッと水を流す音や、なにかを鍋で煮込んでいるようなコトコトという音が聞こえてきた。
しばらくして。
「お待たせーっ」
という弾けるような声とともに星宮が、お盆にどんぶりを乗せて運んでくる。
卵雑炊だ。星宮によって、ローテーブルの上に置かれたそれからは、ふわっと湯気が立っていた。
漂ってくる出汁の香りに余計にお腹がすいてきて、居ても立っても居られなくなった僕は、ベッドから降りてローテーブルの前に座った。
「これ、さっき作ったの……?」
「うん。卵と粉末だしとパックご飯で作った即席雑炊! これ、けっこうおいしんだよ」
星宮は僕の隣に腰を下ろすなり、フフンと自慢げに鼻を鳴らした。
それから、どんぶりと一緒に持ってきたれんげで卵雑炊をすくって、「はいっ、あーん」と僕の口元に運んでくる。
「いや……、あーんはいいから。自分で食べられるし……」
同級生にご飯を食べさせてもらうだなんて……。
考えただけでも気恥ずかしくなって、顔をそらして断るものの、星宮は僕が思っているより強引だった。
「いいからあーんして」
さっきよりも笑顔で、ずいっとれんげを近づけてきた。
「はぁ……」
これ以上拒否っても、キリがなさそうだ。観念した僕は、れんげに乗った雑炊を口に入れた。
とたんに、出汁と卵の優しい味が口の中いっぱいに広がる。
空腹のせいか。
いや、星宮の料理の腕がいいんだろうな。
僕はあっという間に卵雑炊を完食してしまった。
「おいしかった……、ごちそうさま」
「ふふっ、おそまつさまでした」
にっこりと微笑む星宮に、僕もつられてほころんでしまう。
そして、彼とのこの穏やかな時間がいつまでも続いて欲しいと、心のどこかで強く願っている僕がいた。
「うーん、今日もまだ熱があるね……」
ぼんやりとした視界の向こうから、星宮の険しい声が聞こえてくる。
「……何度?」
かすれた声でたずねると、「37度5分」と星宮のいつもの声が僕にそう教えてくれた。
週明けの月曜日の朝、僕は体調を崩して寝込んでいた。
実は昨日の日曜日から、ずっと熱を出しているのだ。
原因はたぶん、おとといの土曜日。
水族館の帰りに突然にわか雨に降られて、全身びしょ濡れになってしまったせいだと思う。
でも、なぜか僕と一緒に雨に濡れたはずの星宮にはこれといった体調の変化はなく、今日も元気いっぱいだ。
まだ全身のだるさが抜け切ってなくて、熱でぐったりとしている僕としては羨ましい限りで仕方ない……。
「まあでも、昨日よりかはだいぶマシだけどね。覚えてる? 怜、39度も熱があったんだよ」
そうなんだ……。
どうりで昨日のことを聞かれても、何一つとして思い出せないんだよな……。
僕がそんなことを考えていると、かすかな衣擦れの音が耳にふれた。
メガネをかけていないせいであまりはっきりと見えないけれど、スクールバッグを肩にかけて、立ち上がる星宮の姿がぼんやりと見える。
「じゃあ、俺はもう学校に行くから。怜はここでゆっくり寝て休んでてね」
「……わかってるって」
「冷蔵庫にプリンとかゼリーを買いだめしてるから、食べられるようだったら食べてね」
「ありがとう……」
「あっ! あと、熱が下がってもヒマだからって、屋上に出ちゃ駄目だよ⁉︎ ぶり返したら大変なんだから‼︎」
「出るわけないだろ。まだ本調子じゃないんだから……。てか、人の心配してるけど、そっちこそ大丈夫?」
「へっ……?」
まるで仕事に出かける前の母親のように、僕にあれこれ言いつけていた星宮が、急に黙り込んだ。
あたりに沈黙が流れたあと、ハッと息を飲む声がして、
「ヤバい、遅れる!」
ほら、言わんこっちゃない……。
「行ってきます‼」
慌てたように大声を上げた星宮は、バタバタと足音を立てて走り出した。
僕が「いってらっしゃい」を言う間もなく、ドアがバタン! と大きな音を立てて閉まる。
とたんに、さっきまで星宮の声で騒々しかった部屋の中が、嘘みたいにしーんと静まり返った。
「……あーあ、行っちゃった」
一人でに動いた口からこぼれた僕の声が、この部屋の中に響き渡った。
とたんに、胸がすくような、心にぽっかりと穴が開いたような感覚に陥っていく。
この部屋は、もともと僕が一人で使っていたはずなのに、今では心細くてたまらない。
もしかして、あいつのいる生活が当たり前になってしまったから、こんなにも胸いっぱいにがらんとした気持ちが広がっているのっだろうか。
放課後になれば、星宮はこの部屋に戻ってくるとわかっているのに、もうすでに夕方になるのが待ち遠しくて仕方ない。
とりあえず気を紛らわそうと、僕はベッドサイドに置きっぱなしになっていた文庫本を取った。
ページを開いて、紙に綴られた細かい文字を目を追っていくうちに、視界が余計にぼんやりしてきてうつらうつらしてくる。
普段の僕なら読書を始めると、すぐに集中して一気に最後のページまで読み終えてしまうけど、やっぱりまだ体調が万全じゃないからだろう。
結局僕は襲ってくる睡魔に抗うことなく、どんどん下がってくる重いまぶたを閉じたとのと同時に、意識の端を手放した。
◇ ◆ ◇
再び意識が戻ったとき、僕の目に映ったのは、叩きつけるような大雨が降る夜の光景だった。
なんだかどこかで見たことがある、と思ったら――2年前の、中学3年生のときの6月。体験入塾の帰り道に見たのと同じ光景だった。
ザーザーと音を立てて雨が降る夜の道を歩いて、バス停まで向かう途中。
少し近道をしようと広場に足を踏み入れたそのとき――、街灯の下に置かれたベンチにうなだれるようにして座っている男の子に遭遇した。
ぱっと見、僕と同い年ぐらい。
当時の僕が着ていた学校の制服とよく似た白い開襟シャツに黒のスラックス姿だったから、ほんの一瞬、同じ学校の生徒かと思ったけど。
彼のすぐ近くに置いてあった通学カバンのデザインが、明らかに僕のものと違っていたので、他校の中学生だと思い直した。
ベンチに座る彼はどうやら、ずいぶん長いこと傘も差さずに雨に打たれていたらしかった。
髪の毛の先からはぽたぽたと雫が滴り落ち、濡れた制服が体に張り付いている。
長いこと降りしきる雨に体温を奪われ続けていたせいだろうか。
シャツの袖から伸びる細い腕は、血の気が引いて青白かった。
一瞬、声をかけるかどうか迷ったし、なんなら止めておこうかと思った。
普段からろくにクラスメイトとしゃべらない僕が、他校生に声をかけるなんてすごくハードルの高いことだったから。
でも、このまま見ないフリをしてほっとけば、きっと彼は風邪を引いてしまう。
最悪、肺炎をこじらせてしまうかも。
『……大丈夫?』
悪い妄想をした結果、良心に突き動かされたのか。
あるいは、自分で思っている以上に、僕は見て見ぬふりができない性格だったのか。
気づけば僕は、びしょ濡れの男の子に声をかけていた。
彼がこれ以上雨に打たれずに済むように、傘を前に傾けたとたん。男の子が弾かれたように顔を上げた。
そして、おとといの星宮のように、濡れた前髪を額にくっつけたまま、僕に向かって微笑んだのだった。
◇ ◆ ◇
ハッと目を覚ますと、僕はベッドの上でうつ伏せになっていた。
目をこすって顔を上げると、窓から差し込む陽の光が、僕の掛け布団の白いシーツをオレンジ色に染め上げているの見て取れる。
さっきまで見ていた夜の雨の光景と違う。と思ったけど、どうやらそれは僕が見ていた夢だったらしい。
それにしても、記憶がだいぶ戻ってきたのだろうか。
僕がいつどこで何をしたのかは、ある程度具体的に思い出せていたけれど、夢の中にいたびしょ濡れの男の子のことはいまだに誰だかわからないままだ。
まあ、自分でよくよく考えても答えの出ないことで悩んでもしょうがないか。
夢の中の男の子ことはいったん置いておくとして、今って一体何時なんだろう……?
ゆっくりと上半身を起こして、ベッドサイドに置いていたメガネをかける。
そして、充電器に差しっぱなしになっていたスマホのスイッチを押したそのとき。
「あっ、起きた?」
頭の上から声をかけられて振り仰ぐと、いつの間にかこの部屋に戻っていた星宮がいた。
目が合うなり微笑みを浮かべる彼に、僕の中で熱い安堵がこみ上げる。
やっぱり僕、星宮が帰ってくるのを待ちわびてたんだな……。
だって、星宮の顔をただ一目見ただけで、ほっと安心の胸をなでおろしているんだもの。
「どう? よく眠れた?」
星宮に聞かれて我に返る。
そういえば、さっきまで昔の夢を見ていたのにも関わらず、すごく目覚めがすっきりしていることに気がついた。
「ああ……。ってか、今って何時? もう夕方……?」
「うん。一応、もうすぐ夕方の6時ってところかな」
夕方の6時⁉ 僕が読書を打ち切って寝たのは午前中だったと思うけど。
それまで何も飲まず食わず、ただひたすらぐっすり眠っていたなんて……。
意識がなかった昨日よりずいぶんと熱が下がったとはいえ、よっぽど体調が悪かったんだな。
そんなことを思っていると、僕のぺたんとしたお腹から『ぐ~っ……』という音が、部屋全体に響き渡った。
最悪だ……。不可抗力だとはいえ、ここまで大きな音が鳴るなんて……。
顔から火が出る思いでチラッと星宮に視線を寄こすと、
「なにか食べたい?」
僕のお腹の音には言及せず、逆に気遣う言葉をかけてくれた。
「あ、うん……」
「じゃあ、ちょっと待っててね」
僕がおずおずとうなずくと、星宮は器用に片目をつむって、部屋を出て行ってしまった。
あいつ、どこ行ったんだろ……?
外に買い出しに行ったのかな?
それとも、部屋を出てすぐの所のキッチンに置いてある、ゼリーかプリンを取りに行ったのかな……?
そわそわしつつも大人しく待っていると、閉め切られた部屋のドアの向こうから、ジャーッと水を流す音や、なにかを鍋で煮込んでいるようなコトコトという音が聞こえてきた。
しばらくして。
「お待たせーっ」
という弾けるような声とともに星宮が、お盆にどんぶりを乗せて運んでくる。
卵雑炊だ。星宮によって、ローテーブルの上に置かれたそれからは、ふわっと湯気が立っていた。
漂ってくる出汁の香りに余計にお腹がすいてきて、居ても立っても居られなくなった僕は、ベッドから降りてローテーブルの前に座った。
「これ、さっき作ったの……?」
「うん。卵と粉末だしとパックご飯で作った即席雑炊! これ、けっこうおいしんだよ」
星宮は僕の隣に腰を下ろすなり、フフンと自慢げに鼻を鳴らした。
それから、どんぶりと一緒に持ってきたれんげで卵雑炊をすくって、「はいっ、あーん」と僕の口元に運んでくる。
「いや……、あーんはいいから。自分で食べられるし……」
同級生にご飯を食べさせてもらうだなんて……。
考えただけでも気恥ずかしくなって、顔をそらして断るものの、星宮は僕が思っているより強引だった。
「いいからあーんして」
さっきよりも笑顔で、ずいっとれんげを近づけてきた。
「はぁ……」
これ以上拒否っても、キリがなさそうだ。観念した僕は、れんげに乗った雑炊を口に入れた。
とたんに、出汁と卵の優しい味が口の中いっぱいに広がる。
空腹のせいか。
いや、星宮の料理の腕がいいんだろうな。
僕はあっという間に卵雑炊を完食してしまった。
「おいしかった……、ごちそうさま」
「ふふっ、おそまつさまでした」
にっこりと微笑む星宮に、僕もつられてほころんでしまう。
そして、彼とのこの穏やかな時間がいつまでも続いて欲しいと、心のどこかで強く願っている僕がいた。