ついにこの日が来てしまった。

 覚悟を決めていたとはいえ、やっぱり嫌なものは嫌なんだよな……。


 合コン当日の金曜日の夕方。

 会場に指定されたカラオケボックスのパーティールームに入った僕は、ハイテンションの五十嵐たちに水を差さないように、自分にしか聞こえない程度に小さくため息をついた。

 今回、集まった合コン参加メンバーは、僕を含めた青海学園の男子5人と、他校の女子5人の計10人。

 幹事の五十嵐とその女友達が集めたメンツらしく、僕以外の9人はみんな、おしゃれで垢抜けた美男美女ばかり。

 まるで、人気のある学園ドラマの主役みたいだ。

 もし、この9人が教室にいたら、ものすごく目立つ男女混合グループになるだろうし、クラスメイト達の憧れと注目の的になるのは間違いなしなんだろうな。

 まあ、現実は……この9人とは対照的に唯一地味な僕が、一番悪目立ちしているんだと思うけど。

 早速、男女別に分かれたあと、部屋の両端に置いてある安っぽいソファセットに向かい合うように座る。

 それから料理の注文と、簡単な自己紹介を済ませたあと。
 
「それでは楽しく盛り上がってまいりましょう! かんぱーい!」

 マイクを握った五十嵐が音頭を取ったのを合図に、この場にいる全員で「かんぱーい‼」と、ジュースが入ったコップを持ち上げた。

 カチン、とグラス同士がぶつかり合う音が響いたあと。

 ただでさえ明るい人の声でいっぱいの部屋の中が、おもちゃ箱をひっくり返したかのように、よりいっそうにぎやかになった。

 ……というか、ものすご騒がしくなった。

 あちこちから聞こえてくる笑い声やはしゃぎ声が壁にぶつかって、余計に響いているような気がする。

 それはたぶん、ここがカラオケボックスだからだろうか?

 頭がズキズキと痛くなるほどうるさくてたまらないけれど、我慢するしかないのかな……?

「怜、大丈夫?」

 心の中で思っていることが表情に出てきてしまったんだろう。

 隣に座っている星宮が、ひそひそと小声でささやいてきた。

 かと思えば、心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。

「具合でも悪い……?」

「いや、この部屋すごく音が響くなと思っただけ」

「あー、ちょっと待って」

 星宮は何か思い当たることでもあったのか。

 僕との会話をさっと切り上げると、さっき五十嵐が使ってテーブルの上に置きっぱなしになっていたマイクを取って、スイッチをオフにした。

 とたんに、部屋の中で跳ね返っていた声や音が、ほんの少しマシになったような気がする。

「マイクが音を拾ってたみたい。どう? 今は大丈夫?」

 またしても、成り行きで星宮に助けられてしまった。

 ついこの前、日直の仕事を手伝ってもらったときもだけど。

 星宮って、僕が困っているとすぐに手を差し伸べてくれる優しいところがあるよな……。

 我慢すればなんとかなるような細かいことでも、すぐに気づいて対処してくれるから、おかげで僕はものすごく助かっている。

「あ、うん……。大丈夫、ありがとう……」

 僕がコクコクとうなずいてお礼を言うと、星宮は「それはよかった」とほっと胸をなで下ろして、ニコッと笑いかけてくれた。


   ◇ ◆ ◇


 ぐるぐると回り続けるミラーボールの光が飛び交うこの部屋の空気は、最初はまだ緊張の糸が張っている雰囲気があったけど、時間がたつに連れてそれもだいぶゆるんできた。

 でも、やっぱり人付き合いが不得意な僕にとっては、こういう大勢でワイワイする場所にはどうしても苦手意識を覚えてしまって、居心地の悪さを感じてしまう。

「へぇ~っ! 七緒くんって、転校生なんだぁ~っ‼」

 ふと、甘ったるい声がこの部屋に響き渡った。

 声の主は、星宮の向かい側に座っている、メイクも髪型もばっちり決めた女の子だった。

 目をキラキラ輝かせながら、星宮に向かって前のめりになって

 この合コンに参加しているほかの女子たちも、だいたいこの彼女と同じ様子だった。

「今の学校にはもう慣れた?」

「寮生活ってどんな感じ⁉」

 なんて、キャピキャピとしたよく響く声で星宮を質問攻めにしている。

 で、当の本人の星宮はというと、嫌な顔一つせずニコニコと笑顔を浮かべて、彼女たちとのおしゃべりに花を咲かせていた。

 でも、なんだかな。

 僕には星宮の笑顔が、職員室前で白井さんとばったり鉢合わせしていたときみたいにぎこちないものに見えてしょうがない。

 あいつが五十嵐に合コンに誘われたとき、矢庭に断るぐらいに嫌がってたのを覚えているけれど。

 実際に参加したらしたで、自分の気持ちは押し隠して、この場の空気を悪くしないようにと、あいつなりに気を遣っているんだろうな。

 ……まあ、気持ちはわかるけどさ。

 あーあ、なんかつまんないな。早く合コン、終わんないかな……。

 さっさと寮に戻って、最近買ってきたばかりの文庫本を読みたい。あと、アイス食べたい……。

 メロンソーダをチビチビ飲みながら、心の中で愚痴をこぼしていると、自分のグラスの中が空になったことに気がついた。

 ……そうだ。新しいドリンクを持ってくると見せかけて、しばらくどこかで時間をつぶそう。
 
 ラッキーなことに、部屋の中の女子たちは星宮に夢中で、五十嵐たち男子も彼女たちを振り向かせようと必死になっている。

 誰も僕を見ていない今このときがまさに、黙って部屋を抜け出せるチャンスだ。

 あらかじめドアの近くの席を確保しといて正解だったな……と思いながら、僕は自分の席の近くにある出入り口のドアノブに手をかけて、こっそりと外に出た。

 とりあえず、一人になれる所に行ってスマホでもいじって時間をつぶすか。

 と、壁に貼ってあった見取り図で、トイレの場所を探していたそのとき。


「ねえ、月森くんだよね?」

 突然、背後から名前を呼ばれて、トントンと肩を叩かれた。

 振り返ると、他校の制服を着た女の子が真後ろに立っていた。

 彼女は僕と目が合うなり、ぱあっと笑顔を輝かせて、「あっ、やっぱり月森くんだー!」と嬉しそうに声を上げる。

 あれ? この子、どこかで見たような気がするんだよな……って、僕と同じ合コンに参加してる女の子だ。

 名前はたしか、水野(みずの)さん。

 明るい髪色の子が多い参加女子メンバーの中で、彼女一人だけがサラサラとした黒髪ロングで目立っていたから名前を覚えていた。

 あと、彼女だけがほかの女子たちと違って、星宮に目もくれず、注文して運ばれたピザにかじりついていたのを目撃したのもあって、強く印象に残っている。

「ねえ、月森くんって合コンはじめて?」

 水野さんが僕に質問をぶつけてくる。

 あまりにも唐突に。

 しかも、興味津々といった感じでたずねられたものだから、僕は思わず動揺すると、たじたじとしながらうなずいた。

「まあ、そうだけど……」

「やっぱり! どーりでなんか一人だけ場慣れしてない感じがすると思ったんだよね~! かわいいっ」

 かわいい……? この僕が?

 誰かにそんな言葉を生まれてはじめて言われたのもあって、どうもいまいちピンとこない。

 なんならもっと適任がいるだろ……と思ったら、笑顔の星宮が僕の脳裏に浮かぶ。

 たしかにあいつの笑顔こそ、『かわいい』という言葉がぴったりと当てはまるんだよな。

「いや、その『かわいい』っていうのは、間違っても僕じゃなくて、星宮の方だと思うけど……」

「星宮……?」

 水野さんは、あいつの名前を口にすると、上を向いて考え込んだ。

 でも、すぐにピンときたらしく、「あー、思い出した!」と大声を上げる。

「知ってる知ってる! いつの間にか女子側の席に座ってた、アイドル顔の男子のことでしょ?」

「そうそう」

「言われてみれば、たしかに中性的でかわいい顔立ちしてるよね~」

 水野さんは納得したかのように、腕を組んでうんうんと首を縦に振った。

 かと思えば黙り込むと、こちらに視線を寄こすなり、熱い眼差しを送ってくる。

 その相手が星宮ならわかるけど……なぜ、よりにもよって僕なんかに……?

「あの、水野さん……」

 日ごろから他人にここまで食い入るように見つめられた経験がなくて、僕はたじたじとしながら水野さんに声をかけた。

「んー?」

「いやあの、さっきから僕のことをじーっと見つめてる……よね? 僕の気のせいだったら申し訳ないんだけどさ……」

「ううん。月森くんの気のせいじゃないよ」

 水野さんがふるふると首を横に振った。

「なんならけっこう、かなり意識して見てるもん」

「えっ、そうなの? 何で……?」

「好みのタイプだから」

「タイプ?」

 サラッと水野さんの口から出てきたまさかの発言に、僕は虚を突かれてしまった。

「そう。私、月森くんみたいな、クールでシュッとしてるイケメンメガネ男子が好きなんだもん」

 この僕が、クールでシュッとしてるイケメン……?

「水野さ……、え? それ、何の冗談?」

 おだてられてるというか、おちょくられてるだけだよな……? と僕は自分自身にそう言い聞かせて苦笑いを浮かべる。

 だけど、水野さんの表情はいたって本気で真面目だった。

「本当だよ。月森くんは自分の魅力に気づいてないかもしれないけど、私はかっこいいって思ってるから」

「嘘でしょ……」

 平静を装ってつっぱねたとたん、顔がかあっと熱くなるのを感じた。

 他人から好意を伝えられる、といった機会があまりにも少なくて耐性がなかったからなんだと思うけど……。

「あれれ? 月森くん、もしかして照れてる⁉」

「や、別に……」

 これ以上からかわれたくなくて、自分の目の前に手をかざすようにして顔を隠す。

 でも、水野さんはそれをさえぎろうと、僕の手首に向かって小さな手を伸ばしてきた。

「ちょ、その顔もっとよく見せて!」

「ちょっ、ダメだってば……」

「いいじゃん! お願い!」

水野さんの華奢(きゃしゃ)な指が、僕の顔の前にある手をぎゅっとつかもうとした、まさにちょうどそのとき――、

「怜、なにやってんの?」

 突然、この場にいないはずの第三者の声が耳に飛び込んできた。

 怒っているような低いトーンのそれに、僕と水野さんはほぼ同時にハッと我に返る。

「星宮……?」

 いつの間に現れたんだろう。僕の視線の先に、スクールバッグを2個持ちした星宮が仁王立ちしていた。

 そのうちの一つは星宮ので、もう一つのが僕のだ。

 中学生のときに買った小説の特装版に付いていたキーホルダーが、バッグのファスナーにぶら下がっていたからすぐにわかった。

 だとしても、何で僕のスクールバッグを持って、不機嫌そうにぶすくれた顔をしているんだろう……?

 荷物持ちを頼んだ覚えはないんだけど。と、僕が首をひねっていると、

「水野さん、ごめんね!」

 急に星宮が申し訳なさそうな顔をして、水野さんに向かって手を合わせた。

「俺と怜、これから急ぎの予定があるんだ。みんなにはもう抜けることは話してるから、もう帰るね!」

 は? 予定?

 この合コンにかぶるような星宮との予定なんて、立てた覚えがないんだけど……。

 と、僕が言おうとしたそのとき、

「そうなんだぁ……、わかった」

 水野さんが納得したようにうなずいて、あっさりと僕から手を離した。

 やっと解放された……。と、ほっと胸をなで下ろしたのも束の間のこと。

 今度は星宮に手首をぎゅっとつかまれる。

「ありがとう、水野さん。じゃっ、そういうことで」

 星宮は立ち尽くす僕の手首をつかんで、ぐいっと自分の方に引っ張って廊下を走り出した。

 あまりにも勢いがあり過ぎて、俺は「おい、ちょっと待……うわっ⁉」と情けない声を上げた上に足をもつれさせてしまう。

 今の僕、果てしなくダサかったよな。もしかして、水野さんに見られたりして……?

 おそるおそる振り返ると、案の定水野さんはばっちり見ていて。

 僕と目が合うなりニコッと笑うと、ひらひらと手を振った。


   ◇ ◆ ◇


 カラオケボックスから繁華街に飛び出したところで、僕はようやく星宮に解放された。

「はーっ、めっちゃ走ったあぁぁっ……!」

 僕から手を離すなり、星宮が真っ暗な夜空に向かって、うーんと気持ちよさそうに背伸びをする。

 で、僕はというと――そんな星宮に引っ張り回された挙句、ようやく解放されたことで完全に疲労困憊(こんぱい)

 ひざを抱えて、荒くなった呼吸を整えるのに必死だった。

 はぁ……。星宮のやつ、足速過ぎでしょ……。

 おかげで何度心臓が止まりかけたことやら……。

 文句や嫌味の一つでも星宮にぶつけてやろうかと思ったところでふと、僕は合コンを抜け出してしまったことに気がついた。

 水野さんは僕が居合わせている場所で、星宮から説明を聞いていたからいいとして、五十嵐たちには何の挨拶もしていない。

 あとで部屋に戻る前提で、いったん別の場所で時間をつぶしに行くのとはわけがちがうんだ。なんせ、荷物まで持っていったのだから。

 騒ぎになっていなければいいんだけど……。

「星宮……僕、勝手に抜けて大丈夫だった?」

 僕は一抹の不安を胸に抱きながら、おずおずと星宮にたずねた。

 すると、「あー、みんな? 気にしなくて大丈夫」と星宮があっけらかんとした口調で答える。

「だって俺、もうとっくに参加メンバー全員に、怜と抜けるの伝えてるし」

 そっか、事前に説明してくれていたのか。よかった……。

「でも、何で僕まで一緒に抜けることになったわけ?」

 僕はふと気になって星宮にたずねた。

 すると、星宮は申し訳なさそうに苦笑いをして、

「そもそも俺が早く帰りたかったっていうのもあるけれど……、ああいう雰囲気や場所が苦手そうな怜を、無理矢理連れてっちゃった負い目もあったからさ……だから、もういっそのこと怜と一緒に帰っちゃおうと思って」

 なるほど……。なんだかんだで星宮は、僕を今回のことに巻き込んだことに対して罪悪感を覚えてたんだな……。

 強引で人を引っ張り回すところがあるけれど、ちゃんと反省してると知れたからか、なんかちょっと見直した。

「じゃあ、水野さんに『これから二人で予定がある』って、言ったのは抜けるための口実?」
「そうそう。……まあ、早く外に出たい気持ちが先走ってダッシュしたから、強行突破みたいな感じになっちゃったけど」

 頭をかきながら、たははと笑った星宮だったけど、何か引っかかることでもあったのか、すぐに笑顔を消し去って、落ち込むように眉を八の字に寄せた。

「ねえ、怜……」

 さっきまでとは打って変わって、切なさをはらんだ声で、星宮が僕に話しかけてくる。

「ん?」

「さっき、廊下で水野さんと一緒にいたよね。あのとき、二人で一体何をしてたの……?」

 きゅっと唇を結んで、やきもちを妬いた子供のような目つきで、星宮がこっちを見つめてくる。

「いや、何って……?」

「水野さんに告白されてなかった? 水野さんが怜に『好き』とか『かっこいい』とか言っているのが、聞こえてきたんだけど……」

 ……ああ、なるほど。さっきの廊下でのやり取りを聞いていて、気になったというわけか。

「あれは告白じゃないよ」

「そうなの⁉」

 僕が答えるなり、星宮が食い気味に詰め寄った。

 あまりにも勢いよく、こちらにずいっと迫ってくるものだから、思わずびっくりして一歩後ずさりしてしまった。

「本当に⁉ 告白じゃないんだよね⁉」

「うん。だから、本当に違うってば……」

 こいつ、何でこんなことでムキになっているんだろう……?

 僕にはわけがわからないけれど、星宮のことを落ち着かせるためにもちゃんと説明しておこう。

「本人のいない所で言うのもなんだけど、水野さんの好みのタイプの話題になったから、たまたまそういう言葉が出てきただけだよ」

「んん? それって?」

「どうやら彼女、僕みたいなメガネ男子が好みのタイプなんだってさ」

「ふーん……」

 星宮は白けた顔をして、興味なさそうに相槌を打った。

「……水野さんもわかってんじゃん」

 あまりよく聞き取れなかったけど、あいつの声で何かがボソッと呟かれたような気がした。

「星宮……今、何か言った?」

 聞き返す僕に、星宮は何でもなさそうな顔をして、「んーん、別にー」と首を横に振る。それどころか、

「ってか、そんなことよりお腹すいちゃったー。ねえ怜、今からコンビニに行こうよ!」

 すっかりいつもの調子に戻って、僕を買い物に誘ってきた。

 なんだかちょっとはぐらかされた気もするけれど……、まあいっか。

 きっと取るに足らない、些細なことなんだろう。

「いいよ。行こっか」

 僕はうなずくと、人で賑わう夜の繁華街を、星宮と一緒に横に並んで歩き出した。