「ただいまー‼」

 ガチャリとドアを開けた瞬間、七緒が部屋に向かって元気のいい明るい声を上げた。

 それから部屋の中に上がり込むなり、自分のベッドの上に思いっきりダイブした。

 僕も久しぶりに自分たちの部屋に足を踏み入れて、空気の入れ替えをするため、閉め切っていた窓を開ける。

 1学期の終業式ぶりだからか。

 懐かしさにも似た気持ちがこみ上がると同時に、『今日からまたここでの生活が始まるんだ』という心の声が、部屋の中に吹き込んできた風の音と共に聞こえた気がした。

「あ~~っ、やっと帰ってきたって感じがするー……」

 ベッドの上でゴロゴロする七緒は、顔を見ただけでもわかるぐらい嬉しそうで、幸せにとろけていた。

「七緒、すごく嬉しそうだね」

 僕がクスクス笑うと、七緒が「当たり前じゃん」とこっちを向いてニコッとする。

「だって、今日からまた怜と一緒の生活が始まるんだもん。怜は嬉しくないの?」

「嬉しいに決まってるじゃん」

 僕は七緒のベッドの前にしゃがみ込みながらそう答えると、目の前にいる恋人の柔らかい髪をなでた。

「またここで、七緒の『おはよう』と『おやすみ』を僕が毎日独り占めできるようになるからね」

 そう言ったとたんに、珍しく七緒の顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。

「怜……今のはちょっと、甘過ぎでしょ」

 七緒はボソッと呟くと、枕の上に顔を押し付けてしまった。


   ◇ ◆ ◇


 ――終業式から1ヶ月がたった、そろそろ8月も下旬に差しかかる今日。

 僕と七緒は、実家のある地方から飛行機やモノレールを乗り継いで、青海学園の男子寮に戻った。

 夏休みはまだまだ続いていて、なんならあと10日ぐらい残っている。

 それでもここに戻ってきたのは、その残りの夏休みを、七緒と二人だけでゆっくり過ごしたいから。

 ……とはいえ、実家に帰省したときも、七緒と地元が同じだから、ほぼ毎日一緒にいたけど。

 そのおかげか、今年の夏休みは例年より充実していたなとふと思う。

 七緒と浴衣を着て夏祭りに行ったり、電車に乗って泊りがけで観光地に遊びに行ったり。

 冷房のきいた図書館で、課題や自主勉に取り組んだり。

 夏休みに合わせて一時帰国した七緒のご両親にお会いして、海外のお土産をもらったりもした。

 そういえば、七緒の前の学校の友達――つまり、僕の中学時代の同級生と連絡を取り合ってくれたことで、まさかの中学3年生のときのクラスの同窓会に参加する機会もあった。

『卒業したらもう関わることはないだろう』と思っていた元クラスメイトたちに再会して語り合えたことも、僕のいい思い出の1つになっている。


   ◇ ◆ ◇


 その夜、僕は久々に男子寮の屋上へと向かった。

 今回は七緒も一緒だ。

 そういえば、二人で屋上にいたことはあったけど、七緒と一緒に屋上まで廊下を歩いたり、階段を上ったりすることがなかったな。と思いながら、ギィ、と軋むドアを開けて、外に出る。

 まだまだ昼間の暑さが残っているとはいえ、夜風はだいぶ秋めいたように涼しくなっていた。

 僕は深呼吸をして、先に鉄柵の所に行った七緒の隣に立つと、ほぼ1ヶ月ぶりの夜景を眺めた。

「俺、この先も怜とずっと一緒に夜景を眺めるのが夢なんだよね」

 ふと、柵に寄りかかった七緒がぽつりと呟いた。

 視線は夜景の方を向いたまま。

 でも、たしかに七緒が『この先も怜とずっと一緒に』と声に出して言ったの耳にしたとたんに、僕の心臓がトクン、と高鳴った。

 とたんに、僕の顔も耳も、全身まで熱を帯びて、照れくさくてたまらなくなる。

 ――だって僕も、七緒とまったく同じ願いを心の中で抱いていたから。

「僕もだよ」

 お返しに、七緒の耳元でこそっとささやくように返事をした。

 すると、ハッと目を見開いた七緒が、「聞かれてたんだ」とはにかんだあと、まっすぐに僕の方へ向き直る。

「じゃあさ、これからもずっと俺と一緒にいてくれる?」

「ああ、もちろん。高校を卒業しても、大人になっても、この先もずっと――夜はこうして二人で寄り添って、同じ景色を眺めていよう」

「ありがとう、怜。これからもよろしくね」

「ああ、こちらこそよろしく。七緒」

 お互いの顔を見つめて微笑み合った僕たちは、どちらからともなくキスをした。

 そして、二人で手をつないだあと。

 今夜は一段と光り輝いて見える夜景色に、ゆっくりと目を細めるのであった。


【完】