夜が好きだ。
それも、僕しか知らない秘密の場所で、一人きりで過ごす静かな夜が一番好きだ。
背後に誰もいないのを確認して、僕、月森怜は、男子寮の屋上のドアを押し開けた。
ギィ、と軋む音がした直後、ドアのすき間から外に向かって足を踏み出す。
ゴムチップ舗装がされた屋上のタイルの上をしばらく歩いて、胸ぐらいの高さがある鉄柵の前で足を止める。
それから手すりを両手でつかむと、ひんやりとして澄みきった夜の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
いつも左手首に巻いている、デジタル式腕時計の画面に表示された現在時刻は9時ジャスト。
僕が在籍するこの全寮制の高校、青海学園の寮の門限の時間だ。
今ごろこの学校の生徒たちのほとんどは、男子寮か女子寮の中にいるのだろう。
だけど、僕一人だけは寮の外――しかも、屋上にいるというこの現状に、高揚感と特別感、それからほんのわずかばかりの背徳感を覚える。
――まるで、青春小説の主人公になったように。
今夜も無事に忍び込めたということで、僕は鉄柵の手すりの上に組んだ腕を乗せる。
それから、眼下に広がる景色を独り占めするはずだった。
なのに――……、
「あっ、怜みーっけ!」
「うわっ⁉」
突然、背後からよく通る声で名前を呼ばれて、背筋がビクッと跳ね上がった。
この屋上に僕以外の誰かがいる。
おかしいな。さっきここのドアを開ける前に、背後に誰も付いてきていないかちゃんと確認したはずんだけど。
というか、その前に。さっきの声、僕のことを『怜』って呼んだよね。
しかも、なんとなく聞き覚えがある声をしてたし……まさか⁉
「もーっ! 怜、こんな所で何やってんの? 探したよ~!」
振り向くと、朝も昼も夜も……ほぼ1日中常に目にする男子生徒の顔に、僕の視界が占領されていた。
……最悪だ。
絶対に誰にも来て欲しくなかったのに。
よりにもよって目の前のこいつが、僕の居場所に踏み込んでいるなんて――……。
「……悪いけど、今すぐ部屋に戻ってくれる? 星宮」
はあっとため息をつく僕に、男子生徒こと星宮は「やだ」と断るなり、いたずら好きな子供みたいにニッと笑った。
◇ ◆ ◇
星宮七緒。
ほんの1ヶ月前の4月。
2年生に進級したと同時に僕のクラスに乱入……じゃなくて、転入してきたばかりのクラスメイト兼ルームメイトだ。
さわると柔らかそうなプラチナブロンドの髪に、ニキビ一つ見当たらないつるんとした白い肌。
アイドルのように中性的で整った顔立ちに、均等の取れた細身の体型。
とにかく、同じ人間とは思えないほど目立つ容姿をしているので、地味なタイプの僕は彼と一緒にいると引け目を感じて落ち着かない。
でも、そんな星宮本人はというと、なぜか転校初日から、僕に対して鬱陶しいほどのかまってちゃんを発揮している。
僕の顔を見ればすぐに話しかけてくるし、姿が見えないとなるとすぐに探しにやってくる。
別に仲良くなった覚えなんてないのに。
勝手に僕のことを『怜』なんて、馴れ馴れしく下の名前で呼び捨てにしてくる……などなど。
一人が好きな僕は、このくっつき虫のようにしつこいルームメイトに対していつも、ものすごくうんざりしている。
どうして星宮が僕にべったりしてくるのか。
その理由は本人にしかわからないだろうし、僕自身別に知りたいとも聞きたいとも思っていない。
でも、心当たりが1つだけあるとするならば――それはたぶん僕と星宮が、教室も寮の部屋も同じで、ほぼ1日中顔を見る生活を送る羽目になっているから。
それできっとあいつなりに、高校生活を楽しめるよう、僕とできるだけ仲良くしておきたいんだと思ってる。
完全な僕の憶測だけど。
まあ、仮にそれが当たっていたとしても、星宮の僕に対する距離の詰め方は間違っていると思うし、そもそも僕は基本的に人付き合いが苦手だからほっといて欲しいんだけどさ。
あーあ、1年のころはよかったな。
全寮制とはいえ、生徒一人につき一人部屋があてがわれるという寮の制度に魅力を感じてこの学校に進学したことで。誰にも邪魔されず、干渉されずに、自由気ままに毎日を送っていたはずだったのに……。
――そんな僕にとって、夢のような高校生活は、今年の4月でもうおしまい。
新1年生の入学で男子寮の部屋が満室になったから。という理由で、なぜか僕が転校生の星宮と二人一部屋で生活をする、という割を食う羽目になってしまったのだ。
あと1年と10ヶ月。
絶対に仲良くなれないルームメイトと昼も夜も顔を合わせる高校生活に、必ず終わりがくることはわかっている。
わかってはいるけれど――今の僕にとっては高校を卒業するそのときまでが、永遠のように果てしなく、終わりが見えない感じがして仕方ない……。
◇ ◆ ◇
「もーっ、ほんっと心配したよ〜」
困ったように僕に笑いかける星宮が、ほっと胸をなでおろす。
「怜ってば、部屋にいたのに急にいなくなっちゃうんだもん。寮の中を探してもどこにもいないし……」
まあそうだろうな。
だって、星宮がトイレに行っているのを見計らって、そそくさと部屋から抜け出したんだもの。
「でも、たまたまここのドアの鍵が開いているのに気づいて、怜の居場所を突き止められたからいいんだけどね!」
得意げに腕を組んでフフンと鼻を鳴らす星宮の発言に、僕は心の中で自分自身にため息をつく。
……しくじった。
屋上の外に出てドアを閉めたあと、すぐにドアノブのつまみを回して鍵をかけておくんだった……。
ほんの一瞬、後悔の念に駆られたけど。
すぐにこの屋上のドアの鍵がかなり古くて壊れていることを思い出して、自分自身を責めるのはやめた。
たぶん僕が忘れずにきちんと施錠したとしても、どのみち星宮はこのドアを開けていたことだろうから。
「で、怜はここで一人で何やってんの?」
「別に。ただぼーっとしてるだけ」
僕は手すりに頬杖をついて、つっけんどんな返事で星宮をあしらった。
暗に『これ以上話しかけんな』と刺々しい態度を取ったつもりだったけど、星宮にはまったく通じてないようだ。
「ふーん……。じゃあ、先週出た課題はもう終わってるってこと?」
人の話聞けよ。と心の中で軽く毒づいた。
「あー、明日提出のレポート? それならもうとっくに終わらせてるけど、何か?」
「やっぱり!」
瞬間、星宮の表情がぱあっと輝いた。
夜空にまたたくわずかばかりの星々をすべて追いやってしまうほど、期待にあふれた笑顔があまりにも眩しくて、僕はサッと視線をそらす。
「じゃあ見せて!!」
「はぁ? 何で?」
「いやーっ、実は俺、その課題やってなくってさー! ていうか、さっきトイレにこもっているときに、存在を思い出したぐらいで……」
呆れた。1週間も期限があったはずなのに、今日の今日まで忘れてただなんて。
あはは、と乾いた笑いをもらす星宮に、僕は「うわ、マジかよ……」と頭を抱えた。
「だから怜、お願い! 一緒に部屋に戻って、レポート書き写させて! このとおり‼」
星宮はパンッと手を合わせるなり、猫なで声で僕にすり寄ってくる。
そんな彼を、僕はある意味軽蔑するような、ジトッとした目つきで睨んだ。
「絶対にやだ」
「えっ? なんで⁉」
いや、『なんで⁉』と聞かれても……。
逆に僕が星宮を手助けをしなきゃいけない筋合いはないだろうと言ってやりたい。
それに、僕は今さっきこの屋上に着いたばかりだ。これ以上、至福の一人時間を他人に邪魔されるなんてまっぴらごめんだ。
「課題やらなかったのは自業自得だし、人に頼る前に自力で頑張れよ。……ていうか、僕は一人でここにいたいから。これ以上かまわないで」
もうこれ以降会話を続ける気はないとシャットアウトするように、僕はそっけなく言い放つと、星宮からふいっと視線をそらした。
でも、星宮は僕が思っている以上にしつこい男だった。
「ちょっと、怜。待ってよ」
突然、星宮が深刻そうな声のトーンで僕に話しかけてくる。
今度は何? さっきは『一人でここにいたい』って言ったのに、また話聞いてなかったのかな……?
イライラしてるのに、チラッと彼に視線を寄こしてしまうのは、どんなに苦手な相手でも無視できない僕の悲しい性。
「もしかして……何か、悩みごとでもある?」
星宮は心配した顔で、僕にそう問いかけてくる。
しいて言うなら、星宮が部屋に戻ってくれないことだけど……。
「何で急にそんなことを聞いてくるんだよ」
「だって、怜が『一人でここにいたい』って言ったから……」
星宮はそう答えるなり、落ち込むようにうなだれた。
そんな、自分事のことみたいに、ここまで心配しなくていいのに……。
でも、星宮がこうなる原因を作ったのは僕だしな……。
ここは僕が、星宮の誤解をきちんと解いてあげないと。
「あのさ、星宮」
「ん……? 何?」
僕は咳払いをすると、下を向く星宮をなだめた。
「僕が一人になりたいのは、悩んでるからじゃなくて……」
「えっ? そうなの? じゃあ何なの……?」
「好きなんだよ……」
「好き?」
「そう。夜に一人でここから景色を眺めるのがさ……」
僕は星宮にそう告げて、街がある方へ視線を移した。
深くて濃い藍色を背景に、街並みが無数の光の粒がきらめいている。
そのどれもが街灯やネオンやマンションの窓からもれる人工的な照明の光だとわかっているけれど、ここから見るとまるで星の海だ。
まるで、宇宙の星という星をかき集めて、この街にばらまいたみたい。
普段から騒がしい星宮も、この夜景を目にすると、まばたきすら忘れたように見入っていた。
「綺麗……」
星宮の感嘆の声が、僕の耳に入り込んでくる。
はじめてここに来て感動した日のことを思い出して、ふと懐かしい気持ちが顔をのぞかせた。
「ここでのことは誰にも話さないでよ。この場所に入れることも、ここから見える景色のことも、僕だけの秘密だったんだから」
念のため釘を刺しておくと、星宮は「わかった。絶対に誰にも言わない」とうなずいた。
あれ? やたらと物分かりがいいな。いつもそうしていればいいのに……。
「だって、俺と怜の二人だけの秘密にしておきたいから!」
なんて、星宮は弾んだ声で答えるなり、僕の方を向いてニコッと微笑んだ。
星宮は苦手だ。
友達になった覚えはないのに、当たり前のように僕の隣に並んで立っているのも。
僕だけの秘密だったこの屋上のことを、二人の秘密に変えてしまったのも。
なんだか僕の心の中に土足でズカズカ入り込んできたみたいで、内心ものすごくムカついている。
でも、瞳に宿る星屑を輝かせて、眼下に広がる景色を眺めている星宮は、知らず知らずのうちに目を奪われてしまうほど、美しい横顔をしていた。
それも、僕しか知らない秘密の場所で、一人きりで過ごす静かな夜が一番好きだ。
背後に誰もいないのを確認して、僕、月森怜は、男子寮の屋上のドアを押し開けた。
ギィ、と軋む音がした直後、ドアのすき間から外に向かって足を踏み出す。
ゴムチップ舗装がされた屋上のタイルの上をしばらく歩いて、胸ぐらいの高さがある鉄柵の前で足を止める。
それから手すりを両手でつかむと、ひんやりとして澄みきった夜の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
いつも左手首に巻いている、デジタル式腕時計の画面に表示された現在時刻は9時ジャスト。
僕が在籍するこの全寮制の高校、青海学園の寮の門限の時間だ。
今ごろこの学校の生徒たちのほとんどは、男子寮か女子寮の中にいるのだろう。
だけど、僕一人だけは寮の外――しかも、屋上にいるというこの現状に、高揚感と特別感、それからほんのわずかばかりの背徳感を覚える。
――まるで、青春小説の主人公になったように。
今夜も無事に忍び込めたということで、僕は鉄柵の手すりの上に組んだ腕を乗せる。
それから、眼下に広がる景色を独り占めするはずだった。
なのに――……、
「あっ、怜みーっけ!」
「うわっ⁉」
突然、背後からよく通る声で名前を呼ばれて、背筋がビクッと跳ね上がった。
この屋上に僕以外の誰かがいる。
おかしいな。さっきここのドアを開ける前に、背後に誰も付いてきていないかちゃんと確認したはずんだけど。
というか、その前に。さっきの声、僕のことを『怜』って呼んだよね。
しかも、なんとなく聞き覚えがある声をしてたし……まさか⁉
「もーっ! 怜、こんな所で何やってんの? 探したよ~!」
振り向くと、朝も昼も夜も……ほぼ1日中常に目にする男子生徒の顔に、僕の視界が占領されていた。
……最悪だ。
絶対に誰にも来て欲しくなかったのに。
よりにもよって目の前のこいつが、僕の居場所に踏み込んでいるなんて――……。
「……悪いけど、今すぐ部屋に戻ってくれる? 星宮」
はあっとため息をつく僕に、男子生徒こと星宮は「やだ」と断るなり、いたずら好きな子供みたいにニッと笑った。
◇ ◆ ◇
星宮七緒。
ほんの1ヶ月前の4月。
2年生に進級したと同時に僕のクラスに乱入……じゃなくて、転入してきたばかりのクラスメイト兼ルームメイトだ。
さわると柔らかそうなプラチナブロンドの髪に、ニキビ一つ見当たらないつるんとした白い肌。
アイドルのように中性的で整った顔立ちに、均等の取れた細身の体型。
とにかく、同じ人間とは思えないほど目立つ容姿をしているので、地味なタイプの僕は彼と一緒にいると引け目を感じて落ち着かない。
でも、そんな星宮本人はというと、なぜか転校初日から、僕に対して鬱陶しいほどのかまってちゃんを発揮している。
僕の顔を見ればすぐに話しかけてくるし、姿が見えないとなるとすぐに探しにやってくる。
別に仲良くなった覚えなんてないのに。
勝手に僕のことを『怜』なんて、馴れ馴れしく下の名前で呼び捨てにしてくる……などなど。
一人が好きな僕は、このくっつき虫のようにしつこいルームメイトに対していつも、ものすごくうんざりしている。
どうして星宮が僕にべったりしてくるのか。
その理由は本人にしかわからないだろうし、僕自身別に知りたいとも聞きたいとも思っていない。
でも、心当たりが1つだけあるとするならば――それはたぶん僕と星宮が、教室も寮の部屋も同じで、ほぼ1日中顔を見る生活を送る羽目になっているから。
それできっとあいつなりに、高校生活を楽しめるよう、僕とできるだけ仲良くしておきたいんだと思ってる。
完全な僕の憶測だけど。
まあ、仮にそれが当たっていたとしても、星宮の僕に対する距離の詰め方は間違っていると思うし、そもそも僕は基本的に人付き合いが苦手だからほっといて欲しいんだけどさ。
あーあ、1年のころはよかったな。
全寮制とはいえ、生徒一人につき一人部屋があてがわれるという寮の制度に魅力を感じてこの学校に進学したことで。誰にも邪魔されず、干渉されずに、自由気ままに毎日を送っていたはずだったのに……。
――そんな僕にとって、夢のような高校生活は、今年の4月でもうおしまい。
新1年生の入学で男子寮の部屋が満室になったから。という理由で、なぜか僕が転校生の星宮と二人一部屋で生活をする、という割を食う羽目になってしまったのだ。
あと1年と10ヶ月。
絶対に仲良くなれないルームメイトと昼も夜も顔を合わせる高校生活に、必ず終わりがくることはわかっている。
わかってはいるけれど――今の僕にとっては高校を卒業するそのときまでが、永遠のように果てしなく、終わりが見えない感じがして仕方ない……。
◇ ◆ ◇
「もーっ、ほんっと心配したよ〜」
困ったように僕に笑いかける星宮が、ほっと胸をなでおろす。
「怜ってば、部屋にいたのに急にいなくなっちゃうんだもん。寮の中を探してもどこにもいないし……」
まあそうだろうな。
だって、星宮がトイレに行っているのを見計らって、そそくさと部屋から抜け出したんだもの。
「でも、たまたまここのドアの鍵が開いているのに気づいて、怜の居場所を突き止められたからいいんだけどね!」
得意げに腕を組んでフフンと鼻を鳴らす星宮の発言に、僕は心の中で自分自身にため息をつく。
……しくじった。
屋上の外に出てドアを閉めたあと、すぐにドアノブのつまみを回して鍵をかけておくんだった……。
ほんの一瞬、後悔の念に駆られたけど。
すぐにこの屋上のドアの鍵がかなり古くて壊れていることを思い出して、自分自身を責めるのはやめた。
たぶん僕が忘れずにきちんと施錠したとしても、どのみち星宮はこのドアを開けていたことだろうから。
「で、怜はここで一人で何やってんの?」
「別に。ただぼーっとしてるだけ」
僕は手すりに頬杖をついて、つっけんどんな返事で星宮をあしらった。
暗に『これ以上話しかけんな』と刺々しい態度を取ったつもりだったけど、星宮にはまったく通じてないようだ。
「ふーん……。じゃあ、先週出た課題はもう終わってるってこと?」
人の話聞けよ。と心の中で軽く毒づいた。
「あー、明日提出のレポート? それならもうとっくに終わらせてるけど、何か?」
「やっぱり!」
瞬間、星宮の表情がぱあっと輝いた。
夜空にまたたくわずかばかりの星々をすべて追いやってしまうほど、期待にあふれた笑顔があまりにも眩しくて、僕はサッと視線をそらす。
「じゃあ見せて!!」
「はぁ? 何で?」
「いやーっ、実は俺、その課題やってなくってさー! ていうか、さっきトイレにこもっているときに、存在を思い出したぐらいで……」
呆れた。1週間も期限があったはずなのに、今日の今日まで忘れてただなんて。
あはは、と乾いた笑いをもらす星宮に、僕は「うわ、マジかよ……」と頭を抱えた。
「だから怜、お願い! 一緒に部屋に戻って、レポート書き写させて! このとおり‼」
星宮はパンッと手を合わせるなり、猫なで声で僕にすり寄ってくる。
そんな彼を、僕はある意味軽蔑するような、ジトッとした目つきで睨んだ。
「絶対にやだ」
「えっ? なんで⁉」
いや、『なんで⁉』と聞かれても……。
逆に僕が星宮を手助けをしなきゃいけない筋合いはないだろうと言ってやりたい。
それに、僕は今さっきこの屋上に着いたばかりだ。これ以上、至福の一人時間を他人に邪魔されるなんてまっぴらごめんだ。
「課題やらなかったのは自業自得だし、人に頼る前に自力で頑張れよ。……ていうか、僕は一人でここにいたいから。これ以上かまわないで」
もうこれ以降会話を続ける気はないとシャットアウトするように、僕はそっけなく言い放つと、星宮からふいっと視線をそらした。
でも、星宮は僕が思っている以上にしつこい男だった。
「ちょっと、怜。待ってよ」
突然、星宮が深刻そうな声のトーンで僕に話しかけてくる。
今度は何? さっきは『一人でここにいたい』って言ったのに、また話聞いてなかったのかな……?
イライラしてるのに、チラッと彼に視線を寄こしてしまうのは、どんなに苦手な相手でも無視できない僕の悲しい性。
「もしかして……何か、悩みごとでもある?」
星宮は心配した顔で、僕にそう問いかけてくる。
しいて言うなら、星宮が部屋に戻ってくれないことだけど……。
「何で急にそんなことを聞いてくるんだよ」
「だって、怜が『一人でここにいたい』って言ったから……」
星宮はそう答えるなり、落ち込むようにうなだれた。
そんな、自分事のことみたいに、ここまで心配しなくていいのに……。
でも、星宮がこうなる原因を作ったのは僕だしな……。
ここは僕が、星宮の誤解をきちんと解いてあげないと。
「あのさ、星宮」
「ん……? 何?」
僕は咳払いをすると、下を向く星宮をなだめた。
「僕が一人になりたいのは、悩んでるからじゃなくて……」
「えっ? そうなの? じゃあ何なの……?」
「好きなんだよ……」
「好き?」
「そう。夜に一人でここから景色を眺めるのがさ……」
僕は星宮にそう告げて、街がある方へ視線を移した。
深くて濃い藍色を背景に、街並みが無数の光の粒がきらめいている。
そのどれもが街灯やネオンやマンションの窓からもれる人工的な照明の光だとわかっているけれど、ここから見るとまるで星の海だ。
まるで、宇宙の星という星をかき集めて、この街にばらまいたみたい。
普段から騒がしい星宮も、この夜景を目にすると、まばたきすら忘れたように見入っていた。
「綺麗……」
星宮の感嘆の声が、僕の耳に入り込んでくる。
はじめてここに来て感動した日のことを思い出して、ふと懐かしい気持ちが顔をのぞかせた。
「ここでのことは誰にも話さないでよ。この場所に入れることも、ここから見える景色のことも、僕だけの秘密だったんだから」
念のため釘を刺しておくと、星宮は「わかった。絶対に誰にも言わない」とうなずいた。
あれ? やたらと物分かりがいいな。いつもそうしていればいいのに……。
「だって、俺と怜の二人だけの秘密にしておきたいから!」
なんて、星宮は弾んだ声で答えるなり、僕の方を向いてニコッと微笑んだ。
星宮は苦手だ。
友達になった覚えはないのに、当たり前のように僕の隣に並んで立っているのも。
僕だけの秘密だったこの屋上のことを、二人の秘密に変えてしまったのも。
なんだか僕の心の中に土足でズカズカ入り込んできたみたいで、内心ものすごくムカついている。
でも、瞳に宿る星屑を輝かせて、眼下に広がる景色を眺めている星宮は、知らず知らずのうちに目を奪われてしまうほど、美しい横顔をしていた。