歌を歌うことは目が見えなくてもできるし大好きだった。でも、それだけじゃありきたりだから、学校の授業でダンスをやろうって提案した。親切なコーチがついてくれて、手とり足とり教えてくれた。無理だと言った同級生もいたけれど、ひとりができるようになって褒められると、皆、次は自分も、って乗り気になってくれた。
コーチが満足するくらいにダンスを踊れるようになった頃、あたしたちは皆で校長先生に直訴したの。「わたしたちの可能性を、いろんな人に知ってもらいたいです。だからほかの学校で歌と踊りを披露したいんです」ってね。
いくつか近隣の学校で了承してもらい、あたしたちは活躍の場を与えられた。そんな活動が街中に知られると、あたしたちのことを快く思わない人たちから嫌がらせを受けるようになったの。けれどあたしたちは絶対に負けないで頑張ろう、って互いに誓い合っていた。
でも、あたしのほんとうの計画はその先にあったんだ。中学最後の年、活動が軌道に乗ってきたころ、あたしたちはついに「遠征」に乗りだした。――そう、和也くんのいる中学校に乗り込むことができたんだ』
京本くんは驚いて顔をあげた。私だって正直、信じられなかった。まさか、千里ちゃんの一途な熱意がふたりの再会に繋がったなんて。
『目が見えなくなっちゃったけど、こうしてちゃんと強く生きているよって、今のあたしの姿を和也くんに見せたかったんだよ。
だから、まずはお母さんを通じて、和也くんが通っている中学校の情報を手に入れた。それから校長先生にあたしの希望を聞いてもらったんだ。強引だったけれど、その願いは受け入れられたの。
あたしはついに、和也くんの学校に足を踏み入れた。
会場のどこかに和也くんがいるんだって思うと、緊張で心臓がばくばく鳴っていたよ。でもいままでの努力はぜんぶこのためだったから、怯んではいられなかった。
あたしは企てていた作戦をみんなに話し、歌の一部をソロで歌わせてもらいたいとお願いした。みんな驚いていたけれど、ちゃんと賛成してくれたよ。
その歌が『Time To Say Goodbye』だよ。あたしはどこかで聞いている和也くんに向けて、想いを乗せて歌を放った。
――この歌声、あなたに届いて。京本和也くん!
ってね』
隣では再会の真実を知った京本くんが打ち震えている。
やっぱり、千里ちゃんはずっと京本くんのことを想い続けていたんだ。その願いを千里ちゃんは自分の力で叶えたんだ。すごい気持ちの強さだと感嘆させられる。
『そして奇跡が起きたんだ! まさか、和也くんがあたしに会いに来てくれるなんて! それも、あたしが「楠千里」だと気づいていなかったのに。
まるで呼び合うような運命を感じたよ。一緒にいると、雲の上を歩いているような気分だった。また会いたい、会いに来てくれるかな、そんな願いがいやおうなしに胸の中で膨らんでいたの。
和也くんは、永遠に明けない暗闇の世界を照らしてくれる、太陽のような存在だったんだ。あたしの世界を光に変えてくれた、ライト・フレンドだよ!』
京本くんはあっけにとられた顔をしている。彼は以前、気軽な友達だと言われたと、私に話していた。でも、ほんとうの意味は違っていた。千里ちゃんは京本くんのことを光のような存在だと思っていたんだ。
そこでふいに、千里ちゃんがため息をつく。その息の音はかすかに震えている。私はつい、身構えて耳を傾けた。
『……けれどその後、病気を患ったことが発覚したの。
最初はお腹の風邪かと思っていたけれど、ぜんぜん治らないから受診して、精密検査を受けることになったんだ。そして重い病気だとわかって、手術を受けることになったの。暗闇の中で説明を受けながら、あたしは楓ちゃんと同じ運命をたどるんじゃないかと思っていた。でも、沸き起こる感情の中には、病気への恐怖とか不条理さとかだけじゃなくて、やっぱりそうなんだって納得するような気持ちも混ざっていて変な感覚だった。
そんなとき最初に思ったのが、和也くんには迷惑をかけられないってことだった。でも、和也くんとの繋がりを病気に引き裂かれたくなかった。だから頑張って治療をしよう、そして治ったお墨付きをもらったら、あたしから電話をかけようって思っていた。何度も何度も和也くんの電話番号を頭の中で繰り返して、絶対に忘れちゃだめだと自分自身に言い聞かせていた。
だけど、和也くんはふたたびあたしに会いにきた。来てしまったんだ。それも、あたしの住む街にある城西高校に入学が決まったと聞いたときは、ほんとうに驚いた。
嬉しさ以上に申しわけない気持ちが湧いてきて、でも突き放すことなんてできなくて、結局、病気のことを絶対内緒にしておこうと思ったの。もしも病気が悪くなってあたしに未来がなくなったら、自然に離れていくように仕向けなくちゃって、心に決めて会うことにした。
でも、和也くんはとても優しかった。あたしのために物語を読んでくれて、いろんな世界に連れて行ってくれた。あたしの想像の中では、いつも和也くんがヒーローで、あたしがヒロインだったんだ。
あつかましいかな? でも、空想の世界だから許してね。
エンドロールはあたしの役目。本を読んでくれたお返しに、締めくくりだけは活躍させてほしい。
ああ、幸せな時間だな、ずっと続いてくれたらいいのにって、心の底から思っていた。
だけど一番心配だったことは、和也くんが自分の友達付き合いをおろそかにしていたこと。高校でどんな生活をしているのか知りたかったけれど、聞いてもあまり話したがらないみたいだから、知る手立てはあたしにはなかった。ところがチャンスは不意に訪れた。
そのチャンスっていうのは、和也くんが友達を連れてくると言いだしたことだよ。あたしは内心、しめたと思った。
そのときはまだ、友達だって思っていなかったみたいだけどね。
そうして出会った有紗ちゃんは真面目で素直な子で、でも臆病で自分自身をぜんぜん、表現できていなかった。フルートの演奏を聞いて、もったいないなぁって思った。
あたしは和也くんが水曜日、喋らないことを知ったので、有紗ちゃんに音楽のアドバイスをするだけじゃなく、水曜日の謎を解くための共同戦線を張った。
有紗ちゃんは、さらに友達を連れてきた。和也くんとはぜんぜんタイプの違う男子、葉山陽一くんだ。陽一くんはいろいろな作戦を考えてくれて、疑い深い和也くんを友達の輪の中に無理やり引きこんでしまった。あたしを外の世界に連れだしてくれた。
コーチが満足するくらいにダンスを踊れるようになった頃、あたしたちは皆で校長先生に直訴したの。「わたしたちの可能性を、いろんな人に知ってもらいたいです。だからほかの学校で歌と踊りを披露したいんです」ってね。
いくつか近隣の学校で了承してもらい、あたしたちは活躍の場を与えられた。そんな活動が街中に知られると、あたしたちのことを快く思わない人たちから嫌がらせを受けるようになったの。けれどあたしたちは絶対に負けないで頑張ろう、って互いに誓い合っていた。
でも、あたしのほんとうの計画はその先にあったんだ。中学最後の年、活動が軌道に乗ってきたころ、あたしたちはついに「遠征」に乗りだした。――そう、和也くんのいる中学校に乗り込むことができたんだ』
京本くんは驚いて顔をあげた。私だって正直、信じられなかった。まさか、千里ちゃんの一途な熱意がふたりの再会に繋がったなんて。
『目が見えなくなっちゃったけど、こうしてちゃんと強く生きているよって、今のあたしの姿を和也くんに見せたかったんだよ。
だから、まずはお母さんを通じて、和也くんが通っている中学校の情報を手に入れた。それから校長先生にあたしの希望を聞いてもらったんだ。強引だったけれど、その願いは受け入れられたの。
あたしはついに、和也くんの学校に足を踏み入れた。
会場のどこかに和也くんがいるんだって思うと、緊張で心臓がばくばく鳴っていたよ。でもいままでの努力はぜんぶこのためだったから、怯んではいられなかった。
あたしは企てていた作戦をみんなに話し、歌の一部をソロで歌わせてもらいたいとお願いした。みんな驚いていたけれど、ちゃんと賛成してくれたよ。
その歌が『Time To Say Goodbye』だよ。あたしはどこかで聞いている和也くんに向けて、想いを乗せて歌を放った。
――この歌声、あなたに届いて。京本和也くん!
ってね』
隣では再会の真実を知った京本くんが打ち震えている。
やっぱり、千里ちゃんはずっと京本くんのことを想い続けていたんだ。その願いを千里ちゃんは自分の力で叶えたんだ。すごい気持ちの強さだと感嘆させられる。
『そして奇跡が起きたんだ! まさか、和也くんがあたしに会いに来てくれるなんて! それも、あたしが「楠千里」だと気づいていなかったのに。
まるで呼び合うような運命を感じたよ。一緒にいると、雲の上を歩いているような気分だった。また会いたい、会いに来てくれるかな、そんな願いがいやおうなしに胸の中で膨らんでいたの。
和也くんは、永遠に明けない暗闇の世界を照らしてくれる、太陽のような存在だったんだ。あたしの世界を光に変えてくれた、ライト・フレンドだよ!』
京本くんはあっけにとられた顔をしている。彼は以前、気軽な友達だと言われたと、私に話していた。でも、ほんとうの意味は違っていた。千里ちゃんは京本くんのことを光のような存在だと思っていたんだ。
そこでふいに、千里ちゃんがため息をつく。その息の音はかすかに震えている。私はつい、身構えて耳を傾けた。
『……けれどその後、病気を患ったことが発覚したの。
最初はお腹の風邪かと思っていたけれど、ぜんぜん治らないから受診して、精密検査を受けることになったんだ。そして重い病気だとわかって、手術を受けることになったの。暗闇の中で説明を受けながら、あたしは楓ちゃんと同じ運命をたどるんじゃないかと思っていた。でも、沸き起こる感情の中には、病気への恐怖とか不条理さとかだけじゃなくて、やっぱりそうなんだって納得するような気持ちも混ざっていて変な感覚だった。
そんなとき最初に思ったのが、和也くんには迷惑をかけられないってことだった。でも、和也くんとの繋がりを病気に引き裂かれたくなかった。だから頑張って治療をしよう、そして治ったお墨付きをもらったら、あたしから電話をかけようって思っていた。何度も何度も和也くんの電話番号を頭の中で繰り返して、絶対に忘れちゃだめだと自分自身に言い聞かせていた。
だけど、和也くんはふたたびあたしに会いにきた。来てしまったんだ。それも、あたしの住む街にある城西高校に入学が決まったと聞いたときは、ほんとうに驚いた。
嬉しさ以上に申しわけない気持ちが湧いてきて、でも突き放すことなんてできなくて、結局、病気のことを絶対内緒にしておこうと思ったの。もしも病気が悪くなってあたしに未来がなくなったら、自然に離れていくように仕向けなくちゃって、心に決めて会うことにした。
でも、和也くんはとても優しかった。あたしのために物語を読んでくれて、いろんな世界に連れて行ってくれた。あたしの想像の中では、いつも和也くんがヒーローで、あたしがヒロインだったんだ。
あつかましいかな? でも、空想の世界だから許してね。
エンドロールはあたしの役目。本を読んでくれたお返しに、締めくくりだけは活躍させてほしい。
ああ、幸せな時間だな、ずっと続いてくれたらいいのにって、心の底から思っていた。
だけど一番心配だったことは、和也くんが自分の友達付き合いをおろそかにしていたこと。高校でどんな生活をしているのか知りたかったけれど、聞いてもあまり話したがらないみたいだから、知る手立てはあたしにはなかった。ところがチャンスは不意に訪れた。
そのチャンスっていうのは、和也くんが友達を連れてくると言いだしたことだよ。あたしは内心、しめたと思った。
そのときはまだ、友達だって思っていなかったみたいだけどね。
そうして出会った有紗ちゃんは真面目で素直な子で、でも臆病で自分自身をぜんぜん、表現できていなかった。フルートの演奏を聞いて、もったいないなぁって思った。
あたしは和也くんが水曜日、喋らないことを知ったので、有紗ちゃんに音楽のアドバイスをするだけじゃなく、水曜日の謎を解くための共同戦線を張った。
有紗ちゃんは、さらに友達を連れてきた。和也くんとはぜんぜんタイプの違う男子、葉山陽一くんだ。陽一くんはいろいろな作戦を考えてくれて、疑い深い和也くんを友達の輪の中に無理やり引きこんでしまった。あたしを外の世界に連れだしてくれた。