そう、これは紛れもなく私たちに残した、千里ちゃんからのラスト・メッセージだ。
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私たちはそのままの足で京本くんの家に立ち寄った。ボイスレコーダーに込められている千里ちゃんのメッセージを、皆で一緒に聞くことにしたからだ。
ボイスレコーダーを前にして並び、かしこまって正座をする。
「じゃあ、再生していい?」
「ああ、いつでもいいぜ」
「うん」
気持ちの準備ができたところで京本くんが再生ボタンを押すと、さっそく千里ちゃんの声が流れてくる。さほど時が経っていないのに、とても懐かしく感じる。
『こんにちは。あたしのマインド・コネクト・ゲーム、楽しんでくれたかな。それにちゃんとたどり着いたっていうことは、みんな仲良くしているっていうことだよね。ほんと、内緒の計画、実行してよかったぁ』
のっけから明るい声でそう言い、続いてちいさな拍手の音がする。親しみのある言葉運びに、千里ちゃんが目の前にいるような気さえしてくる。
『あたし、ほんとうはみんなに伝えたいことがあって、でも和也くんと会えなくなっちゃったから、このボイスレコーダーに残すことにしたんだ。録音されたみんなの声が聞けなくなっちゃうのは残念だけどしかたないよね。あたしにできることは、これがせいいっぱいだから』
千里ちゃんは断腸の想いで大切にしていた声を消してメッセージを吹き込んだに違いない。だから、このメッセージは重要な意味を持っているはずだ。
そして私は千里ちゃんの放つひとことに、さっそく驚かされることになる。
『あのさ、和也くん、あたしと一緒に死んでくれるって言ったでしょ』
まさかと思い耳を疑った。けれど葉山くんも驚いた顔で京本くんに視線を向けているから聞き違いではない。傾聴し続ける京本くんの真剣な表情はその事実を肯定していた。
『あたしね、和也くんにそう言われたとき……ほんとうはすごく、すごく嬉しかったの。心の底から震えるくらいに。
でも同時に、嬉しいと思ってしまった自分があまりにもひどい人間に思えたの。和也くんはとっても優しいから、いくらでも甘えさせてくれる。あたしはその優しさに甘えすぎてしまったのかもしれないね。
だからもう、和也くんとは会う資格がないんだって思って、無理やり和也くんを遠ざけたの』
そうだったのか。ふたりが頑なに会うのを拒んでいたのは、お互いを想ってのことだったんだ。葉山くんと協力してふたりを会わせてあげられて、ほんとうに良かったと思う。
それから千里ちゃんは、私たちに会う以前のことを語り始めた。そこには想像もしない千里ちゃんの現実があった。
『あたしね、目が覚めるといつも暗闇だった。太陽ではなく、喋る目覚まし時計と、すこしだけ賑やかになる外の世界の雰囲気が朝だっていうことを教えてくれる。鳥のさえずり、誰かの話し声、自転車の音、そういったちいさな朝を拾い集めて、ああ、また朝がきたんだって、自分自身に言い聞かせて一日を始めるの。
明けない夜はないって言うけれど、そんなのは嘘だと思う。あたしはずっと、光のない世界で生きていくしかなかった。
それでも特別支援学校に通うようになって、あたしと同じ境遇の子はほかにもいるんだってことがわかった。不幸なのは自分だけじゃない、っていう事実がせめてものなぐさめになっていたんだ。
それでね、同級生の中でもとっても仲良しになった子がいたの。楓ちゃんっていう女の子だよ。楓ちゃんもあたしと同じ病気で目を手術していたんだ。
あたしたちはふたりとも幼い頃は光があったから、その頃を懐かしむように思い出話をしていたの。――そこには必ず登場する男の子がいるんだけど、誰のことだかわかるかな?』
声がすこしだけ悪戯っぽくなった。そう言われて答えにたどり着けないはずがない。その男の子はもちろん、私の隣にいるクラスメートに決まっている。
『あっ、もちろん、思い出話に出てくるだけじゃないよ。超がつく重要人物としてなんだよ。だからそのときは話がすごく盛り上がったんだ。その理由は――その子があたしの初恋の男の子だからだよ!』
京本くんははっとしてから頬を赤らめた。私だってびっくりした。そんなことは千里ちゃんから一度も聞いたことがなかったからだ。いや、遠慮して今のいままで口に出せなかったのだろう。
けれど、次の言葉から千里ちゃんのトーンがぐっと下がる。
『……だから目の手術をして引っ越して、会えなくなってしまったときは、すごく寂しかった。さよならが言えなかったことも後悔していた。あたしはそんなことも楓ちゃんに話したし、楓ちゃんは一緒に泣いてくれたんだ』
楓ちゃんは千里ちゃんにとって大切な友達なんだなって伝わってくる。千里ちゃんが私たちを繋げようとした理由のひとつが、こういう過去にあるのかもしれない。
千里ちゃんは言葉に湿り気を含んだまま続ける。
『だけどね、楓ちゃんは中学生になってまもなく、学校を休みがちになったの。重い病気を患ってしまったみたいだった。
しばらく会えなかった。再会したときには声がか細くなっていて、あたしの知る楓ちゃんとは思えないほど元気がなくなっていた。後で知ったんだけど、そのときには病気がだいぶ進行していたんだって。
泣きながらあたしに残した言葉がね、「神様って意地悪なんだね」だったんだ。
あたしたちは神様に意地悪されて、でもそんな運命の中で生きていかなきゃいけないんだって自覚させられたよ。あたしたちの中には、生まれつき目が見えないだけじゃなくて、耳もだんだん悪くなって、なにも聞こえなくなった子もいるの。悲観してみずから命を絶った子もいるし、突然の事故で消えてしまった子もいる。それなのにあたしたちは詳しい情報を得る手段がなくて、だから次は自分の番じゃないかと、消えることのない不安と恐怖に怯えていたの』
聞いた私はなにも知らなかったんだな、と恥ずかしくなる。知らないことも知ろうとしないことも、ひどく貧しいことなのだと思う。
『あたしたちは、広い世界の片隅で縮こまって、安全第一に生きていかなくちゃいけないのかもしれない。でも、それでいいなんて、ちっとも思っていなかった。たったひとつの不自由のせいで、やりたいことをぜんぶ我慢するなんて、どうかしているもん。
そこであたしは立ち上がったの。今、できることをやらなくちゃ後悔することになると思って。