「天気の実況中継を録音してどうする! あっ、俺、葉山陽一。来年の抱負は絶対、試合デビューしまっす!」

「願掛けじゃないでしょ、あっ、録音されている? 高円寺有紗です。えっと……とにかく、友達頑張ります!」

「なんだ有紗、その友達頑張るって。まさか百人作るつもりかよ。さてはおまえ、浮気症だな!」

「違っ……! ずっと友達でいようってことよ!」

「だはは、顔真っ赤!」

「葉山、高円寺さんはこう見えても一応、乙女なんだからからかうなよ」

「京本くんこそそれ、失言だってば!」

 皆で思い思いのことを録音したところで、最初から聴きなおす。

 私と京本くんは思った以上にしどろもどろで、聴いて自分の声に恥ずかしくなったり吹きだしたりした。葉山くんも千里ちゃんも、遠慮なしにげらげらと笑っている。

 けれど、録音された声は皆、楽しそうに聴こえる。

 私たちは、ようやっとほんとうの友達になれたんだって思えた。

「さて、そろそろ結果発表にいきますか」

 葉山くんは千里ちゃんに勝敗の裁定を促す。

「うーん、ちょっと待ってね」

 千里ちゃんは決めあぐねているようで、ふたきれの食べかけのパウンドケーキを前に動きを止めていた。

「ちょっ……ちょっと……もう一度味見させてくれる?」

 そう言ってうつむき、私のパウンドケーキのほうにそろりと手を伸ばす。もしかすると京本くんに勝てるのではないかと、期待のまなざしで千里ちゃんを見つめる。

 千里ちゃんの手がかすかに震えていた。表情をうかがうと、ひたいには汗がにじんでいる。

 なにか様子がおかしいと直感した。千里ちゃんはパウンドケーキを持ち上げて口に運ぶ。不思議とスローモーションのように見えた。

男子ふたりは期待のまなざしを崩していない。

 一口含めて咀嚼する。飲み込もうとしたとき、口で手を押さえて動きを止めた。

 ごほっとおおきく変な咳をした。やけに湿り気を含んだ音の咳だった。

「あらら、違うところに入っちゃったね。あわてなくていいのに」

 京本くんが千里ちゃんの背中をさすってあげる。千里ちゃんはしばらく、身をかがめていた。

 ようやっと落ち着きを取り戻したようで、「ごめん……」と苦しさの残る小声をこぼす。

 のっそり顔を上げる。その表情に私はぎょっとした。

 千里ちゃんはひたいに大粒の汗を浮かべ、顔色は蝋のように蒼白になっていたのだ。

 京本くんは驚いたように目を見開いていた。視線は千里ちゃんの口を押えた手のひらに向けられている。京本くんの言葉は怯えたように震えていた。

「千里……なにか赤いもの、飲んだのか? それ……」

「えっ……それってなに……?」

「手……手のひらだよ……」

 私はその質問の意味が理解できなかった。けれど、千里ちゃんが口に当てていた手を開くと。

 そこには、見間違うはずもない――べっとりと、赤黒い血液が付着していた。同じ色に染まった、溶けかけたパウンドケーキの破片も見えた。

 千里ちゃんはか細い声でつぶやく。

「あれ、なんかあたし……」

 声が、力なく薄らいで途切れる。

 そうして、千里ちゃんは京本くんの胸の中に、ふわりと崩れ落ちていった。

 そう、まるで綿毛が舞うように、やわらかく、そしてはかなく――。



 私たちは、たぶん、このときまでが一番、幸せだったのだと思う。

 お互いを信じていれば、みんなに明るい未来が訪れるのだと、盲信していたのかもしれない。

 だけど、息詰まるほど苦しくて、絶対に抗えない運命があるのだということを、私は、みんなは、思い知ることになるなんて。

 そのときまでは、ほんのひとかけらも想像していなかった。

 いや、気づきながらも、目を背けていただけだったんだ――。