京本くんは千里ちゃんと私の顔を交互に見て、無言の圧力に降参したみたいだった。
「あっ、ああ……まあ、友達、だな。葉山が嫌でなければ……」
一部は千里ちゃんの真似をした。葉山くんはふんと鼻から息を抜いて言い返す。
「だが断る!」
「なんでだっ!」
「というのは嘘だ。っていうか、俺は一学期から歩み寄っていたじゃねーか。ぶっちゃけ忖度ねえのはおまえのほうだろ」
「……ごめん」
皆の前でストレートに指摘され、京本くんはしおらしく謝った。だいぶちいさな声だったけれど、葉山くんは一応、納得しているみたい。
「よし。じゃあ、覚悟して聞けよ。俺の最大の後悔を――」
そうして葉山くんは真顔で話し始めた。皆は耳を傾ける。
「――俺、小学校五年生のとき、飼育係をやっていたんだ。世話していたのがうさぎの『白玉』と、ハムスターの『公太郎』と『星次郎』、それからあとは――インコの『ささみ』だった」
「へー、動物好きなんだ」
「まあな、動物好きに悪いやつはいねえって言うの、納得だろ?」
「否定はしないけどさ。でも、そのインコの名前、なんかシュールね」
「それは置いといて。それで一緒に飼育係になった、咲っていう女の子がいたんだ。そいつらの世話をしながらふたりでとりとめのない話をするのがなんだか楽しくてさ――そう言えば俺たちの当番も水曜日だったなぁ」
葉山くんは目を細め、記憶をたどりながらそう言う。
「夏休みがきて、教室で飼っていたささみを俺が持ち帰り家で世話することになった。でも二泊三日の家族旅行があったから、その間はえさを存分にやり、鳥かごを家の中に置いておくことにした。
部屋の中は蒸すから、俺は風通しが良いようにと、すこしだけ窓を開けておいたんだ。
そして旅行から帰ってみると――」
そこまで話して葉山くんは口を閉ざした。喉仏がごくりと動き、唇がかすかに震えていた。重々しく続きを口にする。
「……鳥かごの中のささみは、首だけになっていた」
「え……」
背中がぞっと冷たくなった。京本くんも千里ちゃんも驚いた顔をしている。
「野良猫が窓から忍び込んで襲ったんだろうな。あたりには羽がわんさか飛び散っていて、恐怖で目を見開いたささみの頭だけが残っていた。
猫は爪を立ててつかまえ、鳥かごの隙間から体を無理やり引き抜いた。けれど頭だけは硬い頭蓋骨があるから抜けなかったんだ。そういうことだと思う」
「……そうだったんだ。ささみ、かわいそう」
「うかつだった。だから、俺がささみを殺したようなもんだ」
葉山くんは吐き捨てるようにそう言った。苦々しい表情には後悔がにじみ出ている。
「俺は親と一緒に先生に事情を話して謝った。ただ、ささみの世話をしていた咲には面と向かって言えなかったんだ。
先生は俺に気を遣って、ささみがいなくなったことをこう説明したよ。『病気になり、安らかに天国へ飛び立ちました』とな」
「そうだよね、正直に話したら葉山くんを恨むクラスメートもいるよね」
「ああ。だけどな、それを聞いた咲は、自分の育て方が悪かったんじゃないのか、看病を俺に全部押しつけちゃったんじゃないかと、自分を責めて泣いていたんだ」
しだいに葉山くんの言葉がかすれてくる。
「俺はほんとうのことを言えないでいた。なにも言わなければ責められることはなかった。でも、そのせいで咲だけが苦しんでいた。俺はその後、咲に謝りもせず親の転勤でこの街に引っ越してしまったんだ」
「そっか……そんな後悔があったんだね」
「ああ、人間は行動した後悔よりも行動しない後悔のほうが深く残るっていうけどほんとうだな。だから俺はそのときに決心したんだ。伝えなくちゃいけないことは、絶対に伝えるべきなんだって」
正直、私は驚いていた。葉山くんはもとからあけすけな性格というわけじゃなかったんだ。決めてかかっていた浅はかな自分が恥ずかしくなる。
葉山くんは高々と足を上げて反動をつけ、吹っ切るように勢いよく体を起こす。
「だから俺の目標は、サッカーで有名になってテレビに出て、この俺の後悔を日本全土にカミングアウトすることなんだ。それくらい派手に謝らなくちゃ、俺は俺自身を許せないからな」
未来を見据えた瞳で葉山くんは宣言した。もともとサッカーが好きなのだろうけど、そんな動機が背中を押しているなんて考えもしなかった。
千里ちゃんは明朗な声で葉山くんにエールを送る。
「うん、陽一くんならきっとできるよ! だってあたしに一度勝ったもんっ」
「千里たぁーん! なんていい子なんだぁ~」
葉山くんは瞬時に破顔した。京本くんはそんな葉山くんを不思議そうに見ている。
私と同じく、葉山くんが後悔を引きずっていることが意外だったのだろう。けれど、誰だってそんなふうに、人知れず抱えた苦悩があるんじゃないかと思う。
だから友達って、そんな自分の負の部分も見せたり、認めたりできる関係のことじゃないのかな。葉山くんはそういう意味で、『友達にしか言わない』って口にしたんだと思う。
そう考えていると、葉山くんが千里ちゃんに向かって来週の計画を提案していた。また『マインド・コネクト・ゲーム』をやろうかとか、違うところへ出かけようとか。
あわてて起き上がり、葉山くんに歯止めをかける。
「ちょっと待って。来週はやめようよ」
「えっ、なんでだよ有紗」
「それは……その……」
うまく話せるかわからずしどろもどろになる。でも、その理由は今日、遊びながらずっと考えていたこと。
私が京本くんの友達なら、このことは葉山くんにちゃんと伝えなくちゃいけない。頭の中で言葉を整理して、どうか受け止めてと願いながら送り届ける。
「私、考えていたんだけど、私たちが遊びにくると、京本くんと千里ちゃんの、ふたりだけの時間がなくなっちゃうと思うの。
「あっ、ああ……まあ、友達、だな。葉山が嫌でなければ……」
一部は千里ちゃんの真似をした。葉山くんはふんと鼻から息を抜いて言い返す。
「だが断る!」
「なんでだっ!」
「というのは嘘だ。っていうか、俺は一学期から歩み寄っていたじゃねーか。ぶっちゃけ忖度ねえのはおまえのほうだろ」
「……ごめん」
皆の前でストレートに指摘され、京本くんはしおらしく謝った。だいぶちいさな声だったけれど、葉山くんは一応、納得しているみたい。
「よし。じゃあ、覚悟して聞けよ。俺の最大の後悔を――」
そうして葉山くんは真顔で話し始めた。皆は耳を傾ける。
「――俺、小学校五年生のとき、飼育係をやっていたんだ。世話していたのがうさぎの『白玉』と、ハムスターの『公太郎』と『星次郎』、それからあとは――インコの『ささみ』だった」
「へー、動物好きなんだ」
「まあな、動物好きに悪いやつはいねえって言うの、納得だろ?」
「否定はしないけどさ。でも、そのインコの名前、なんかシュールね」
「それは置いといて。それで一緒に飼育係になった、咲っていう女の子がいたんだ。そいつらの世話をしながらふたりでとりとめのない話をするのがなんだか楽しくてさ――そう言えば俺たちの当番も水曜日だったなぁ」
葉山くんは目を細め、記憶をたどりながらそう言う。
「夏休みがきて、教室で飼っていたささみを俺が持ち帰り家で世話することになった。でも二泊三日の家族旅行があったから、その間はえさを存分にやり、鳥かごを家の中に置いておくことにした。
部屋の中は蒸すから、俺は風通しが良いようにと、すこしだけ窓を開けておいたんだ。
そして旅行から帰ってみると――」
そこまで話して葉山くんは口を閉ざした。喉仏がごくりと動き、唇がかすかに震えていた。重々しく続きを口にする。
「……鳥かごの中のささみは、首だけになっていた」
「え……」
背中がぞっと冷たくなった。京本くんも千里ちゃんも驚いた顔をしている。
「野良猫が窓から忍び込んで襲ったんだろうな。あたりには羽がわんさか飛び散っていて、恐怖で目を見開いたささみの頭だけが残っていた。
猫は爪を立ててつかまえ、鳥かごの隙間から体を無理やり引き抜いた。けれど頭だけは硬い頭蓋骨があるから抜けなかったんだ。そういうことだと思う」
「……そうだったんだ。ささみ、かわいそう」
「うかつだった。だから、俺がささみを殺したようなもんだ」
葉山くんは吐き捨てるようにそう言った。苦々しい表情には後悔がにじみ出ている。
「俺は親と一緒に先生に事情を話して謝った。ただ、ささみの世話をしていた咲には面と向かって言えなかったんだ。
先生は俺に気を遣って、ささみがいなくなったことをこう説明したよ。『病気になり、安らかに天国へ飛び立ちました』とな」
「そうだよね、正直に話したら葉山くんを恨むクラスメートもいるよね」
「ああ。だけどな、それを聞いた咲は、自分の育て方が悪かったんじゃないのか、看病を俺に全部押しつけちゃったんじゃないかと、自分を責めて泣いていたんだ」
しだいに葉山くんの言葉がかすれてくる。
「俺はほんとうのことを言えないでいた。なにも言わなければ責められることはなかった。でも、そのせいで咲だけが苦しんでいた。俺はその後、咲に謝りもせず親の転勤でこの街に引っ越してしまったんだ」
「そっか……そんな後悔があったんだね」
「ああ、人間は行動した後悔よりも行動しない後悔のほうが深く残るっていうけどほんとうだな。だから俺はそのときに決心したんだ。伝えなくちゃいけないことは、絶対に伝えるべきなんだって」
正直、私は驚いていた。葉山くんはもとからあけすけな性格というわけじゃなかったんだ。決めてかかっていた浅はかな自分が恥ずかしくなる。
葉山くんは高々と足を上げて反動をつけ、吹っ切るように勢いよく体を起こす。
「だから俺の目標は、サッカーで有名になってテレビに出て、この俺の後悔を日本全土にカミングアウトすることなんだ。それくらい派手に謝らなくちゃ、俺は俺自身を許せないからな」
未来を見据えた瞳で葉山くんは宣言した。もともとサッカーが好きなのだろうけど、そんな動機が背中を押しているなんて考えもしなかった。
千里ちゃんは明朗な声で葉山くんにエールを送る。
「うん、陽一くんならきっとできるよ! だってあたしに一度勝ったもんっ」
「千里たぁーん! なんていい子なんだぁ~」
葉山くんは瞬時に破顔した。京本くんはそんな葉山くんを不思議そうに見ている。
私と同じく、葉山くんが後悔を引きずっていることが意外だったのだろう。けれど、誰だってそんなふうに、人知れず抱えた苦悩があるんじゃないかと思う。
だから友達って、そんな自分の負の部分も見せたり、認めたりできる関係のことじゃないのかな。葉山くんはそういう意味で、『友達にしか言わない』って口にしたんだと思う。
そう考えていると、葉山くんが千里ちゃんに向かって来週の計画を提案していた。また『マインド・コネクト・ゲーム』をやろうかとか、違うところへ出かけようとか。
あわてて起き上がり、葉山くんに歯止めをかける。
「ちょっと待って。来週はやめようよ」
「えっ、なんでだよ有紗」
「それは……その……」
うまく話せるかわからずしどろもどろになる。でも、その理由は今日、遊びながらずっと考えていたこと。
私が京本くんの友達なら、このことは葉山くんにちゃんと伝えなくちゃいけない。頭の中で言葉を整理して、どうか受け止めてと願いながら送り届ける。
「私、考えていたんだけど、私たちが遊びにくると、京本くんと千里ちゃんの、ふたりだけの時間がなくなっちゃうと思うの。