葉山くんは倉庫に走ってゆき、ダンボールを選んで二枚、持ちだしてきた。だいぶ息が切れていたので、私は一枚受け取って急ぎ足で京本くんたちを追う。
斜面のてっぺん近くで追いつき、ダンボールを渡した。
「はい、ソリお待たせね」
「ありがとう高円寺さん」
受け取ると京本くんはダンボールにまたがり折り返した先端をしっかりと握る。私は千里ちゃんを誘導し、京本くんの後ろに腰を据えさせた。
「千里ちゃんの命は預けたよ、京本和也!」
「有紗ちゃん、脅かさないでよぉ~」
「だって京本くんだよ、運動神経の鈍い京本くんだよ」
「運動音痴で悪かったな! 高円寺さんだって人のことを言えないじゃん」
からかわれた京本くんが口を尖らせて言い返す。すこし不機嫌だけど、心の通った返事だったからほっとした。そこで葉山くんが到着する。
「京本、千里たんがうずうずしているぞ、とっとと滑れ!」
「今滑るところだよ」
葉山くんが後押しすると、京本くんは口を真一文字に結んで体を前に進める。傾斜にかかるとダンボールのソリが勢いよく滑りだす。
「キャアアアッ!」
「うぉおおおおおっ!」
どちらかと言えば、千里ちゃんより京本くんのほうが絶叫している。必死にバランスを取っているみたいだけど、蛇行しながらどんどん加速してゆく。ふたりの叫びは続く。
ああ、千里ちゃんごめん。京本くんが頼りにならなくて。
斜面の終わりが近づいてきたあたりで、ぐわんとふたりの体勢が崩れた。京本くんの手が離れ、ダンボールのソリからふたりが放りだされる。
「あっ……!」
ふたりはごろごろと派手に芝生の上を転がってゆく。斜面の勾配が緩くなったところでようやっと止まった。
千里ちゃんは仰向けで大の字になっている。服がめくれてお腹の肌色が見えていた。
「大丈夫ー?」
両手でメガホンを作って声をあげると、京本くんはあわてて起き上がり千里ちゃんに駆け寄った。
けれど私たちの心配をよそに、千里ちゃんは寝っ転がったまま笑いだす。
「あははは、芝の上、転がるの気持ちいいっ!」
その声を聞いて私はほっとした。京本くんはなかなかの紳士なようで、はだけた上着を整えてあげている。
ふたりは立ち上がり言葉を交わすと、手を取ってふたたび階段を昇ってくる。千里ちゃんは懲りずにまた滑るつもりらしい。
「大丈夫みたいだな。じゃあ、俺たちもとっとと滑っちまおうぜ。ほら、後ろ乗れよ」
「あっ、うん……」
さも当然のようにそう言われたので断れない。遠慮しながら背後にまたがると葉山くんは私に小声で尋ねる。
「どうだ、京本のやつ、すこしは心を開いたか?」
私はそのひとことにはっとする。葉山くんは確かに、私と京本くんの距離を近づけようとしている。だから葉山くんが千里ちゃんを自分の自転車の後ろに座らせたのも、きっとそういうことだったんだ。私は正直に答える。
「うーん、かなり微妙。でも、京本くんも何気に楽しそうだよね。最初は渋っていたのに」
「だろ? 俺の作戦、大成功だな」
「えっ、まさか『マインド・コネクト・ゲーム』って、千里ちゃんだけじゃなくて京本くんと楽しむためでもあったの?」
「あったりめーじゃん! あいつ、相当内向的だからな」
そう言って振り向いて爽やかに親指を突き立てた。
ああ、そうだったんだ。私は正直、葉山くんを侮っていたのかもしれない。彼の持つ、人の懐に入る感覚の鋭さは尋常ではなかった。
葉山くんは地面を蹴り、勢いをつけて斜面を滑りだした。私はその背中で風を感じつつ、皆、それぞれにいいところがあるんだなぁと、しきりに感心していた。
草滑りをした後、私たち四人は芝生の上で仰向けに寝、頭を向き合わせて空を仰いでいた。陽は傾いて、空にはほんのりとオレンジが混ざっている。
「遊んでからごろごろするの気持ちいいねー。こんなに体を動かしたの、久しぶりだなぁ」
「俺は自主練習した後、しょっちゅう寝そべっているけどな。でも今日は最高の日だ」
「ほんとだね。千里ちゃんも一緒に楽しめてよかった」
「友達たくさんって幸せー。和也くんもでしょ?」
「ん……まあ、な……」
京本くんは肯定でも否定でもない答えを口にした。なにか考え込んでいるみたいで、間を置いてふと、葉山くんに質問する。
「なぁ、葉山って……なんでそんなに自分に素直なんだ?」
皆、いっぺんに京本くんに顔を向けた。京本くんは非難的な様子ではなくて、むしろ思うがままの葉山くんを羨ましいとさえ思っている雰囲気だった。
「ああ? 俺がそう見えるのか」
「誰から見たってそうだな」
「自由人って感じだよね、葉山くんは」
私も率直に同意する。葉山くんは急に真面目な顔になって、らしくないため息をつく。
「まあ、そういう自分でいなくちゃ、って思っているからな」
「『そういう自分』……って?」
「――じつは俺さ、自分に素直になれなかったことで、後悔していることがあるんだ」
「え? なに、後悔って」
湿り気を含んだ言い方につい、尋ね返してしまう。しばらくの沈黙の後、葉山くんは空を仰いだままぼそりとつぶやいた。
「……聞きたいか?」
「うん」
「言わない」
「なんで。そこまで誘っておいて」
「言わないよ、友達にしか、な」
「私は葉山くんの友達だよ?」
そう答えてから千里ちゃんと京本くんの顔色をうかがう。千里ちゃんはすぐさま私に続く。
「あたし、葉山くんが嫌でなければ友達でいたいよ」
「おいおい、嫌なもんかよ千里たん。いつでも遊びに連れてってやるって。――あっ、部活の日はだめだけどな」
「やったぁ、友達確定!」
それから私と千里ちゃんは京本くんに顔を向けて挟み撃ちにする。千里ちゃんは閉じたまぶたの奥から訴えているよう。ここで同意してくれなければ葉山くんの話は進まないのだから。
斜面のてっぺん近くで追いつき、ダンボールを渡した。
「はい、ソリお待たせね」
「ありがとう高円寺さん」
受け取ると京本くんはダンボールにまたがり折り返した先端をしっかりと握る。私は千里ちゃんを誘導し、京本くんの後ろに腰を据えさせた。
「千里ちゃんの命は預けたよ、京本和也!」
「有紗ちゃん、脅かさないでよぉ~」
「だって京本くんだよ、運動神経の鈍い京本くんだよ」
「運動音痴で悪かったな! 高円寺さんだって人のことを言えないじゃん」
からかわれた京本くんが口を尖らせて言い返す。すこし不機嫌だけど、心の通った返事だったからほっとした。そこで葉山くんが到着する。
「京本、千里たんがうずうずしているぞ、とっとと滑れ!」
「今滑るところだよ」
葉山くんが後押しすると、京本くんは口を真一文字に結んで体を前に進める。傾斜にかかるとダンボールのソリが勢いよく滑りだす。
「キャアアアッ!」
「うぉおおおおおっ!」
どちらかと言えば、千里ちゃんより京本くんのほうが絶叫している。必死にバランスを取っているみたいだけど、蛇行しながらどんどん加速してゆく。ふたりの叫びは続く。
ああ、千里ちゃんごめん。京本くんが頼りにならなくて。
斜面の終わりが近づいてきたあたりで、ぐわんとふたりの体勢が崩れた。京本くんの手が離れ、ダンボールのソリからふたりが放りだされる。
「あっ……!」
ふたりはごろごろと派手に芝生の上を転がってゆく。斜面の勾配が緩くなったところでようやっと止まった。
千里ちゃんは仰向けで大の字になっている。服がめくれてお腹の肌色が見えていた。
「大丈夫ー?」
両手でメガホンを作って声をあげると、京本くんはあわてて起き上がり千里ちゃんに駆け寄った。
けれど私たちの心配をよそに、千里ちゃんは寝っ転がったまま笑いだす。
「あははは、芝の上、転がるの気持ちいいっ!」
その声を聞いて私はほっとした。京本くんはなかなかの紳士なようで、はだけた上着を整えてあげている。
ふたりは立ち上がり言葉を交わすと、手を取ってふたたび階段を昇ってくる。千里ちゃんは懲りずにまた滑るつもりらしい。
「大丈夫みたいだな。じゃあ、俺たちもとっとと滑っちまおうぜ。ほら、後ろ乗れよ」
「あっ、うん……」
さも当然のようにそう言われたので断れない。遠慮しながら背後にまたがると葉山くんは私に小声で尋ねる。
「どうだ、京本のやつ、すこしは心を開いたか?」
私はそのひとことにはっとする。葉山くんは確かに、私と京本くんの距離を近づけようとしている。だから葉山くんが千里ちゃんを自分の自転車の後ろに座らせたのも、きっとそういうことだったんだ。私は正直に答える。
「うーん、かなり微妙。でも、京本くんも何気に楽しそうだよね。最初は渋っていたのに」
「だろ? 俺の作戦、大成功だな」
「えっ、まさか『マインド・コネクト・ゲーム』って、千里ちゃんだけじゃなくて京本くんと楽しむためでもあったの?」
「あったりめーじゃん! あいつ、相当内向的だからな」
そう言って振り向いて爽やかに親指を突き立てた。
ああ、そうだったんだ。私は正直、葉山くんを侮っていたのかもしれない。彼の持つ、人の懐に入る感覚の鋭さは尋常ではなかった。
葉山くんは地面を蹴り、勢いをつけて斜面を滑りだした。私はその背中で風を感じつつ、皆、それぞれにいいところがあるんだなぁと、しきりに感心していた。
草滑りをした後、私たち四人は芝生の上で仰向けに寝、頭を向き合わせて空を仰いでいた。陽は傾いて、空にはほんのりとオレンジが混ざっている。
「遊んでからごろごろするの気持ちいいねー。こんなに体を動かしたの、久しぶりだなぁ」
「俺は自主練習した後、しょっちゅう寝そべっているけどな。でも今日は最高の日だ」
「ほんとだね。千里ちゃんも一緒に楽しめてよかった」
「友達たくさんって幸せー。和也くんもでしょ?」
「ん……まあ、な……」
京本くんは肯定でも否定でもない答えを口にした。なにか考え込んでいるみたいで、間を置いてふと、葉山くんに質問する。
「なぁ、葉山って……なんでそんなに自分に素直なんだ?」
皆、いっぺんに京本くんに顔を向けた。京本くんは非難的な様子ではなくて、むしろ思うがままの葉山くんを羨ましいとさえ思っている雰囲気だった。
「ああ? 俺がそう見えるのか」
「誰から見たってそうだな」
「自由人って感じだよね、葉山くんは」
私も率直に同意する。葉山くんは急に真面目な顔になって、らしくないため息をつく。
「まあ、そういう自分でいなくちゃ、って思っているからな」
「『そういう自分』……って?」
「――じつは俺さ、自分に素直になれなかったことで、後悔していることがあるんだ」
「え? なに、後悔って」
湿り気を含んだ言い方につい、尋ね返してしまう。しばらくの沈黙の後、葉山くんは空を仰いだままぼそりとつぶやいた。
「……聞きたいか?」
「うん」
「言わない」
「なんで。そこまで誘っておいて」
「言わないよ、友達にしか、な」
「私は葉山くんの友達だよ?」
そう答えてから千里ちゃんと京本くんの顔色をうかがう。千里ちゃんはすぐさま私に続く。
「あたし、葉山くんが嫌でなければ友達でいたいよ」
「おいおい、嫌なもんかよ千里たん。いつでも遊びに連れてってやるって。――あっ、部活の日はだめだけどな」
「やったぁ、友達確定!」
それから私と千里ちゃんは京本くんに顔を向けて挟み撃ちにする。千里ちゃんは閉じたまぶたの奥から訴えているよう。ここで同意してくれなければ葉山くんの話は進まないのだから。