「和也くんは嘘つかないもん。陽一くんの方向音痴~」
「あっ、俺の千里たんが京本に寝返りやがった!」
「千里はおまえのものじゃない、っていうか昨日まで赤の他人だったろ」
「へっ、じゃあ、今度はおまえがやって、千里たんにいいところを見せてみろよ!」
「まあ、おまえの一分二十秒っていう凄まじい記録には負けないだろうな」
――結果。
「はいー、二分十二秒。誰だっけなー、おまえに負けねえって豪語したやつ。まさかこんなに運動音痴だったとはな」
「うるさい、ボールに乗り上げて転ばなきゃおまえに負けてなかったはずだ」
「えー、和也くんって運動音痴だったのかぁ。なんか、がっかりぃ~」
「うっ、千里まで僕のことを……」
「まあまあ、次は有紗からだから安心してくれ」
「ちょっ……! 負けた前提にしないでよ!」
運動が苦手な私も巻き添えらしい。でも、空気を読んでしぶしぶ了承した。アイマスクを受け取って装着し、視界を閉ざす。
降り注いでいた光は消え、閉ざされた世界にひとりだけ放りだされたような感覚に陥る。
「じゃあ、ボール蹴るぞー!」
「ちょっ、ちょっと待って、怖い!」
「あはは、有紗おおげさ! 可愛い子ぶっても俺には通用しねぇぞ」
ボールを蹴る音が唐突に、しかもさっきよりひどくおおきく感じた。私は驚いて身をかがめた。ボールがどこに飛んでいったかなんて、ぜんぜんわかるはずもない。もしかしたら頭上に落ちてくるんじゃないかと思い、怖くなって両手で頭を覆いしゃがみ込む。
すこし離れたところでボールのバウンドする音が聞こえた。
「有紗、手ぇ抜くなー!」
「高円寺さん、早く追いかけてー!」
「うっ、うん……」
そう言われて立ち上がったけれど、暗闇が怖くて足が先に進まない。あたりにはなんの障害物もないとわかっているのに、一歩先には深い底なしの闇が待ち受けていて、踏みだした私を飲み込んでしまうんじゃないかと、そんな恐怖に襲われる。
足が震えだし、その場にへたり込んだ。ボールのバウンド音はしだいに遠ざかり消えてしまった。
ゲームから逃げるようにアイマスクを引きはがす。
「ごっ、ごめん、私これは無理……」
目が眩むほどのまぶしい光が差し込んできた。ほんとうに愛おしい光で、私はほっとした。周りにみんながいるはずなのに、光のない世界がこんなに怖いとは思わなかった。
葉山くんと京本くんは残念そうな顔をしている。不戦勝のような結果は不服に違いない。
「まぁ、お嬢様には合わないゲームだったか。無理言って悪かったな、有紗」
「暗いのは苦手なの、ごめんね……」
「じゃあ、今度はあたしやるー!」
「はーい、千里たんはアイマスクなしでいいからなぁ」
私はこのゲームで千里ちゃんの不幸がはかりしれないものだと思い知らされた。もしも私に暗闇の世界しかなかったら、絶望して生きていけないと思う。
「じゃあ千里たん、いくぞー!」
「はいー!」
ポーン!
ボールが蹴られると同時に千里ちゃんは上空を見つめて小走りした。ボールが一度バウンドするとすぐさま、するすると立ち位置を変えてゆく。迷いがないから大まかな軌道は予測できているはず。
二度目のバウンドを聞いた瞬間に、ボールの軌道に確信を持ったみたいだった。まるで見えているかのようにボールの落下位置に先回りをする。三度目のバウンドの直後、両手を広げて胸でボールを抱え込み見事にキャッチした。
「「おおっ!」」
「十四秒っ!」
「千里、早っ! やるなぁ」
「イエーイ、いっちば~ん」
「さすが千里たん、見えない歴なげーと違うな!」
葉山くんはあけすけに言うけれど、千里ちゃんは気にも留めていない。でも、遠慮のない彼を見ていると、その違いを意識する私のほうが間違っている気がしてしまう。
それに、暗闇の中でも明るく振る舞える千里ちゃんが不思議でたまらない。私には光が照らす世界でさえ、怖くて踏みだせないことはたくさんあるのに。
このゲームだって、よほど皆を信用していなければできっこないはずなのに。
きっと、京本くんがいるから、千里ちゃんは不自由の中でも勇気を持てるのだと思う。
京本くんも葉山くんも負けたのが悔しかったみたいで、何度も千里ちゃんに再戦を申し込んでいた。私はタイマー係を続けていた。結局、葉山くんが一度勝てただけだった。
それから葉山くんは「次はあれをやろう」と言い、公園の端にある倉庫を指さした。そこにはダンボールが積み上げられている。別の遊びに目移りしたようだ。
「陽一くん、次はなにやるの?」
「千里たん、草滑りってできるか。転んでも周りは芝生だから平気だぜ」
「うわぁ、ちいちゃな頃やったよ。一緒にやってくれるならやりたーい!」
「あっ葉山、また千里に抱きついてもらう作戦だろ。おまえ、今回は千里禁止な」
京本くんが今度は遠慮なく物申す。
「なんだと、このピーターパンに作戦などない! あるのはピュアな下心だけだ」
「千里、今、危険な匂いがしただろ」
「うん、したした!」
私も同意してうんうんと首を縦に振る。でも、この似ていない男子ふたりはお互い気が合うのかも、って思えなくもない。
「ひでえ、人聞きオール最悪だぜ。それじゃ俺、名誉挽回でダンボールを取ってきてやるな」
「ああ、頼むよ。じゃあ千里、階段を昇るから足元に気をつけて」
「うんっ!」
千里ちゃんが威勢よく了承すると京本くんは優しい笑みを浮かべる。ああ、私もそんな表情を向けてもらいたいなぁと思い羨ましくなる。ふたりが繋ぐ手を見て、私の胸の中に隙間風が吹き込む。
でも、京本くんに対するこの気持ちは、恋とは違うって感じがする。ただ、私だけ気持ちが繋がっていないことが心悲しいのだ。
「あっ、俺の千里たんが京本に寝返りやがった!」
「千里はおまえのものじゃない、っていうか昨日まで赤の他人だったろ」
「へっ、じゃあ、今度はおまえがやって、千里たんにいいところを見せてみろよ!」
「まあ、おまえの一分二十秒っていう凄まじい記録には負けないだろうな」
――結果。
「はいー、二分十二秒。誰だっけなー、おまえに負けねえって豪語したやつ。まさかこんなに運動音痴だったとはな」
「うるさい、ボールに乗り上げて転ばなきゃおまえに負けてなかったはずだ」
「えー、和也くんって運動音痴だったのかぁ。なんか、がっかりぃ~」
「うっ、千里まで僕のことを……」
「まあまあ、次は有紗からだから安心してくれ」
「ちょっ……! 負けた前提にしないでよ!」
運動が苦手な私も巻き添えらしい。でも、空気を読んでしぶしぶ了承した。アイマスクを受け取って装着し、視界を閉ざす。
降り注いでいた光は消え、閉ざされた世界にひとりだけ放りだされたような感覚に陥る。
「じゃあ、ボール蹴るぞー!」
「ちょっ、ちょっと待って、怖い!」
「あはは、有紗おおげさ! 可愛い子ぶっても俺には通用しねぇぞ」
ボールを蹴る音が唐突に、しかもさっきよりひどくおおきく感じた。私は驚いて身をかがめた。ボールがどこに飛んでいったかなんて、ぜんぜんわかるはずもない。もしかしたら頭上に落ちてくるんじゃないかと思い、怖くなって両手で頭を覆いしゃがみ込む。
すこし離れたところでボールのバウンドする音が聞こえた。
「有紗、手ぇ抜くなー!」
「高円寺さん、早く追いかけてー!」
「うっ、うん……」
そう言われて立ち上がったけれど、暗闇が怖くて足が先に進まない。あたりにはなんの障害物もないとわかっているのに、一歩先には深い底なしの闇が待ち受けていて、踏みだした私を飲み込んでしまうんじゃないかと、そんな恐怖に襲われる。
足が震えだし、その場にへたり込んだ。ボールのバウンド音はしだいに遠ざかり消えてしまった。
ゲームから逃げるようにアイマスクを引きはがす。
「ごっ、ごめん、私これは無理……」
目が眩むほどのまぶしい光が差し込んできた。ほんとうに愛おしい光で、私はほっとした。周りにみんながいるはずなのに、光のない世界がこんなに怖いとは思わなかった。
葉山くんと京本くんは残念そうな顔をしている。不戦勝のような結果は不服に違いない。
「まぁ、お嬢様には合わないゲームだったか。無理言って悪かったな、有紗」
「暗いのは苦手なの、ごめんね……」
「じゃあ、今度はあたしやるー!」
「はーい、千里たんはアイマスクなしでいいからなぁ」
私はこのゲームで千里ちゃんの不幸がはかりしれないものだと思い知らされた。もしも私に暗闇の世界しかなかったら、絶望して生きていけないと思う。
「じゃあ千里たん、いくぞー!」
「はいー!」
ポーン!
ボールが蹴られると同時に千里ちゃんは上空を見つめて小走りした。ボールが一度バウンドするとすぐさま、するすると立ち位置を変えてゆく。迷いがないから大まかな軌道は予測できているはず。
二度目のバウンドを聞いた瞬間に、ボールの軌道に確信を持ったみたいだった。まるで見えているかのようにボールの落下位置に先回りをする。三度目のバウンドの直後、両手を広げて胸でボールを抱え込み見事にキャッチした。
「「おおっ!」」
「十四秒っ!」
「千里、早っ! やるなぁ」
「イエーイ、いっちば~ん」
「さすが千里たん、見えない歴なげーと違うな!」
葉山くんはあけすけに言うけれど、千里ちゃんは気にも留めていない。でも、遠慮のない彼を見ていると、その違いを意識する私のほうが間違っている気がしてしまう。
それに、暗闇の中でも明るく振る舞える千里ちゃんが不思議でたまらない。私には光が照らす世界でさえ、怖くて踏みだせないことはたくさんあるのに。
このゲームだって、よほど皆を信用していなければできっこないはずなのに。
きっと、京本くんがいるから、千里ちゃんは不自由の中でも勇気を持てるのだと思う。
京本くんも葉山くんも負けたのが悔しかったみたいで、何度も千里ちゃんに再戦を申し込んでいた。私はタイマー係を続けていた。結局、葉山くんが一度勝てただけだった。
それから葉山くんは「次はあれをやろう」と言い、公園の端にある倉庫を指さした。そこにはダンボールが積み上げられている。別の遊びに目移りしたようだ。
「陽一くん、次はなにやるの?」
「千里たん、草滑りってできるか。転んでも周りは芝生だから平気だぜ」
「うわぁ、ちいちゃな頃やったよ。一緒にやってくれるならやりたーい!」
「あっ葉山、また千里に抱きついてもらう作戦だろ。おまえ、今回は千里禁止な」
京本くんが今度は遠慮なく物申す。
「なんだと、このピーターパンに作戦などない! あるのはピュアな下心だけだ」
「千里、今、危険な匂いがしただろ」
「うん、したした!」
私も同意してうんうんと首を縦に振る。でも、この似ていない男子ふたりはお互い気が合うのかも、って思えなくもない。
「ひでえ、人聞きオール最悪だぜ。それじゃ俺、名誉挽回でダンボールを取ってきてやるな」
「ああ、頼むよ。じゃあ千里、階段を昇るから足元に気をつけて」
「うんっ!」
千里ちゃんが威勢よく了承すると京本くんは優しい笑みを浮かべる。ああ、私もそんな表情を向けてもらいたいなぁと思い羨ましくなる。ふたりが繋ぐ手を見て、私の胸の中に隙間風が吹き込む。
でも、京本くんに対するこの気持ちは、恋とは違うって感じがする。ただ、私だけ気持ちが繋がっていないことが心悲しいのだ。