黙ったまま自転車を漕ぎ続ける京本くんの背中にひたいを当て、心の中で語りかける。
ねえ。
きみは千里ちゃんのほかに、友達になりたいと思わないの?
ふたりの水曜日が奪われて、ほんとうは怒っているんだよね?
私は、きみの本心に触れることを許されていないのかな?
きみの気持ちが知りたい。自分の気持ちがどこに向かうのかも知りたい。でも、一歩一歩、近づいていれば、いつか京本くんの心に触れるときが来るんじゃないかと思う。
坂を下ってまもなく御薬袋川のほとりに出た。芝生で覆われたなだらかな堤防の向こうには野球やサッカーができる広いグラウンドがある。
道路脇に自転車を停めて、千里ちゃんの手を取り階段を昇ってゆく。見渡すと平日だからか、グラウンドに人の姿はない。
「おっ、これだけ空いてりゃ好きに使えるな」
「使うって葉山、ここでなにするつもりなんだよ」
「ああ、千里たんと勝負するゲームな!」
葉山くんは得意そうににやりと笑う。今度はなにを考えているんだろう。京本くんも私と同じく訝しげだ。
「ちなみにこいつを使うゲームだ」
葉山くんは手にしているサッカーボールを空ヘ放って受け止めた。
「さすがにサッカーするわけじゃないだろ」
「ああ、断っておくけど、みんなが平等な条件でできるゲームだからな」
葉山くんは駆けだし、一気に芝生の坂を下ってグラウンドに降り立った。京本くんも走って後を追い、私は千里ちゃんの手を取って慎重に階段を降りる。葉山くんはリフティングをしながら私たちが着くのを待っていた。
集まったところで葉山くんはカバンから黒い布製のアイマスクを取りだした。休み時間、昼寝をするときに使っていたやつだ。
「簡単にルールを説明するとな、このアイマスクで目を隠して蹴ったボールをつかまえるタイムレースってとこだ」
「なるほど。音で判断して、あとは落ち場所をイメージするのか。だから千里も条件は一緒ってことか」
「ああ、そういうことだ。グラウンドならなんの邪魔もないから、思う存分追いかけられるだろ? 野生の勘を養うトレーニングの一環だぜ」
「野生の勘って、サッカーに必要なのかよ」
「あったりめーだろ! スポーツはみんな野生力のぶつかり合いなのさ!」
ふたりの会話に千里ちゃんも嬉々として加わる。
「あはっ、なんだか楽しそう、あたしも野生に帰るぞー、ガオー!」
「千里たん、可愛くガオーって言っても俺は手加減しねえからな」
「あふっ! でも負けないもんねー」
「千里、サッカー部を負かせたら大金星だ、頑張れよ」
三人はさっそく乗り気でゲーム開催は決定的だ。
「じゃあ、まずは俺が見本を見せるから。ボールを蹴るのは京本な」
「サッカーボールを蹴るのなんて久しぶりだな」
「足ついているんだから蹴れるだろ、ボールはなるべく高く飛ばせよ。あと、有紗は時間測るのを頼むぜ」
「いいよ、スマホのタイマー出すね」
「ちなみにビリは一番にジュース一本奢りな!」
「嫌だね、勝手に決めんなよ」
「あたしは賛成!」
「ほい、というわけで京本の反論は却下。それじゃ、いつでもこい!」
まずは葉山くんがアイマスクを装着する。視界を閉ざされた葉山くんは急に真剣な表情になる。蹴った瞬間の音でボールの行方を追うのだから、聴覚神経を研ぎ澄ませているのだろう。間違ってつい、彼が凛々しく見えてしまった。
ポーン! サッカーボールが高々と蹴り上げられた。
同時に私はスマホのタイマーをスタートさせる。
葉山くんは上空に耳を傾け、すこしずつ足を進める。
数秒後、ボールが落ちてきてグラウンドに一度、バウンドする。着地の音にすかさず反応した。
「そこかっ!」
葉山くんは蹴りだした位置とボールがバウンドした位置、それに速度の減衰を計算し、次にボールが落ちる位置を予測したらしい。その位置に走り込み空を仰いで闇雲に両手を広げる。
「よっしゃ、この辺のはずだ!」
よしんば直接キャッチする狙いらしい。見えないのにそれは超高難度だ。
けれど彼は相当、勘が冴えていたみたい。次にボールが落下してきた場所は、なんと――彼の頭のてっぺんだった。
ボコンッ。
「どわっ!」
衝撃に驚きひっくり返る葉山くん。同時に京本くんがブッとふきだした。
「葉山、見えないのにヘディングって見事だ!」
「ぴったり? すごーい!」
千里ちゃんはバウンドの音質とふたりの声でなにが起きているのか理解したみたい。
ボールは転々と転がってゆく。結局、止まってしまったので、音でボールの場所を判別できなくなった。もう、スイカ割りみたいに人の助言頼みでたどり着くしかない。そこで私も加勢する。
「葉山くん、そうそうそのまま前へ……あっ、もうちょっと右!」
「ひいい、どこ行ったんだよ、俺のボール、友達なら返事してくれよぉ」
かがみ込んで手をヒラヒラさせながらボールを探る葉山くん。その情けない格好を自虐的に笑っている。千里ちゃんは見えなくても、無邪気に「がんばれー」って応援していた。
隣では京本くんも葉山くんに向かって、「もう通り過ぎたぞー!」って楽しそうに叫んでいる。私は顔に出さなかったけれど正直驚いた。だって水曜日、絶対に喋らなかった彼とは思えなかったから。
学校の屋上で感じた彼の苦しそうな雰囲気は身をひそめていた。たぶん、千里ちゃんが楽しめていると、京本くんは普通の京本くんでいられるんだ。
そうだとすると、千里ちゃんの身上の不幸と京本くんの苦悩は関係があるのかもしれない。
まとまらない考えが頭の中を巡っている。そこで葉山くんがボールに追いついたので、あわててタイマーを停止した。時間を読み上げる。
「一分二十秒だよー!」
「ははっ、葉山、遅すぎ!」
「うるせえ京本、おまえが違う方向言うからだろ!」
「ううん、京本くんは合っていたよ~」
ねえ。
きみは千里ちゃんのほかに、友達になりたいと思わないの?
ふたりの水曜日が奪われて、ほんとうは怒っているんだよね?
私は、きみの本心に触れることを許されていないのかな?
きみの気持ちが知りたい。自分の気持ちがどこに向かうのかも知りたい。でも、一歩一歩、近づいていれば、いつか京本くんの心に触れるときが来るんじゃないかと思う。
坂を下ってまもなく御薬袋川のほとりに出た。芝生で覆われたなだらかな堤防の向こうには野球やサッカーができる広いグラウンドがある。
道路脇に自転車を停めて、千里ちゃんの手を取り階段を昇ってゆく。見渡すと平日だからか、グラウンドに人の姿はない。
「おっ、これだけ空いてりゃ好きに使えるな」
「使うって葉山、ここでなにするつもりなんだよ」
「ああ、千里たんと勝負するゲームな!」
葉山くんは得意そうににやりと笑う。今度はなにを考えているんだろう。京本くんも私と同じく訝しげだ。
「ちなみにこいつを使うゲームだ」
葉山くんは手にしているサッカーボールを空ヘ放って受け止めた。
「さすがにサッカーするわけじゃないだろ」
「ああ、断っておくけど、みんなが平等な条件でできるゲームだからな」
葉山くんは駆けだし、一気に芝生の坂を下ってグラウンドに降り立った。京本くんも走って後を追い、私は千里ちゃんの手を取って慎重に階段を降りる。葉山くんはリフティングをしながら私たちが着くのを待っていた。
集まったところで葉山くんはカバンから黒い布製のアイマスクを取りだした。休み時間、昼寝をするときに使っていたやつだ。
「簡単にルールを説明するとな、このアイマスクで目を隠して蹴ったボールをつかまえるタイムレースってとこだ」
「なるほど。音で判断して、あとは落ち場所をイメージするのか。だから千里も条件は一緒ってことか」
「ああ、そういうことだ。グラウンドならなんの邪魔もないから、思う存分追いかけられるだろ? 野生の勘を養うトレーニングの一環だぜ」
「野生の勘って、サッカーに必要なのかよ」
「あったりめーだろ! スポーツはみんな野生力のぶつかり合いなのさ!」
ふたりの会話に千里ちゃんも嬉々として加わる。
「あはっ、なんだか楽しそう、あたしも野生に帰るぞー、ガオー!」
「千里たん、可愛くガオーって言っても俺は手加減しねえからな」
「あふっ! でも負けないもんねー」
「千里、サッカー部を負かせたら大金星だ、頑張れよ」
三人はさっそく乗り気でゲーム開催は決定的だ。
「じゃあ、まずは俺が見本を見せるから。ボールを蹴るのは京本な」
「サッカーボールを蹴るのなんて久しぶりだな」
「足ついているんだから蹴れるだろ、ボールはなるべく高く飛ばせよ。あと、有紗は時間測るのを頼むぜ」
「いいよ、スマホのタイマー出すね」
「ちなみにビリは一番にジュース一本奢りな!」
「嫌だね、勝手に決めんなよ」
「あたしは賛成!」
「ほい、というわけで京本の反論は却下。それじゃ、いつでもこい!」
まずは葉山くんがアイマスクを装着する。視界を閉ざされた葉山くんは急に真剣な表情になる。蹴った瞬間の音でボールの行方を追うのだから、聴覚神経を研ぎ澄ませているのだろう。間違ってつい、彼が凛々しく見えてしまった。
ポーン! サッカーボールが高々と蹴り上げられた。
同時に私はスマホのタイマーをスタートさせる。
葉山くんは上空に耳を傾け、すこしずつ足を進める。
数秒後、ボールが落ちてきてグラウンドに一度、バウンドする。着地の音にすかさず反応した。
「そこかっ!」
葉山くんは蹴りだした位置とボールがバウンドした位置、それに速度の減衰を計算し、次にボールが落ちる位置を予測したらしい。その位置に走り込み空を仰いで闇雲に両手を広げる。
「よっしゃ、この辺のはずだ!」
よしんば直接キャッチする狙いらしい。見えないのにそれは超高難度だ。
けれど彼は相当、勘が冴えていたみたい。次にボールが落下してきた場所は、なんと――彼の頭のてっぺんだった。
ボコンッ。
「どわっ!」
衝撃に驚きひっくり返る葉山くん。同時に京本くんがブッとふきだした。
「葉山、見えないのにヘディングって見事だ!」
「ぴったり? すごーい!」
千里ちゃんはバウンドの音質とふたりの声でなにが起きているのか理解したみたい。
ボールは転々と転がってゆく。結局、止まってしまったので、音でボールの場所を判別できなくなった。もう、スイカ割りみたいに人の助言頼みでたどり着くしかない。そこで私も加勢する。
「葉山くん、そうそうそのまま前へ……あっ、もうちょっと右!」
「ひいい、どこ行ったんだよ、俺のボール、友達なら返事してくれよぉ」
かがみ込んで手をヒラヒラさせながらボールを探る葉山くん。その情けない格好を自虐的に笑っている。千里ちゃんは見えなくても、無邪気に「がんばれー」って応援していた。
隣では京本くんも葉山くんに向かって、「もう通り過ぎたぞー!」って楽しそうに叫んでいる。私は顔に出さなかったけれど正直驚いた。だって水曜日、絶対に喋らなかった彼とは思えなかったから。
学校の屋上で感じた彼の苦しそうな雰囲気は身をひそめていた。たぶん、千里ちゃんが楽しめていると、京本くんは普通の京本くんでいられるんだ。
そうだとすると、千里ちゃんの身上の不幸と京本くんの苦悩は関係があるのかもしれない。
まとまらない考えが頭の中を巡っている。そこで葉山くんがボールに追いついたので、あわててタイマーを停止した。時間を読み上げる。
「一分二十秒だよー!」
「ははっ、葉山、遅すぎ!」
「うるせえ京本、おまえが違う方向言うからだろ!」
「ううん、京本くんは合っていたよ~」