「やったー! 自転車に乗せてもらうなんて、超久しぶり。ねえ陽一くん、こういう世界の(ことわり)のこと、アオハル(・・・・)っていうんだよね」

「そそ、春夏秋冬アオハルだ!」

 葉山くんという情報源により、千里ちゃんの言葉のニュアンスが錯乱しそうで心配だ。

「でもまあ、そう思えるかどうかは相手しだいだな。じゃあ、運命の組決め行くぜ! 合図に合わせてグーかパーを出すこと」

 葉山くんの生き方はゴーイングマイウェイならぬ、強引にマイウェイだ。けれど千里ちゃんにわかるように、ささやかな解説を組み込んでいるところは憎めない。

「じゃあいくぜ、出さなきゃ負けよ、ジャスティン・グーパー――」

「なにそれ、絶対アドリブでしょ」

「アドリブは俺の人生そのものな。ほいっ!」

 少々ずれたけれど、京本くんもなにも言わずに手を出した。千里ちゃんがパーで、ほかの三人がグーだった。

 葉山くんは反射的に手のひらを開いた。

「あっ、ずる……」

 京本くんがインチキを指摘しようとした。とたん、葉山くんがおおげさに声をあげる。

「決まった、じゃあ俺が千里たん担当な!」

「たっのしみ~。エスコートお願いね、陽一くん」

「ぐっ……!」

 事の顛末に気づいていない千里ちゃんは、イカサマ師に向かって嬉しそうに快諾をする。そんな彼の大胆不敵な性格が千里ちゃんには刺激的なのかもしれない。

「じゃあ、有紗のことは京本、よろしくな」

「葉山、覚えていろよ……」

 かくして組決めは決定した。京本くんはやけに悔しそうだったので、観念して認めているらしい。

 それにしても、葉山くんも京本くんも、ちゃんとわかっているのかなぁ。

 この雰囲気、まるで私がハズレくじみたいじゃない! すこしは私にも気を遣ってよ! いっそのこと、私が千里ちゃんを乗せたかった!

 忖度のない男ふたりに対して反抗心がめらめらと燃え上がる。

「じゃあ千里たん、俺にしっかりつかまっていろよー」

「うん、陽一くん、よろしくねっ!」

 千里ちゃんは葉山くんの腰に手を回し、背中にぎゅっとしがみついた。視界に頼れないから、そうしないと怖くてたまらないみたい。

 京本くんはそんなふたりをまじまじと眺めている。今、彼はどんな気持ちでいるのだろうか。彼も妬いたりすることがあるのだろうか。

 そう思っていると京本くんが唐突に口を開いた。

「じゃあ高円寺さん、自転車借りるから、後ろに乗ってよ」

「へっ?」

 意外なほどあっさりと私のことを受容した。正直、彼はへそを曲げてしまうかもと思っていたのに。

「千里を葉山ひとりには任せておけないからな」

 ああ、そういう理由ね。私よりも自転車が入り用なのかと思い気が抜ける。

「まあ、その気持ち、なんかわかるけどね」

「だよなー」

 彼は半分心配そうに微笑する。けれど釈然とせず胸の奥が痛痒い。

 京本くんが私の自転車にまたがり、リアキャリアを指さす。

「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて」

 そう言って女の子らしく、リアキャリアに横向きに座る。というよりは、千里ちゃんみたいに素直にしがみついたりできっこない。千里ちゃんと違って、私は人とじかに触れ合うことに慣れていない。

 と思いきや、京本くんはさも当然のように言う。

「それじゃ危ないって。葉山のやつは勢いつけそうだから、高円寺さんもしっかり身構えて」

「うっ、うん……」

 言われるがまま前向きに座り直し、リアキャリアをつかんで体をしっかりと保持する。

 私たちの微妙なやり取りに気づいていない葉山くんは、満面の笑みで号令をかける。

「じゃあ出発しようぜ! 気持ちの準備はいいか千里たん」

「いつでもいいよぉ~。和也くんは行けるー?」

「大丈夫。じゃあ出発だ」

「ほいじゃゴー!」

 ふたりは自転車を漕ぎだした。

 下り坂に差しかかると、しだいにスピードが上がり、ガタガタと自転車が揺れ始めた。断続的なブレーキ音を響かせてふたつの自転車が併走する。

「千里たん、大丈夫かぁー!」

「キャー、コワイ、キモチイイー!」

「おお、『サンケー』ってこれのことか!」

 千里ちゃんはしきりに猫の鳴き声のような叫び声をあげているけれど、葉山くんにしっかりへばりついて安定性は抜群だ。

 一方の私は、リアキャリアをつかんでいるだけでは不安定で、ちいさな段差で自転車が跳ねると体が崩れ落ちそうになった。身の危険を感じ、あわてて京本くんの腰に腕を回す。

 ああ、不可抗力だけど、まさかこんな展開になるなんて、ちっとも思っていなかった。

 制服越しにほんのりと伝わる彼の体温。

 頬の熱気を奪っていく、涼し気な秋風。

 街路樹を抜けて届く、木漏れ日の瞬き。

 そして私のすこしだけ早まる胸の鼓動。

 でも、こうしてひとつの自転車に乗って同じ風を感じているだけで、わずかでも近づけたような気がする。

 そこでふと思った。

 もしかしたら葉山くんは、京本くんと私を近づけるために、あえて千里ちゃんを選んだのかもしれない、と。

 隣では葉山くんと千里ちゃんは無邪気に盛り上がっている。

「いえーい! 水曜日の風は気持ちいいぜー!」

 千里ちゃんも抱きついたまま呼応して声をあげる。

「いえーい! 水曜日は風曜日だー!」

 風曜日。きっとそうなんだ。

 千里ちゃんの心の中には新しい風が吹き始めている。京本くんや葉山くんが、千里ちゃんをいままで知らなかった世界に連れて行ってあげているんだ。
 
 千里ちゃんも自分のできるせいいっぱいで皆の気持ちに答えている。

 私は気後れして叫んだりはできなかったけれど、心が麻酔をかけられたように、じんと痺れていた。

 こういうのを、友達っていうんだな、と思う。私も男の子ふたりに負けず、千里ちゃんの力になってあげたい。もらってばかりじゃ自分に納得できないから。