私は究極的に、『京本くんが』『この部屋で』『水曜日に喋らない理由を告白する』というシナリオを描いている。けれど、それはだいぶ軌道に乗ってからの話になりそう。今はまだ始まってもいない。

 葉山くんがカードを裏返しに受け取り絨毯の上に並べる。

「千里たん、好きなのを選んでくれ」

 千里ちゃんは小躍りしながら指先で三枚のカードを確認し、その一枚を引き抜いた。

「なんだろう、ドキドキするな~」

 そう言いながらめくって私たちに提示する。

『みんなで』と、一枚目はそう書かれていた。私の字だ。葉山くんと私は声をそろえて読み上げる。視えなくても、そうすれば信頼度は百パーセントだ。

「はい、全員参加決定ね。じゃあ千里たん、次行ってみようか」

「うん、それじゃ千里、行きまーす!」

 すっかり勢いづいている千里ちゃんは、えいっ、と無駄におおきな掛け声で選んだカードをめくった。

 二枚目は葉山くんの字だった。彼はにやりと笑った。対照的に、京本くんは驚きの表情を浮かべている。

御薬袋(みない)川のグラウンドで』、そう示されている。

 葉山くんとふたりで読み上げると、千里ちゃんは豆鉄砲を食らった鳩のような顔になる。

 そう、葉山くんの作戦は、みんなで千里ちゃんを秋空の下に連れだすというものだった。

 だけど、三人いれば、千里ちゃんのことをしっかりサポートできる。なにより私がいるから、トイレ事情という男子不可侵の難関も問題なくクリアできるのだ。

 京本くんが書いている内容はだいたい想像がついた。だからこのゲームで、私は千里ちゃんが京本くんのカードを一枚も引かないことを願っていた。

 三枚目。千里ちゃんの指先が翻る。

「とぉりゃあ~!」

 そのカードを見たとき、葉山くんは露骨にガッツポーズをした。私も内心、やったと思い心が踊った。

『駆け回る』、それは私の字だった。

「たっはー! こりゃあ、おおごとだ」

 ひたいを叩いて悶絶する葉山くんは絶対、演技派だ。将来はサッカー選手よりも役者を目指すほうがお勧めかもしれない。

 一方の京本くんは憮然とした表情をしている。ふたりの水曜日が奪われたのが不服なのだろう。

 でも、そんな表情は許さないぞと思い、葉山くんにアイコンタクトをする。葉山くんは意図を察し、さも当然のようにすべてのカードを回収し、即座に書かれていることを確認した。私もするりとのぞき込む。

 京本くんのカードには、『葉山と高円寺さんが』『この場で』『退散する』とあった。京本くんのカードが一枚でも混ざったら予定通りにはいかなかった。

 というよりは、書かれている内容があまりに想像通りでにくにくしい。

 私のことをそこまで嫌わなくたっていいのに。それに、私だって千里ちゃんと仲良くしたいのに。

 葉山くんとふたりで京本くんをにらみつける。彼は相当、気まずかったようで、すかさず目を逸らした。

 そんな暗黙の駆け引きに気づかない千里ちゃんは浮かれて尋ねる。

「みんなでお出かけ決定なの?」

「ああ、ゲームの結果はそうなった。あー、でもその前に大ボスを落とさなくちゃな」

 意図を察した千里ちゃんは、いてもたってもいられなくなったみたい。勢いよく立ち上がり急ぎ足でリビングへと向かった。叫ぶような声が届く。

「お母さん、みんなと出かけたいの。いい?」

「ええっ! あなたたちだけで?」

 千里ちゃんは出かける気満々のようだ。同級生だけで遊びに行くなんて、いままでは経験したことがない冒険のはず。

 葉山くんも立ち上がり部屋を飛びだした。私もすぐさま後を追う。京本くんはひとり、放心状態で部屋に残っていた。

 リビングで千里ちゃんと相対するおばさんはひどく不安そうな顔をしている。そこに葉山くんが威風堂々と割り入った。彼は『マインド・コネクト・ゲーム』が成功しさえすれば、この計画を強行するつもりだった。

「お母さん、任せといてください。これだけいれば鬼に金棒っすよ!」

 少々意味を誤っているけれど気持ちは理解できる。千里ちゃんに自由を謳歌してもらうチャンスだから、私も引くことはできない。

「無茶なことはしませんので、どうかお願いします」

 千里ちゃんも再度、懇願する。

「お母さん、お願い、行かせて!」

 けれどおばさんは困惑するばかり。

 そのとき、私たちの背後から京本くんの声が届く。凪いた優しい声だった。

「おばさん、僕からもお願いします。一時間くらいで帰ってきますから、一緒に出かけさせてもらえませんか」

 その言葉に千里ちゃんの表情がぱああと花開く。おばさんは決心を固めたようでついに了承の返事をした。

「和也くんがそう言うなら……わかった、いいわよ。ではみなさん、くれぐれも千里をよろしくね。それから千里、絶対に無理はしないこと」

「はーい、わかっていますよーだ!」

 おばさんは和也くんがいるなら安心という雰囲気を醸していた。すこぶる信頼されているんだなぁ、って思う。

 千里ちゃんは許可をもらってうずうずしている。彼女にとってはおおきな冒険の始まりなのかもしれない。いそいそと準備を始めた。

 外に出るとまっさらな秋空が広がっていた。一年の中でも、こんなにいい季節はほんとうに短い。

 ブロック塀に沿って自転車が二台置いてある。一台は葉山くんのもので、もうひとつは私のもの。葉山くんのカゴにはサッカーボールが収まっている。

 葉山くんは自転車の前に立ち、不敵な笑みを浮かべた。

「ふふふ、俺と有紗の自転車は、ともにリアキャリアが付いている。これがなにを意味するかわかるか、京本」

「……まさかふたり乗りで行くのか?」

 男子ふたりの表情が対照的すぎて、見ていて予断を許さない。

「あったりめえよ。千里たんに世界の(ことわり)を教えてやるんだ」