翌日、葉山くんに千里ちゃんの家での一部始終を話したところ、彼はお腹を抱えて容赦なく笑いだした。なによ、私はこんなに真剣なのに。

「いひひぃ~……しっかし有紗、人間やればできるものだな、まさか恋敵の家に乗り込んで真っ正面から闘いを挑むなんてよ」

「だから恋じゃないって言っているでしょ」

「しかもふたを開ければ歓迎モードだったなんてな! 勘違いもいいとこだぜ」

「だって、千里ちゃんが京本くんを狂わせる悪女かと思ったんだもん……」

「いやいや有紗、おまえ痛すぎるわぁ~」

 葉山くんは笑いすぎで紅潮しているけれど、私は恥ずかしさのあまり赤面するしかない。この人は私の苦悩を笑いのエネルギーに変換させる酵素を持っているのだろうか。

 けれど、ひどい勘違いをはっきり非難してくれたのは、反省が認めてもらえたみたいでありがたかった。だってそうでなければ、いつまでも罪悪感が胸中で燻ってしまいそうだったから。

「まあ、有紗が深窓の令嬢を嫌うのも無理ないぜ。とある格言によると、女子は好きと嫌いだけで普通がないっていうからな」

「なんとも思っていない人だったら気にするわけないよ。気になるのはたいてい、好きか嫌いのどっちかだもん。でも、それって格言?」

「まあ、ぶっちゃけ格言かどうか知らねえけど。じゃあ、有紗は京本のことを嫌いか?」

「嫌いではないけど……」

「でもやたら気にしているじゃん。じゃあ、京本を嫌いじゃないとして、さっきの格言を当てはめると、つまり有紗は京本のことを――」

「その三段論法、絶対罠だよね」

「くっ、素直に認めりゃいいものを。口に出せば言霊が宿るんだぜ」

「お・こ・と・わ・り!」

 私がふくれると、葉山くんはまた、おかしそうにお腹を抱えた。

「しっかし、その千里たん(・・・・)って子、マジ可愛いな。汚れた情報がインプットされないから清廉潔白なのかもな」

「勝手にたん(・・)つけないでよ、会ったこともない人でしょ」

「いいじゃん、話聞くだけでなかなか萌えるぜ。でもおまえら三人、すげえ絶妙なシチュエーションだな。千里たんと仲良くなったの、京本は知らないんだろ?」

「今度の水曜日までに、やんわりと伝えようと思っているよ」

「京本にとっては、千里嬢との蜜月を邪魔する魔女はおまえだからな。そのこと、よくわきまえとけよ」

「言われなくてもわかっているわよ!」

 京本くんと千里ちゃんの関係は、恋人同士であるはずがない。幼馴染で友達だけど、けっしてそんなふうに形容できる関係でもない。私が立ち入って良いものなのかわからないくらい、不安定で眩しい。でも、千里ちゃんは私にまた会いに来てと言ってくれた。

「でもさ」

 葉山くんが急に神妙な表情になった。演技ではないとわかる、深いまなざしで私に問いかける。

「もしかしたら千里たん、おまえらをくっつけようとしてね?」

「なんでよ!」

 即座に否定したけれど、言ってから思いだす。千里ちゃんは私が京本くんの気軽な友達になるようにお願い(・・・)していた。でも、その考えはすぐさま頭から振り払った。鵜呑みにするのはおこがましい。

「京本くんと千里ちゃんの距離は、きっと、すごく近いんだよ。私はそれを遠くから眺めているだけになるんだよ」

 そう言ってから、隙間風が吹きこんだみたいに胸の奥が冷たくなる。ああ、私はやっぱり、心を分かち合える人がほしいんだ。そう思っていることに、はっきりと気づかされた。

 自分の発した言葉に、すこしだけ言霊が宿ったのだと思う。