◇
「ぎゃはははっ、ナニ? ミミコあんた、そのリリちゃんに顔が似てるからお見合い相手に呼ばれたってわけ?!」
「ちょっと! 笑いすぎですよお!?」
日曜日、午後21時30分。土曜のお見合い次の日、私はまた天海先輩の部屋へとやってきていた。
「てゆーか、うまい話すぎんのよねえ、地元一緒で弁護士で高身長好青年、そーんな好物件がわざわざミミコとお見合いなんて、なんかあると思ったわ」
「ひ、ヒドイ、私だってモテることあるんですからね!!」
「あーハイハイ、リリちゃんはおとなしくうちで麦茶でも飲んでなー」
「くうっ……」
ミキトさんが言っていたリリカ、通称“リリちゃん”は、なんと天海先輩最推し”三橋くん”が登場する男性アイドル育成ゲーム「あいらぶゆ!」の派生バージョン、「あいうぉんちゅ!」の人気キャラクターなんだとか。つまり女性アイドル育成ゲーム推しキャラのビジュアルに、たまたま私が似ていただけってわけで。
くう、期待していたわけじゃないけれど、なんか悔しい気持ちになるのは私だけ?
「はは、てかソイツおもろいじゃん、しかも“らぶゆーシリーズ”が推しなんて見る目あるわ」
三橋くんやリリちゃんが出てくるアイドルゲームを総称してらぶゆーシリーズと言うらしい。初めて知った。ていうかシリーズ物だったんだ。
「あーもう! みんな人のこと馬鹿にして!!」
お母さんは早く結婚しろってうるさいし、ミキトさんのお母さんは子供がどうとか私の意見なんて丸無視だし。挙句の果てにミキトさん本人は、多少いい人なのかと思いきや────実は推しキャラのビジュアルが似ていたから私をお見合い相手に選んだという失礼極まりない二次元オタク。なんなんだ、なんで何もしてない私がこんな目に────。
「ま、いいじゃん、こーいうのも人生経験ってやつ」
「こんな人生経験積みたくないですっ!!」
「あーハイハイ、そんな怒るなって、ほら、あんたの好きな焼きタラコ」
「えっ」
私が麦茶を飲んで暴れていると、キッチンにいた天海先輩が戻ってきて、こたつの上にことりとお皿を置いた。その上には、まだ湯気がでるぐらいの温かいおにぎりがふたつ並んでいる。
「……せんぱあい、これ、拳より大きいですよお」
「バーカ、出血大サービスだろうがよ!」
わたしの拳よりも大きくて、海苔でまん丸にまかれた歪なおにぎりを手に取って、一口ぱくりと頬張る。熱々のお米、きっとわたしが来る時間に合わせてわざわざ炊いてくれたんだろう。つるつるのお米の粒からじゅわりと甘みがしみる。それから、塩気がつよくて少ししょっぱい。でもこれがいい。天海先輩の不恰好な、それでも世界一おいしいおにぎりの優しさに、なんだか泣きそうになったりして。
「先輩、相変わらず塩気、つよいですー」
「ああん? 文句言うなら食うんじゃないよ」
「うう、先輩のおにぎりが、世界一おいしいですよおー」
うわーん。子供みたいに言うわたしに天海先輩はやれやれと肩を落とす。呆れた顔をしているけれど、わたし、いたって真面目に言ってますからね、先輩。
「てゆーか、先輩はさっきからナニ食べてるんですか」
「あん? 三橋くん新曲MVお祝いケーキだよ!」
「ええっ?! 新曲MVが出たの一週間前ですよね?!」
「はあ?! そんなの関係あるかあ! いい? こーいうのはね、いつ食べるかじゃなくて気持ちなのよ!」
「……天海先輩ってクリスマスケーキも大晦日とかに食べそうですね」
「そりゃあんた、クリスマスケーキをいつ食べようがこっちの勝手でしょーが!」
「図星じゃないですか!!」
「うるさいなー、そんな細かいことはどうでもいいんだっつうの」
「あっ! わたしのおにぎりとったー!!」
ふたつあったうちのひとつを、天海先輩が勝手にお皿からとって頬張った。さっきまでケーキを食べていた口でおにぎりを頬張るなんて、信じられない。
「わたしが作ったんだからアンタのものじゃないっつうの」
「うう、もう一個食べたかったのにい」
「……梅干しならあるけど」
「わーん先輩だいすきっ」
やれやれと、片手でおにぎりを頬張りながら立ち上がった先輩がキッチンへ向かう。きっともうひとつ作ってくれるつもりなんだろう。なんだかんだ天海先輩って面倒見がいい。
「ま、今日も世界平和で何よりよ」
「……うーん、でもやっぱケーキとおにぎりは合わないと思います!」
「アンタ、せっかく私が綺麗にまとめようとしたのに……」
「あと、やっぱり梅干しより紅鮭がいいですー!」
「ミミコ、あんたやっぱさっさと帰れ!!」
「ぎゃっ天海先輩がおこったー!!」
そんなわけで、今日も今日とて、明日も明日とて、わたしは普通の女の子みたいに恋愛や結婚にはまだまだ程遠いところにいるけれど、きっと変わらず天海先輩との日常は続いていくのである。天海先輩の言葉を借りるなら、そう、これがきっと世界平和。
【第1話 米とケーキは合いません! 完】
「ぎゃはははっ、ナニ? ミミコあんた、そのリリちゃんに顔が似てるからお見合い相手に呼ばれたってわけ?!」
「ちょっと! 笑いすぎですよお!?」
日曜日、午後21時30分。土曜のお見合い次の日、私はまた天海先輩の部屋へとやってきていた。
「てゆーか、うまい話すぎんのよねえ、地元一緒で弁護士で高身長好青年、そーんな好物件がわざわざミミコとお見合いなんて、なんかあると思ったわ」
「ひ、ヒドイ、私だってモテることあるんですからね!!」
「あーハイハイ、リリちゃんはおとなしくうちで麦茶でも飲んでなー」
「くうっ……」
ミキトさんが言っていたリリカ、通称“リリちゃん”は、なんと天海先輩最推し”三橋くん”が登場する男性アイドル育成ゲーム「あいらぶゆ!」の派生バージョン、「あいうぉんちゅ!」の人気キャラクターなんだとか。つまり女性アイドル育成ゲーム推しキャラのビジュアルに、たまたま私が似ていただけってわけで。
くう、期待していたわけじゃないけれど、なんか悔しい気持ちになるのは私だけ?
「はは、てかソイツおもろいじゃん、しかも“らぶゆーシリーズ”が推しなんて見る目あるわ」
三橋くんやリリちゃんが出てくるアイドルゲームを総称してらぶゆーシリーズと言うらしい。初めて知った。ていうかシリーズ物だったんだ。
「あーもう! みんな人のこと馬鹿にして!!」
お母さんは早く結婚しろってうるさいし、ミキトさんのお母さんは子供がどうとか私の意見なんて丸無視だし。挙句の果てにミキトさん本人は、多少いい人なのかと思いきや────実は推しキャラのビジュアルが似ていたから私をお見合い相手に選んだという失礼極まりない二次元オタク。なんなんだ、なんで何もしてない私がこんな目に────。
「ま、いいじゃん、こーいうのも人生経験ってやつ」
「こんな人生経験積みたくないですっ!!」
「あーハイハイ、そんな怒るなって、ほら、あんたの好きな焼きタラコ」
「えっ」
私が麦茶を飲んで暴れていると、キッチンにいた天海先輩が戻ってきて、こたつの上にことりとお皿を置いた。その上には、まだ湯気がでるぐらいの温かいおにぎりがふたつ並んでいる。
「……せんぱあい、これ、拳より大きいですよお」
「バーカ、出血大サービスだろうがよ!」
わたしの拳よりも大きくて、海苔でまん丸にまかれた歪なおにぎりを手に取って、一口ぱくりと頬張る。熱々のお米、きっとわたしが来る時間に合わせてわざわざ炊いてくれたんだろう。つるつるのお米の粒からじゅわりと甘みがしみる。それから、塩気がつよくて少ししょっぱい。でもこれがいい。天海先輩の不恰好な、それでも世界一おいしいおにぎりの優しさに、なんだか泣きそうになったりして。
「先輩、相変わらず塩気、つよいですー」
「ああん? 文句言うなら食うんじゃないよ」
「うう、先輩のおにぎりが、世界一おいしいですよおー」
うわーん。子供みたいに言うわたしに天海先輩はやれやれと肩を落とす。呆れた顔をしているけれど、わたし、いたって真面目に言ってますからね、先輩。
「てゆーか、先輩はさっきからナニ食べてるんですか」
「あん? 三橋くん新曲MVお祝いケーキだよ!」
「ええっ?! 新曲MVが出たの一週間前ですよね?!」
「はあ?! そんなの関係あるかあ! いい? こーいうのはね、いつ食べるかじゃなくて気持ちなのよ!」
「……天海先輩ってクリスマスケーキも大晦日とかに食べそうですね」
「そりゃあんた、クリスマスケーキをいつ食べようがこっちの勝手でしょーが!」
「図星じゃないですか!!」
「うるさいなー、そんな細かいことはどうでもいいんだっつうの」
「あっ! わたしのおにぎりとったー!!」
ふたつあったうちのひとつを、天海先輩が勝手にお皿からとって頬張った。さっきまでケーキを食べていた口でおにぎりを頬張るなんて、信じられない。
「わたしが作ったんだからアンタのものじゃないっつうの」
「うう、もう一個食べたかったのにい」
「……梅干しならあるけど」
「わーん先輩だいすきっ」
やれやれと、片手でおにぎりを頬張りながら立ち上がった先輩がキッチンへ向かう。きっともうひとつ作ってくれるつもりなんだろう。なんだかんだ天海先輩って面倒見がいい。
「ま、今日も世界平和で何よりよ」
「……うーん、でもやっぱケーキとおにぎりは合わないと思います!」
「アンタ、せっかく私が綺麗にまとめようとしたのに……」
「あと、やっぱり梅干しより紅鮭がいいですー!」
「ミミコ、あんたやっぱさっさと帰れ!!」
「ぎゃっ天海先輩がおこったー!!」
そんなわけで、今日も今日とて、明日も明日とて、わたしは普通の女の子みたいに恋愛や結婚にはまだまだ程遠いところにいるけれど、きっと変わらず天海先輩との日常は続いていくのである。天海先輩の言葉を借りるなら、そう、これがきっと世界平和。
【第1話 米とケーキは合いません! 完】