◇
「さっきはすみません、母が失礼なことを言ったかもしれません」
「いやいやいや! 全然そんなこと……」
うん、失礼なことではない。別にうちの母親世代だったら当たり前のように持っている価値観だ。むしろ私の方がマイノリティ側。
桑原幹人さん。15分遅れでやってきた彼は深々と頭を下げて、「折角なので2人で話しませんか」とレストランの個室へ移動させてくれた。母親2人は先ほどの窓際席。声は聞こえないだろう。
目の前に座った彼を見る。
育ちの良さそうな端正な顔立ちだ。黒髪センター分けに高そうなスーツと腕時計。身長はきっと180近いだろう。これで職業弁護士なんて神様はちょっとひとりに与えすぎなのでは? と思うくらい。
「ここ、地元に帰ってくるとよく来るんです。休日でも意外と人がいなくて穴場なんですよね」
「はあ、素敵なところですよね」
運ばれてきたメイン(わたしはポークのマスタード添えを選んだよ⭐︎)を頬張ると確かに美味しい。これは天海先輩にも是非食べさせたい。いつもジャージ姿の先輩がこんなおしゃれなところにいる場面は想像つかないけれど。
「普段のお仕事は何をされて?」
「あー、えっとパジャマメーカーの商品企画で……」
「へえ! 凄いですね。じゃあ新作とかもミミコさんが?」
「そうですね、まだメイン担当はこれからですけど……新作のサブ担当は何度かやらせてもらって、コンセプトやデザインはチームでイチから考えたり」
「わ、大変そう。0からものを作ることがいちばん難しいですよね」
「そうなんです、新作ってどこかに正解があるわけじゃないし、誰かの真似もできないし……でもその代わり、自分にしかできないものを作ってやろうっていうやり甲斐はすごくあって! あとは、完成した時の達成感とか、お客さんの喜ぶ顔が見れた時とか、すごく嬉しくて……」
話していてハッとする。しまった、こんなに長々話すべきじゃなかった。
「す、すみません。話すぎました……」
「いや、素敵な話が聞けて僕も嬉しいです。仕事を頑張っている女性はみんな素敵ですよ」
「はあ……」
「……ミミコさんは結婚願望とかありますか?」
「ぐっ、あー、えっーと」
料理のおいしさと仕事の話に夢中になっていて、今日の本題を忘れるところだった。そういえば今日は強制お見合い。そろそろきちんと話をしなくては。
「って、すみません、話早すぎましたかね?」
「いやいや……えーっと、ちなみに桑原さんは……」
「ミキトでいいですよ」
「じゃあミキトさんは……結婚願望あるんですか?」
「僕は……」
じっとわたしの顔を見つめるミキトさん。私も負けじと見つめ返すと、瞬間顔をボボっと赤くして目を逸らされた。
んん? なんだこの反応は?
「ぼ、僕の話は置いておいて! み、ミミコさんは好きなタイプとか……ありますか?」
「好きなタイプ? うーんと……」
ぐるりと思考を巡らせる。久しく恋愛というものをしてきていないので、自分のタイプさえまともに把握していない。天海先輩だったらこういう時、真っ先に”三橋くん”と答えるんだろうなあ。推しがいるって便利だ。
そういえば、三橋くんが所属しているアイドルグループ(あくまでゲーム内二次元の話だが)は5人組。天海先輩にミミコは誰がタイプなんだって聞かれたことがあったっけ。あの時は確か……。
「えーっと、身長が高くて黒髪で頭がいい人ですかね!」
そう、いちばん身長が高くて秀才キャラの”三条くん”を選んだんだった! 天海先輩の推し活がこんな時に役に立つとは。ありがとう先輩。
ふとミキトさんを見ると、ボボボ、と効果音がつくのではないかというぐらいわかりやすく顔を赤くしていた。え、なんで? どうした?
「そ、それは、いやでもそんなはず……いや……」
「えーっと?」
「いや、まさかミミコさんの好きなタイプが僕なわけ……いやでも特徴が全て当てはまって……うっ」
ゴニョゴニョと訳のわからないことを呟いているミキトさんの声はよく聞こえない。さっきまでかなりスマートで大人な人だと思っていたけれど、よくわからない人だ。
「それで、ミキトさんの好きなタイプは?」
「ば、僕ですか?」
「はい。私だけ答えさせるなんてずるいですよ」
「そ、そうですよね、僕のタイプは……仕事を頑張ってて……」
「ほお」
「髪はセミロングくらいのストレートで、茶髪で色白……」
うーんと、あれ? どこかで聞いたことあるな……。
鏡に映った自分の容姿を思い返す。茶髪セミロングのストレート。細身で顔立ちは良くも悪くもあっさり塩顔。の割にメイクはいつも適当で薄化粧。身長162センチ、服装はいつも無難なシンプルコーデ。爪だけは唯一毎月ネイル課金。でも長いのは苦手なので短めに。
「細身で顔立ちはあっさりしていてメイクが薄くて……」
うん、あれ? いや、どこにでもいる、か?
「身長160センチくらいでシンプルな服装がとても似合う……あとはつま先まですごく綺麗な……」
ばちりとミキトさんと目が合う。
間違いない。これは確実に、わたし、口説かれている─────。
「それって私のことですよね?」
「アイドル リリカのような子がタイプなんです!」
………ん?
お互い目をパチクリさせて見つめ合う。
わたしの言葉とミキトさんの言葉はほぼ同時に放たれて、お互いうまく聞き取れなかったようだ。いや、聞き取れなかったことにしたいだけかも。
待って、穴があったら入りたい。
「アイドル リリカ……?」
「はい! 今大ブーム中のアイドル育成ゲーム『あいうぉんちゅ!』のメンバー、スドウリリカ、通常リリちゃんが僕の最推し、もといタイプでして─────ミミコさんに容姿がそっくりなんです!」
きらきらと目を輝かせ、顔を赤くしながら早口でそう捲し立てるミキトさんにはもう私のことは見えていないようだ。
うん。既視感がある。
こいつ、天海先輩と同じ─────二次元ドルヲタだ。
「さっきはすみません、母が失礼なことを言ったかもしれません」
「いやいやいや! 全然そんなこと……」
うん、失礼なことではない。別にうちの母親世代だったら当たり前のように持っている価値観だ。むしろ私の方がマイノリティ側。
桑原幹人さん。15分遅れでやってきた彼は深々と頭を下げて、「折角なので2人で話しませんか」とレストランの個室へ移動させてくれた。母親2人は先ほどの窓際席。声は聞こえないだろう。
目の前に座った彼を見る。
育ちの良さそうな端正な顔立ちだ。黒髪センター分けに高そうなスーツと腕時計。身長はきっと180近いだろう。これで職業弁護士なんて神様はちょっとひとりに与えすぎなのでは? と思うくらい。
「ここ、地元に帰ってくるとよく来るんです。休日でも意外と人がいなくて穴場なんですよね」
「はあ、素敵なところですよね」
運ばれてきたメイン(わたしはポークのマスタード添えを選んだよ⭐︎)を頬張ると確かに美味しい。これは天海先輩にも是非食べさせたい。いつもジャージ姿の先輩がこんなおしゃれなところにいる場面は想像つかないけれど。
「普段のお仕事は何をされて?」
「あー、えっとパジャマメーカーの商品企画で……」
「へえ! 凄いですね。じゃあ新作とかもミミコさんが?」
「そうですね、まだメイン担当はこれからですけど……新作のサブ担当は何度かやらせてもらって、コンセプトやデザインはチームでイチから考えたり」
「わ、大変そう。0からものを作ることがいちばん難しいですよね」
「そうなんです、新作ってどこかに正解があるわけじゃないし、誰かの真似もできないし……でもその代わり、自分にしかできないものを作ってやろうっていうやり甲斐はすごくあって! あとは、完成した時の達成感とか、お客さんの喜ぶ顔が見れた時とか、すごく嬉しくて……」
話していてハッとする。しまった、こんなに長々話すべきじゃなかった。
「す、すみません。話すぎました……」
「いや、素敵な話が聞けて僕も嬉しいです。仕事を頑張っている女性はみんな素敵ですよ」
「はあ……」
「……ミミコさんは結婚願望とかありますか?」
「ぐっ、あー、えっーと」
料理のおいしさと仕事の話に夢中になっていて、今日の本題を忘れるところだった。そういえば今日は強制お見合い。そろそろきちんと話をしなくては。
「って、すみません、話早すぎましたかね?」
「いやいや……えーっと、ちなみに桑原さんは……」
「ミキトでいいですよ」
「じゃあミキトさんは……結婚願望あるんですか?」
「僕は……」
じっとわたしの顔を見つめるミキトさん。私も負けじと見つめ返すと、瞬間顔をボボっと赤くして目を逸らされた。
んん? なんだこの反応は?
「ぼ、僕の話は置いておいて! み、ミミコさんは好きなタイプとか……ありますか?」
「好きなタイプ? うーんと……」
ぐるりと思考を巡らせる。久しく恋愛というものをしてきていないので、自分のタイプさえまともに把握していない。天海先輩だったらこういう時、真っ先に”三橋くん”と答えるんだろうなあ。推しがいるって便利だ。
そういえば、三橋くんが所属しているアイドルグループ(あくまでゲーム内二次元の話だが)は5人組。天海先輩にミミコは誰がタイプなんだって聞かれたことがあったっけ。あの時は確か……。
「えーっと、身長が高くて黒髪で頭がいい人ですかね!」
そう、いちばん身長が高くて秀才キャラの”三条くん”を選んだんだった! 天海先輩の推し活がこんな時に役に立つとは。ありがとう先輩。
ふとミキトさんを見ると、ボボボ、と効果音がつくのではないかというぐらいわかりやすく顔を赤くしていた。え、なんで? どうした?
「そ、それは、いやでもそんなはず……いや……」
「えーっと?」
「いや、まさかミミコさんの好きなタイプが僕なわけ……いやでも特徴が全て当てはまって……うっ」
ゴニョゴニョと訳のわからないことを呟いているミキトさんの声はよく聞こえない。さっきまでかなりスマートで大人な人だと思っていたけれど、よくわからない人だ。
「それで、ミキトさんの好きなタイプは?」
「ば、僕ですか?」
「はい。私だけ答えさせるなんてずるいですよ」
「そ、そうですよね、僕のタイプは……仕事を頑張ってて……」
「ほお」
「髪はセミロングくらいのストレートで、茶髪で色白……」
うーんと、あれ? どこかで聞いたことあるな……。
鏡に映った自分の容姿を思い返す。茶髪セミロングのストレート。細身で顔立ちは良くも悪くもあっさり塩顔。の割にメイクはいつも適当で薄化粧。身長162センチ、服装はいつも無難なシンプルコーデ。爪だけは唯一毎月ネイル課金。でも長いのは苦手なので短めに。
「細身で顔立ちはあっさりしていてメイクが薄くて……」
うん、あれ? いや、どこにでもいる、か?
「身長160センチくらいでシンプルな服装がとても似合う……あとはつま先まですごく綺麗な……」
ばちりとミキトさんと目が合う。
間違いない。これは確実に、わたし、口説かれている─────。
「それって私のことですよね?」
「アイドル リリカのような子がタイプなんです!」
………ん?
お互い目をパチクリさせて見つめ合う。
わたしの言葉とミキトさんの言葉はほぼ同時に放たれて、お互いうまく聞き取れなかったようだ。いや、聞き取れなかったことにしたいだけかも。
待って、穴があったら入りたい。
「アイドル リリカ……?」
「はい! 今大ブーム中のアイドル育成ゲーム『あいうぉんちゅ!』のメンバー、スドウリリカ、通常リリちゃんが僕の最推し、もといタイプでして─────ミミコさんに容姿がそっくりなんです!」
きらきらと目を輝かせ、顔を赤くしながら早口でそう捲し立てるミキトさんにはもう私のことは見えていないようだ。
うん。既視感がある。
こいつ、天海先輩と同じ─────二次元ドルヲタだ。