◇
そしてわたしは今日も今日とて天海先輩の部屋にいる。304号室、インターホンを押せばいつだって嫌そうな顔をした天海先輩が扉を開けてくれるのだ。(本当は嫌じゃないくせに!)
「せんぱーい、今日はクッキングジョイやりましょうよう、最近流行ってるやつ買ったんです」
「なにそのダッサイ名前のゲームは」
「協力して店の厨房から配膳までやるゲームですよお、これがめちゃくちゃ面白いんですから!」
私はそそくさと先輩の部屋のテレビにゲームを繋いで準備に取り掛かる。コンビニで唐揚げとシーザーサラダ、それからミックスナッツを買ったので今日も最高な晩酌が約束された。
ちなみに、私はお酒がそこそこ好き(かと言って強いわけではない)なのでよく飲むけれど、実は天海先輩はアルコールが一滴足りとも飲めないらしい。そういうわけで、先輩はいつも冷蔵庫にだいすきな麦茶を常備しているのだ。
「ミミコ、あんたはほんっとに変なゲーム見つけるのが得意ねー」
「変なって言わないでくださいよう、先輩もこれが好きなくせにー」
私と天海先輩には特段特別な何かがあるわけではない。共通点といえば、お互いゲームが好きなことくらいだ。
年齢も違うし職業も違う。隣の部屋の住人というだけで、初めはたまたま玄関を出た瞬間出会ったり、かと思えばゴミ捨て場で会ったり、はたまた近くのコンビニで出会ったり。そんな偶然が何度か合って、なんやかんや仲良くなって現在の関係に至るというわけだ。
天海先輩は推し活に夢中だし、私はこう見えても仕事が大好き。人生の重きを恋愛や結婚に置いていないところが似た者同士で心地がいいんだと思う。
「先輩、なんとなんと、わたし初めて新作パジャマ企画のメイン担当になったんですー」
ピコピコ。ゲーム機を動かしながら名前を設定する。アマミ、と、ミミコ。そういえば、天海先輩の本名は未だ知らない。1番初めに一緒にやったゲームで、先輩が自分のキャラの名前を『天海』にしていたから、それからずっとわたしは『天海先輩』と呼んでいる。
「へー、凄いじゃん。ミミコ新しいモノ好きだし新企画とか向いてんじゃない? 頑張んなー」
「へへ、先輩はそう言ってくれると思ったー!」
予想通りの答えが返ってきてにまにましてしまう。天海先輩は良くも悪くもお世辞や思ってもいないことは一切口に出さないタイプ。だからこそ信頼できるし慕っている。
「先輩は、って。みんな思うんじゃないの」
「そんなことないですよう、私押しに弱いし人見知りだし、人から舐められることも多いし……」
「ま、押しに弱いのと人から舐められやすいのは否定しないけど」
「くう、それもわかってますけどー! でもでも、だからこそ、地元の友だちとか、こんな私が都会で仕事して、きっと馬鹿にしてるんですよう」
ピコピコ。やっとゲームのトライアルが始まって、私たちのキャラクターが厨房へと入り簡単な操作説明を受けていく。可愛らしい絵柄のハンバーガーが出来上がるとすぐにお客に配膳しなくてはならないらしい。協力プレイだ。
23歳。新卒のタイミングで上京して、ひとり暮らしをはじめた。そこそこ有名なパジャマメーカー。田舎で育った引っ込み思案の私がいきなりキラキラした世界に飛び込んだこと、周りはよく思わなかったと思う。
それに、今年29のアラサー女が未だ結婚していないだけではとどまらず、彼氏さえいないときたら、地元で”売れ残り”のレッテルを貼られて馬鹿にされているのはわかりきったこと。というか、実際に帰るたびに子供を連れた友人たちから完全に見下された目線で言われるのだ。
『それで、ミミはいつ結婚するの?』と。
女性も結婚年齢が上がって時代は変わったと言うけれど、それは都会での話。地元に帰れば25〜27が結婚ラッシュ。29にもなれば子供の1人や2人いたっておかしくない。勿論それが人生の正解であり、幸せの代名詞であるという考えは否定しない。
けれど、彼女たちと私では、人生において重要視していることが、根本的に違うのだ。
都会に出て、有名企業の総合職として就職して、20代で結婚や出産まで強いられるのなんてまっぴらごめんだ。というか、私にはそこまでバイタリティもなければ、結婚願望もない。
中学校で、高校で、大学で、あんなに仲の良かった友人たちは、私とは全く別の人生のステージを歩んでる。それは悪いことではないけれど、わたしのように仕事が大好きで恋愛は二の次だという考えは、見下されるようなことではない、と思う。
「ふーん、ま、いいんじゃない。人生なんて人それぞれだし、干渉するほうがアホくさいっしょ」
「人間って噂話が大好きなんですよう、地元に帰ってお見合いなんてしたら、それこそどこかで変な噂が立てられそうだし」
「気にすんな気にすんな、あんたがモテないことなんて学生時代からわかりきってることでしょーに」
「ちょっと!! わたしがモテるかモテないかはこの話に関係ないですから!!」
「まあ私だったら、お見合いする時間があるなら三橋クンの過去ライブDVDを全部見返すけどねー」
「うう、天海先輩、流石ブレないですね!! この三橋オタクッ!!」
「三橋オタクって響きで飯が3杯いけるわ」
三橋くんのアクスタやらポスターやら、ありとあらゆるグッズで彩られた天海先輩の部屋は所謂オタク部屋というやつなのかも。私に推しはいないから共感はできないけれど、ひとつのものにこれだけ熱量を注げるってすごいことだよなあ。
「天海先輩、先輩のそーゆーところがだいすきなんですー!」
「おいちょっと引っ付くな! てか早くバーガー作れアホ!!! ゲームオーバーになるだろうが!」
ゲーム機を放って先輩に抱きつこうとすると、心底嫌そうな顔でわたしを避ける天海先輩。そんなに嫌がらなくたっていいのに! 本当にゲームオーバーになってしまって慌てて体制を整えると、天海先輩が「もう一回やるぞバカ!」とリプレイ。嫌がっていたくせに新作ゲームに夢中な先輩、かわいいとこあるよねえ。
「天海先輩ーわたし次の企画まで夜な夜な企画書練るつもりなので、暫くゲームと飲酒を自粛しますー」
「おーがんばれがんばれ、出世して金稼いで焼肉でもいくぞー」
「それ完全にわたしの奢り目的じゃないですかあ!」
「あったりまえよ、あーんたいつもここに入り浸ってんだから焼肉ぐらい奢りなさいっつうの」
ピコピコ。ゲーム再開。今度はきちんと横並び。先輩のコタツは名残惜しいけれど、企画書ができるまではお預けだ。
同じマンションに住んでいるけれど、先輩がどんな仕事をしていてどれくらい稼ぎがあるのかはわからない。わたしは一応有名企業の総合職として毎日必死に働いているので、同年代と比べれば比較的金銭的余裕がある方だと思う。
「ちえ、ちょっとは寂しがるかなあって思ったのにー」
「バカ、こっちは土曜から三橋くんの同人誌作成で忙しいんだっつうの、ちょーどいいわ」
「えー!! わたし、先輩に夜食ねだりに来る予定だったのにー!!」
「私がつくるのなんていつも握り飯だけだろーが」
「そーですよう、そのおにぎりがだいすきっていつも言ってんでしょーが!」
「ったく、ほんとアンタって変人」
「へへ、具材は焼きタラコとシャケでお願いします!」
ばーか、そんな暇じゃないっつうの。そう呟く先輩はゲームから目を離さないけれど、その表情は少しだけ嬉しそうだ。
少し塩気がつよくて、人の拳より大きいおにぎりは、天海先輩が気が向いた時だけつくってくれるわたしのだいすきな夜食だ。焼きタラコに紅鮭、おかかにツナマヨ、塩昆布に蜂蜜梅干し。具材はその時々だけれど、歪な形をしたその大きなおにぎりが、私はなぜだか時々無性に恋しくなってしまう。
「あ、そーだ先輩、私の例のお見合い、明日ですよお、土曜日」
「あーそうだったそうだった、じゃーこんなとこで酒飲んでる場合じゃないでしょーが。早く帰んな」
「いやですいやです、もー明日浮腫んでパンパンの顔で行ってやるんですからあー!」
「あーはいはい好きにしな」
ぐびっとひとくちレモンサワーを飲み込んで、天海先輩とクッキングジョイに専念する。あーあ、明日憂鬱だなあ。相手には申し訳ないけれど、会って直接謝ろう。『いまは彼氏を作ったり結婚したりする余裕がないんです』と。
だって私は、毎日仕事を頑張って、天海先輩とゲームをしたりアニメを見たりする時間が何より好きなのだ。
そしてわたしは今日も今日とて天海先輩の部屋にいる。304号室、インターホンを押せばいつだって嫌そうな顔をした天海先輩が扉を開けてくれるのだ。(本当は嫌じゃないくせに!)
「せんぱーい、今日はクッキングジョイやりましょうよう、最近流行ってるやつ買ったんです」
「なにそのダッサイ名前のゲームは」
「協力して店の厨房から配膳までやるゲームですよお、これがめちゃくちゃ面白いんですから!」
私はそそくさと先輩の部屋のテレビにゲームを繋いで準備に取り掛かる。コンビニで唐揚げとシーザーサラダ、それからミックスナッツを買ったので今日も最高な晩酌が約束された。
ちなみに、私はお酒がそこそこ好き(かと言って強いわけではない)なのでよく飲むけれど、実は天海先輩はアルコールが一滴足りとも飲めないらしい。そういうわけで、先輩はいつも冷蔵庫にだいすきな麦茶を常備しているのだ。
「ミミコ、あんたはほんっとに変なゲーム見つけるのが得意ねー」
「変なって言わないでくださいよう、先輩もこれが好きなくせにー」
私と天海先輩には特段特別な何かがあるわけではない。共通点といえば、お互いゲームが好きなことくらいだ。
年齢も違うし職業も違う。隣の部屋の住人というだけで、初めはたまたま玄関を出た瞬間出会ったり、かと思えばゴミ捨て場で会ったり、はたまた近くのコンビニで出会ったり。そんな偶然が何度か合って、なんやかんや仲良くなって現在の関係に至るというわけだ。
天海先輩は推し活に夢中だし、私はこう見えても仕事が大好き。人生の重きを恋愛や結婚に置いていないところが似た者同士で心地がいいんだと思う。
「先輩、なんとなんと、わたし初めて新作パジャマ企画のメイン担当になったんですー」
ピコピコ。ゲーム機を動かしながら名前を設定する。アマミ、と、ミミコ。そういえば、天海先輩の本名は未だ知らない。1番初めに一緒にやったゲームで、先輩が自分のキャラの名前を『天海』にしていたから、それからずっとわたしは『天海先輩』と呼んでいる。
「へー、凄いじゃん。ミミコ新しいモノ好きだし新企画とか向いてんじゃない? 頑張んなー」
「へへ、先輩はそう言ってくれると思ったー!」
予想通りの答えが返ってきてにまにましてしまう。天海先輩は良くも悪くもお世辞や思ってもいないことは一切口に出さないタイプ。だからこそ信頼できるし慕っている。
「先輩は、って。みんな思うんじゃないの」
「そんなことないですよう、私押しに弱いし人見知りだし、人から舐められることも多いし……」
「ま、押しに弱いのと人から舐められやすいのは否定しないけど」
「くう、それもわかってますけどー! でもでも、だからこそ、地元の友だちとか、こんな私が都会で仕事して、きっと馬鹿にしてるんですよう」
ピコピコ。やっとゲームのトライアルが始まって、私たちのキャラクターが厨房へと入り簡単な操作説明を受けていく。可愛らしい絵柄のハンバーガーが出来上がるとすぐにお客に配膳しなくてはならないらしい。協力プレイだ。
23歳。新卒のタイミングで上京して、ひとり暮らしをはじめた。そこそこ有名なパジャマメーカー。田舎で育った引っ込み思案の私がいきなりキラキラした世界に飛び込んだこと、周りはよく思わなかったと思う。
それに、今年29のアラサー女が未だ結婚していないだけではとどまらず、彼氏さえいないときたら、地元で”売れ残り”のレッテルを貼られて馬鹿にされているのはわかりきったこと。というか、実際に帰るたびに子供を連れた友人たちから完全に見下された目線で言われるのだ。
『それで、ミミはいつ結婚するの?』と。
女性も結婚年齢が上がって時代は変わったと言うけれど、それは都会での話。地元に帰れば25〜27が結婚ラッシュ。29にもなれば子供の1人や2人いたっておかしくない。勿論それが人生の正解であり、幸せの代名詞であるという考えは否定しない。
けれど、彼女たちと私では、人生において重要視していることが、根本的に違うのだ。
都会に出て、有名企業の総合職として就職して、20代で結婚や出産まで強いられるのなんてまっぴらごめんだ。というか、私にはそこまでバイタリティもなければ、結婚願望もない。
中学校で、高校で、大学で、あんなに仲の良かった友人たちは、私とは全く別の人生のステージを歩んでる。それは悪いことではないけれど、わたしのように仕事が大好きで恋愛は二の次だという考えは、見下されるようなことではない、と思う。
「ふーん、ま、いいんじゃない。人生なんて人それぞれだし、干渉するほうがアホくさいっしょ」
「人間って噂話が大好きなんですよう、地元に帰ってお見合いなんてしたら、それこそどこかで変な噂が立てられそうだし」
「気にすんな気にすんな、あんたがモテないことなんて学生時代からわかりきってることでしょーに」
「ちょっと!! わたしがモテるかモテないかはこの話に関係ないですから!!」
「まあ私だったら、お見合いする時間があるなら三橋クンの過去ライブDVDを全部見返すけどねー」
「うう、天海先輩、流石ブレないですね!! この三橋オタクッ!!」
「三橋オタクって響きで飯が3杯いけるわ」
三橋くんのアクスタやらポスターやら、ありとあらゆるグッズで彩られた天海先輩の部屋は所謂オタク部屋というやつなのかも。私に推しはいないから共感はできないけれど、ひとつのものにこれだけ熱量を注げるってすごいことだよなあ。
「天海先輩、先輩のそーゆーところがだいすきなんですー!」
「おいちょっと引っ付くな! てか早くバーガー作れアホ!!! ゲームオーバーになるだろうが!」
ゲーム機を放って先輩に抱きつこうとすると、心底嫌そうな顔でわたしを避ける天海先輩。そんなに嫌がらなくたっていいのに! 本当にゲームオーバーになってしまって慌てて体制を整えると、天海先輩が「もう一回やるぞバカ!」とリプレイ。嫌がっていたくせに新作ゲームに夢中な先輩、かわいいとこあるよねえ。
「天海先輩ーわたし次の企画まで夜な夜な企画書練るつもりなので、暫くゲームと飲酒を自粛しますー」
「おーがんばれがんばれ、出世して金稼いで焼肉でもいくぞー」
「それ完全にわたしの奢り目的じゃないですかあ!」
「あったりまえよ、あーんたいつもここに入り浸ってんだから焼肉ぐらい奢りなさいっつうの」
ピコピコ。ゲーム再開。今度はきちんと横並び。先輩のコタツは名残惜しいけれど、企画書ができるまではお預けだ。
同じマンションに住んでいるけれど、先輩がどんな仕事をしていてどれくらい稼ぎがあるのかはわからない。わたしは一応有名企業の総合職として毎日必死に働いているので、同年代と比べれば比較的金銭的余裕がある方だと思う。
「ちえ、ちょっとは寂しがるかなあって思ったのにー」
「バカ、こっちは土曜から三橋くんの同人誌作成で忙しいんだっつうの、ちょーどいいわ」
「えー!! わたし、先輩に夜食ねだりに来る予定だったのにー!!」
「私がつくるのなんていつも握り飯だけだろーが」
「そーですよう、そのおにぎりがだいすきっていつも言ってんでしょーが!」
「ったく、ほんとアンタって変人」
「へへ、具材は焼きタラコとシャケでお願いします!」
ばーか、そんな暇じゃないっつうの。そう呟く先輩はゲームから目を離さないけれど、その表情は少しだけ嬉しそうだ。
少し塩気がつよくて、人の拳より大きいおにぎりは、天海先輩が気が向いた時だけつくってくれるわたしのだいすきな夜食だ。焼きタラコに紅鮭、おかかにツナマヨ、塩昆布に蜂蜜梅干し。具材はその時々だけれど、歪な形をしたその大きなおにぎりが、私はなぜだか時々無性に恋しくなってしまう。
「あ、そーだ先輩、私の例のお見合い、明日ですよお、土曜日」
「あーそうだったそうだった、じゃーこんなとこで酒飲んでる場合じゃないでしょーが。早く帰んな」
「いやですいやです、もー明日浮腫んでパンパンの顔で行ってやるんですからあー!」
「あーはいはい好きにしな」
ぐびっとひとくちレモンサワーを飲み込んで、天海先輩とクッキングジョイに専念する。あーあ、明日憂鬱だなあ。相手には申し訳ないけれど、会って直接謝ろう。『いまは彼氏を作ったり結婚したりする余裕がないんです』と。
だって私は、毎日仕事を頑張って、天海先輩とゲームをしたりアニメを見たりする時間が何より好きなのだ。