「はいもしもしーミミコですー」
『あっミミコー? アマミだけど』
「わかってますよう、なんですかこんな時間に! こっちは仕事中ですよ!」
『それがさー張り切って朝5時に家出て都内のコンビニ駆け回ってたら案外早く集まっちゃって、ちょうどあんたが今日いるって言ってたスタジオ近くに─────』
「─────三上さんどうしよう! 中村舞ちゃんのヘアメイクさんが突然来れなくなったって」
えっ?! 廊下で天海先輩と電話をしていた私の背中に、大慌てで走ってきた若月さんの声が重なった。
驚いたわたしは天海先輩の声がするスマホから耳を離して若月さんの方へと振り返る。何が起こったって?!
「え、ヘアメイクさんって……中村さん専属の方は、」
「ごめんなさい、パジャマ広告って特殊で、普段のがっつりメイクじゃなくてスッピン風に仕上げるから、いつもこっちでその筋のプロを呼んでるの。だから中村さんの専属ヘアメイクさんは今日はお休みらしくて……」
「連絡は?! いつ来たんですか?!」
「いつもならこんな事ないんだけど、急な体調不良で連絡できなくて、ギリギリ今連絡ついて……どうしよう、スケジュールもギリギリだし、リスケするには中村舞ちゃんのスケジュールも合わせなきゃだし……」
頭の中が真っ白になる。どうしよう、こういうトラブルはつきものだけど、全くの想定外で対処の仕方がわからない。今回、メインで動かなきゃいけないのはわたしと目の前にいる若月さんだ。企画を任される、もちろんそれは、全ての責任が伴うこと。
「それに、今回のカメラマンとプロデューサー、時間にはかなり厳しい人で……」
「若月さん、中村さんの準備できてないってどういうこと?」
あ、と。
私と若月さんがその声に振り返ると、プロデューサーが怖い顔をして立っていた。40代の髭を生やしたベテランだ。私たちも広告撮影で何度かお世話になっている。
「すみません、うちが手配したヘアメイクさんが突然体調不良で……」
「代打は? いないの?」
「各社に電話したんですが、1番早くて到着が1時間後になるって……」
「1時間か……そこからヘアメイクしてって考えるとかなり押すな、撮影開始は予定より2時間遅れか」
「すみません、私の責任です、いつも頼んでるところだったので確認不足でした、もっと早く連絡していれば……」
「わ、若月さん! 私も同じです、今回企画メイン担当の三上です。私もこの辺は全て広告宣伝部に任せてしまって……本当は私が全て把握しておくべきだったのに」
思わず2人で頭を下げる。新しいヘアメイクさんが到着するまで1時間。撮影開始は2時間後。でも、このスタジオをかりているのは今日の15時までだ。今が11時だから、2時間遅れとなるとかなりの巻きスケジュールになってしまう。
「そこまで頭下げななくてもいいけど。まあでも、これだから嫌なんだよな、女だらけの撮影って」
「え……」
「体調不良だとかなんだとか知らないけど、仕事にプロ意識あんの? それに、アンタさ」
プロデューサーがわたしを見る。その目の奥は笑っていない。
「その、泣きそうな顔やめな。女は泣けばいいと思ってるなんて、言われたくねーだろうが」
「ッ……すみませ、」
「そんなんだったら、今度からおたくの会社の撮影、担当は男にしてもらうけど─────」
「─────お言葉ですけど」
え?
「女とか男とか、今は全く関係ない話だと思いますが、私が何か間違ってますかね?」
カツ、と。突然そんな聞き覚えのある声と高いヒールが近づいてくる音がして、私と若月さんの横をサッと通り過ぎていく。腰まである長いストレートロングにキッチリしたパンツスーツ、メガネはもちろんかけていない、薄化粧ではあるけれど目鼻立ちがハッキリした─────いや、まさか。
「あ、すみません。遅れました、今回ヘアメイクを担当させて頂く天海 圭と申します。撮影までにちゃちゃっと仕上げるんで、遅刻は許してもらえますかね?」
─────緑のジャージを脱いだ天海先輩が、そう言って姿勢良くプロデューサーに名刺を差し出した。