◇
「本日はよろしくお願いします!」
某有名スタジオにて。バレンタインテーマの新企画担当を任されて早2ヶ月。やっと形になったパジャマが上がってきて、今日は広告ビジュアル撮影。1月末発売と思うとかなりギリギリのスケジュールだ。
モデルを務めてくれるのは今若者に大人気の若手女優、中村舞ちゃんだ。
「あ、三上さん! 撮影前に中村さんに挨拶できるから控室行こう!」
「ええっ、私なんかがいいんですか?!」
「当たり前でしょ、今回のメイン企画担当なんだから」
「ううっ、ありがとうございます!」
広告宣伝部の若月さん(30代のシゴデキ先輩だ)から声をかけられて、おそるおそる着いていく。企画のサブ担当をしている時から、広告撮影のために芸能人に会うことはしばしば会ったけれど、自身がメインで挨拶するのは初めてだ。
「失礼しますー。中村さん、準備中すみません! 今回のバレンタインパジャマ、弊社企画メイン担当の三上がご挨拶したくて、少しよろしいですか?」
コンコン、と。中村舞ちゃんの控室をノックすると、すぐにその扉は開かれた。
「あ! た、大変お世話になっております、わたし今回企画を担当させて頂いた─────」
「三上ミミコさんですよねっ?! わたし、企画書読ませてもらったんです!」
「えっ?」
差し出した名刺ごとガッと両手を掴まれて、下げていた頭を思わずあげる。するとそこには、満面の笑みで目をキラキラさせる美少女─────こと大人気女優、中村舞ちゃんがいた。
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「今回お仕事のお話頂いた時、私すっごく嬉しくって! だって、私もともと『ange night』のパジャマが大好きなんです! 新作が出るたびにチェックしてて……」
撮影までまだ時間があるからと、中村舞ちゃんの圧に負けて、わたしと若月さんは控室に入れてもらい、なぜか一緒にお茶をしばいている。
机を挟んだ先、目をキラキラさせて話す中村舞ちゃんは、今回のバレンタインテーマである新作パジャマシリーズ、『for i』を身に纏っていて。
大手パジャマメーカーでも、同じ会社の中にブランドというのはいくつもあるもの。そんな数多のブランドの中でも、わたしが今担当しているのは、20代女性をターゲットにした人気ブランド『ange night』だ。女の子を天使に例えたモコモコ素材のシリーズが不動の人気を博している。季節毎に出す新作は、毎回テーマを変えることで売り上げを伸ばしていて。社内でも有数の人気ブランドで、パジャマブランドとはいえかなり多くの女性ファンを獲得しているのは誇らしい話。
中村舞ちゃんは確か今年で24歳。アンジュナイトのブランドターゲットそのものだ。普段から愛用してくれているのも納得がいく。
「アンジュナイトのパジャマ、勿論今までも大好きだったんですけど……今回の新作、特に大好きなんです! 三上さんが企画されたんですよね?」
「あ、はい、そうです……!」
「今までは、なんていうかこう、やっぱり彼ありきというか、相手ありきというか……夜も可愛く見られたい、みたいなイメージが多かったと思うんですけど、」
中村舞ちゃんがばさりと机の上に資料を広げる。今回のビジュアル撮影の為のコンセプト説明資料はもちろん、何故かわたしが各所に提出した企画書まで。
「いいですよね、今回のテーマ。バレンタインだから毎年彼向けなものが出るのに、”自分へのご褒美バレンタイン”─────いつも頑張ってる自分にバレンタイン、今の時代にすっごく合ってる!」
─────今回の新作シリーズ名、『for i』
好きな人にチョコレートを渡すバレンタインという特別な日。それは、異性相手ではなく、同性相手でもなく、自分自身へのプレゼントだっていい。
「仕事柄甘いモノも簡単に食べられないし、かと言って誰かバレンタインを渡せるような相手がいるわけでもないし、バレンタインなんて毎年蚊帳の外だったんですけど……この企画を見て、いつも頑張ってる自分へのご褒美でもいいんだと思ったら、なんだかすごく嬉しくて!」
中村舞ちゃんのキラキラした瞳に思わずぐっと吸い込まれそうになる。
伝わった。伝わってる。わたしの込めた気持ち。
わたしもそう。毎日仕事を頑張って、天海先輩とゲームをして、そんな大したことのない日常だけれど、”自分へのご褒美”なら、私だってバレンタインに参加できる。
「三上、よかったね。初メイン担当、頑張った甲斐があったじゃん」
コソッと隣の若月さんが私に伝える。企画サブ担当だった時からアンジュナイトの広告宣伝は若月さんがメイン担当してくれているから、私の頑張りをずっと見てくれていたひとりだ。こんなに嬉しいことってない。
「─────って、話すぎちゃって! そろそろ準備しなきゃ! 時間押してますよね!」
「あ、本当ですね。私達も長居しちゃってすみません」
「ていうか、今日ヘアメイクさん来るの遅いな……もうあと撮影まで30分しかないのに─────」
プルル、中村舞ちゃんの声を遮って私の携帯が鳴った。着信は珍しく天海先輩だ。
わたしは2人に片手でごめんなさいとポーズをして控え室を出る。天海先輩からかけてくるなんて滅多にないけど、多分三橋くんの限定クリアファイルの件だろう。
「本日はよろしくお願いします!」
某有名スタジオにて。バレンタインテーマの新企画担当を任されて早2ヶ月。やっと形になったパジャマが上がってきて、今日は広告ビジュアル撮影。1月末発売と思うとかなりギリギリのスケジュールだ。
モデルを務めてくれるのは今若者に大人気の若手女優、中村舞ちゃんだ。
「あ、三上さん! 撮影前に中村さんに挨拶できるから控室行こう!」
「ええっ、私なんかがいいんですか?!」
「当たり前でしょ、今回のメイン企画担当なんだから」
「ううっ、ありがとうございます!」
広告宣伝部の若月さん(30代のシゴデキ先輩だ)から声をかけられて、おそるおそる着いていく。企画のサブ担当をしている時から、広告撮影のために芸能人に会うことはしばしば会ったけれど、自身がメインで挨拶するのは初めてだ。
「失礼しますー。中村さん、準備中すみません! 今回のバレンタインパジャマ、弊社企画メイン担当の三上がご挨拶したくて、少しよろしいですか?」
コンコン、と。中村舞ちゃんの控室をノックすると、すぐにその扉は開かれた。
「あ! た、大変お世話になっております、わたし今回企画を担当させて頂いた─────」
「三上ミミコさんですよねっ?! わたし、企画書読ませてもらったんです!」
「えっ?」
差し出した名刺ごとガッと両手を掴まれて、下げていた頭を思わずあげる。するとそこには、満面の笑みで目をキラキラさせる美少女─────こと大人気女優、中村舞ちゃんがいた。
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「今回お仕事のお話頂いた時、私すっごく嬉しくって! だって、私もともと『ange night』のパジャマが大好きなんです! 新作が出るたびにチェックしてて……」
撮影までまだ時間があるからと、中村舞ちゃんの圧に負けて、わたしと若月さんは控室に入れてもらい、なぜか一緒にお茶をしばいている。
机を挟んだ先、目をキラキラさせて話す中村舞ちゃんは、今回のバレンタインテーマである新作パジャマシリーズ、『for i』を身に纏っていて。
大手パジャマメーカーでも、同じ会社の中にブランドというのはいくつもあるもの。そんな数多のブランドの中でも、わたしが今担当しているのは、20代女性をターゲットにした人気ブランド『ange night』だ。女の子を天使に例えたモコモコ素材のシリーズが不動の人気を博している。季節毎に出す新作は、毎回テーマを変えることで売り上げを伸ばしていて。社内でも有数の人気ブランドで、パジャマブランドとはいえかなり多くの女性ファンを獲得しているのは誇らしい話。
中村舞ちゃんは確か今年で24歳。アンジュナイトのブランドターゲットそのものだ。普段から愛用してくれているのも納得がいく。
「アンジュナイトのパジャマ、勿論今までも大好きだったんですけど……今回の新作、特に大好きなんです! 三上さんが企画されたんですよね?」
「あ、はい、そうです……!」
「今までは、なんていうかこう、やっぱり彼ありきというか、相手ありきというか……夜も可愛く見られたい、みたいなイメージが多かったと思うんですけど、」
中村舞ちゃんがばさりと机の上に資料を広げる。今回のビジュアル撮影の為のコンセプト説明資料はもちろん、何故かわたしが各所に提出した企画書まで。
「いいですよね、今回のテーマ。バレンタインだから毎年彼向けなものが出るのに、”自分へのご褒美バレンタイン”─────いつも頑張ってる自分にバレンタイン、今の時代にすっごく合ってる!」
─────今回の新作シリーズ名、『for i』
好きな人にチョコレートを渡すバレンタインという特別な日。それは、異性相手ではなく、同性相手でもなく、自分自身へのプレゼントだっていい。
「仕事柄甘いモノも簡単に食べられないし、かと言って誰かバレンタインを渡せるような相手がいるわけでもないし、バレンタインなんて毎年蚊帳の外だったんですけど……この企画を見て、いつも頑張ってる自分へのご褒美でもいいんだと思ったら、なんだかすごく嬉しくて!」
中村舞ちゃんのキラキラした瞳に思わずぐっと吸い込まれそうになる。
伝わった。伝わってる。わたしの込めた気持ち。
わたしもそう。毎日仕事を頑張って、天海先輩とゲームをして、そんな大したことのない日常だけれど、”自分へのご褒美”なら、私だってバレンタインに参加できる。
「三上、よかったね。初メイン担当、頑張った甲斐があったじゃん」
コソッと隣の若月さんが私に伝える。企画サブ担当だった時からアンジュナイトの広告宣伝は若月さんがメイン担当してくれているから、私の頑張りをずっと見てくれていたひとりだ。こんなに嬉しいことってない。
「─────って、話すぎちゃって! そろそろ準備しなきゃ! 時間押してますよね!」
「あ、本当ですね。私達も長居しちゃってすみません」
「ていうか、今日ヘアメイクさん来るの遅いな……もうあと撮影まで30分しかないのに─────」
プルル、中村舞ちゃんの声を遮って私の携帯が鳴った。着信は珍しく天海先輩だ。
わたしは2人に片手でごめんなさいとポーズをして控え室を出る。天海先輩からかけてくるなんて滅多にないけど、多分三橋くんの限定クリアファイルの件だろう。