時は進み12月中旬─────


「なんとなんと、明日このわたし、三上美々子初メイン担当のバレンタイン企画、ビジュアル撮影なんですよお!」
「へー、すごいじゃん、芸能人くるの」
「そーなんですそーなんです! なんとあの人気女優、中村舞(なかむらまい)ちゃんが広告モデルに決まりまして!」
「へー、よかったじゃん」
「ちょっと、聞いてるんですか!!」


 ピコピコ、私が一昨日持ってきた新作ゲームに夢中な天海先輩は、こちらを見向きもせずテレビに夢中になっている。残業後の午後21時半、今日も今日とてわたしは304号室の天海先輩の部屋にいる。
 『天海せんぱあい! 通りました! 企画!』と、バレンタインテーマの新作パジャマ企画書を鼻高々に見せたのは1ヶ月以上前の話。初めてのメイン担当は大忙しで、この1ヶ月は本当に怒涛の日々だった。仕事の合間を縫って天海先輩の元へやってくると、先輩は塩っぱいおにぎりだったり具沢山の味噌汁だったり、簡単な夜食を用意してくれたりして。口では早く帰れという癖に、天海先輩のそういう面倒見がいいところが大好きだ。


「……ていうか先輩って年中その格好してますケド、それ以外の服待ってます?!」
「ああん? うるせーな、こっち集中しろ!」


 今日も今日とて私が持ってきた謎の新作ゲーム。今日はバトルものなので天海先輩の好きそうなやつ。
 天海先輩。ノーメイクに緑のジャージと分厚いメガネにヘアバンド。長い黒髪は無造作に後ろでお団子に縛っている。大好きな天海先輩の通常装備。見飽きたその姿に安心感を覚えるけれど、一体天海先輩って何者なのだろう。(今まで疑問に思わなかったのもおかしな話であるけれど)
 私が仕事から帰ってくる時間にはいつもこの姿で家にいて、私が仕事に行く時間にはまだ布団の中ですやすやと眠っている。土日はどんな時間に行っても三橋くんのDVD鑑賞やオンラインお話会参加等、推し活に励んでいるし。
 あれ? なんだか今まで気にしていなかったけれど、天海先輩ってもしかして─────ニートなのでは?!


「あーー負けた負けた、やり直しだこんなの!」
「天海先輩……」
「ん?」


 私はゲームのコントローラーを手から離し、ガシッと天海先輩の両手を掴んだ。


「困ったらいつでも言ってくださいね! あの、ごはんとか、わたしいつでも奢りますから!!」
「……なんか目キラキラさせてるけどアンタまた変な勘違いしてない?」
「うっ、いいんですいいんです、自分から言いにくいことってあると思いますから! あっでも家賃が払えてるってことは実家からの仕送り……?! うーんそうなると意外と実家が太いタイプの……」
「はいはいはいはい、いーから続きやんぞ続き」


 ぺいっと私を引き剥がし、やれやれと肩をすくめる天海先輩。ここの家賃と光熱費が払えているということは、特段金銭的に問題はなさそうだけれど……。人生何があるかわからないもの。もし天海先輩に何かあったら、私が一生守ろう!


「ミミコミミコ、アンタしょーもないこと考えてないで自分の飯ぐらい自分で作れるようになれよー」
「ぎゃっ、わたしが家事苦手なことを何故知ってるんですか!」
「見ればわかるだろうがよ」


 くそう、天海先輩に弱みを握られてしまった。


「そーいえばアンタ、あのリリちゃんオタクとは最近どーなのよ?」
「どうなのも何も、あいつほんっっとにしつこくて……」


 そう、リリちゃんオタクこと私のお見合い相手、桑原幹人さんは、あのお見合いの日からどうやら私のことをひどく気に入ってしまったらしく、1日に1回必ずメッセージが送られてくるようになってしまった。


「ぎゃははっ、懲りないねえリリちゃんオタク」
「笑い事じゃないですよ! こいつ紳士なのかただのオタクなのか本当、長文メッセで何度も誘ってきて……」
「いいじゃんいいじゃん、そのうちラブのひとつでも起きるかもよ?」
「起きてたまるかー!!!」


 ぎゃははは、天海先輩が笑いながらゲームを再開させたのでわたしもやれやれとコントローラーを持ち直す。
 あ、そういえば明日は三橋くんが登場するゲーム「あいらぶゆ!」のコンビニコラボ初日だ。店舗限定クリアファイルを求めて明日は珍しく1日都内のコンビニを駆け回ると言っていた。天海先輩って外に出る時もこの緑ジャージなのかな。ゴミ捨てとか近くのコンビニに行くときは迷わずこの格好だけど。


「先輩、明日わたし港区限定の三橋くんファイル買っておきましょうか? 地域ごとにデザイン違うんですよね、アレ」
「み、ミミコ……アンタ神様ッ?!」
「ちょうどお昼あたりは撮影で日テレスタジオ付近にいるんですよお、その代わり明日、仕事終わったら合流して何か食べに行きませんか?」
「おー、珍しいじゃん。いいよ、ミミコの奢りね」
「ちえ、年下に奢らせるなんて!」
「稼いでるんだからケチケチすんな」


 やった。何気に天海先輩と外でご飯を食べるのは初めてだ。ここでウーバー◯ーツを頼むことはしばしばあるけれど。
 つまり、初めて天海先輩のよそ行きコーデが見られるというわけで─────わたしはどきどきわくわくしながら、再びコントローラーを持つ手に力を入れたのだった。