朝、目が覚めるとすぐにスマートフォンに触れる。
 少し前まで、そうするのは時刻を確認するためだった。僕は、たいていアラームが鳴る前に起きてしまう。布団の中でアラームが鳴るまでゴロゴロして、それから身支度を整え始める。
 かわり映えしない一日のスタートだった。
 だけど、新しい「友だち」が出来てから変化があった。時刻を見るよりも、まずメッセージの有無を確認する。
 毎朝、ちゃんと届いている。心の中で「遊馬くん、良い子」と思う。
 画面を見ながら、思わず口元がゆるむ。ラッコが動くスタンプだ。貝をひとつずつ数えて、数え終わったら『おはよう』と言いながら、つぶらな瞳でラッコがこちらを見る。
「おはよう……」
 寝起きの声が、無意識にこぼれる。
 かすれているけれど、ずいぶん嬉しそうな声だなと自分でも思う。
 遊馬くんと「友だち」になって、三週間が経った。
 自分が、少しずつ遊馬くんに執着していることに気づいている。朝は、こんな風に遊馬くんから先にメッセージが届くけど。それ以外は、いつも僕から送っている。返事を催促するのだってそう。
 お昼ごはんを「一緒に食べよう?」と誘ったのも僕からだった。
 もしかしたら、友だちという枠から逸脱しているかもしれない。
「どこまでが、友だちなんだろう……?」
 制服のボタンを留めながら、つぶやきがポツリと漏れる。
 特別に親しい友人がいない。恋人がいたこともない。だから、その境界線が分からない。
 自室を出ると、母がいた。狭いキッチンで忙しなく動き回っている。
「おはよう」
 母に声をかけてから洗面所へ向かう。
「あ、七穂。おはよう! 夜ごはん冷蔵庫にあるからね。温めて食べて」
 手を動かしながら、僕を見て母は微笑む。
「……うん。ありがとう。でも、わざわざ朝から作らなくていいよ。早く起きるの大変でしょう。僕だって作れるから」
 毎朝、夕食を作ってから母は仕事へ行く。残業で遅くなることが多いのだ。
「そんなこと言って。じゃあ、わたしはいつ七穂のご飯を作れるの? 朝はいらないって言うし、昼はカフェテリアで食べるって言うじゃない」
 困ったように笑う母が、キッンから顔をのぞかせる。
「そうだけど……」
 僕と母は、小さなアパートで二人暮らしをしている。少し前まで、大きな屋敷に住んでいた。広い家だった。いくつも部屋があって、お手伝いさんがいて。
 父のもとから逃れて、今の暮らしになった。
 母は当初、慣れない仕事で大変そうだった。けど、最近はけっこう楽しそうだ。
「七穂、早く家を出ないと遅刻するわよ?」
 母の声はとても明るい。
「……うん」
 僕は返事をしながら、母の手元を見た。食器を洗っている。袖口が、わずかに濡れていた。
 袖を下ろしているせいだ。少しずつ暖かくなってきたけれど、たぶん母はずっと長袖のままだと思う。
「行ってきます」
 そう言って、僕は玄関の扉に手をかけた。



 授業が終わったあと、僕は美術室へ向かった。
 渡り廊下を歩いている途中で遊馬くんを見つけた。校門に続く石畳を歩いている。帰宅するところのようだ。
 僕は、渡り廊下から身を乗り出して彼を呼んだ。小さく手を振ると、大げさにビクッとした。分かりやすくオロオロしている。
 ぎこちなく、ゆらゆらと手を振り返す遊馬くんを見て胸がいっぱいになる。温かくて、満たされた感じ。
 この感覚は、何だろう……?
 ぽかぽかした気持ちで遊馬くんを眺めていると、二人組の女子が視界に入った。
 遊馬くんに話しかけている。もちろん会話の内容は聞こえない。遊馬くんが、軽くうなずいた。
 それからスマートフォンを取り出す。女子のひとりも、同じく。
 その光景を見下ろしながら、体の中のぽかぽかが急速に冷えていった。
 遊馬くんは、さっきまで狼狽えていたのが嘘みたいだった。堂々としている。
 ……僕といるときより、ぜんぜん余裕があるね。
 何だか、とっても面白くない。
 あんなに狼狽えてたのに。今はむしろ、隣にいる女子が遊馬くんに対して意識をしている。
 浮足立って、遊馬くんをキラキラした目で見て。
 考えるよりも先に、足が動いた。
 その場を離れる。渡り廊下を歩いて、美術室へ行く。
 僕は、あの光景を見たくなかった。
 席に着いて、準備をしながら、自分が不機嫌であることが分かった。眉間に皺が寄っていることも。僕は、ひと差し指でグリグリした。
「あれは、きっと連絡先の交換をしてた……」
 僕のつぶやきが、ポツリと漏れた。
 今日の美術室は閑散としている。ゆるい活動方針なのだ。おかげで僕の言葉は、誰の耳にも届かなかった。
 連絡先は、僕だって知っているし。何より毎日やり取りしてるから。
 謎の対抗意識に自分でも戸惑う。同時にモヤモヤする。これは、初めての感情だ。
 ……あのラッコのスタンプ、僕以外にも送ってるのかな。
 だとしたら、イヤだな。想像したら、さらにモヤモヤが増えた。
 こういう日は、うまく描けない。
 軽くため息を吐きながら、窓の外を見た。真っ青な空に、灰色の雲が出現していた。
 雨、降らないといいけど。
 今日はたしか、晴れの予報だった。遊馬くんは、傘を持っていないはず。
 彼は電車通学だ。自宅に戻ってから着替えて、今度は別の沿線の駅に向かう。一駅先のオフィス街にあるカフェで、アルバイトしているのだ。
 遊馬くんのシフトを把握している。いつも乗る電車の時刻だって知っている。
 さっきの子よりも、僕のほうが遊馬くんと親しい。そう思ったら少し冷静になった。同時に、これは「友だち」といえるのかとも思う。
「嫉妬、なのかな……」
 あんなに、好きにならないと誓ったのに。
 空ではなく、窓の格子が目に入った。この美術室は旧校舎で、ちょっと凝ったデザインの鉄格子がはめられている。
 錆びた鉄格子を見ながら、僕は幼少期のことを思い出していた。
 僕が生まれ育ったのは、古い因習の残る山陰の田舎町だった。父は地元の有名な名士で、妻のほかに妾が何人かいた。母がそうだった。
 母の部屋には南京錠がついていて、窓には鉄格子がはめられていた。
 幼いころは、それが異常だとは思わなかった。
 父の機嫌がわるいとき、僕はよく殴られた。煙草の火を押し付けられたこともあった。今も背中に跡が残っている。でも、母はその比じゃなかった。
 袖口を上げられないのは、そのためだ。跡を隠すため。
 七穂という名前は、父がつけた。僕が父にとって、七番目の子どもだからだ。
 名前の「七」は生まれたときの番号で、成長するうちに別の数字が与えられるようになった。
 テストで良い点をとったり、絵画コンクールで賞をもらったりすると、数字の「七」は「六」になったり、「五」になったりした。
 数字は、きょうだいの序列をあらわす記号だった。
 大きな屋敷の中で、正妻や何人かの妾、きょうだい達の諍いは絶えなかった。
 嫉妬と、野心。
 父は、子どもに愛情を注ぐようなひとではなかった。きょうだいを競わせてそれを愉しむ悪癖さえあった。
 僕は子どもの頃、きょうだいの中では目立たない存在だった。これといって特徴のない、七番目に生まれた、ただの七穂。
 でも、絵に興味を持つようになってから、僕の数字は大きく変化するようになった。
 賞を取ってからは、より顕著になった。「五」は「四」になり、気づけば「三」になっていた。どんどん序列が上がっていく。
 それまで、僕に見向きもしなかった正妻の長男から「家から出て行け」と言われた。
『薄汚い、売春婦の子どものくせに』
 母を侮辱されることだけは許せなかった。気づいたら、怒りのままに長兄に掴みかかっていた。結局は、体格差があってなにも出来なかったけど。
 もしかしたら彼は、自分の立場が危うくなると思ったのかもしれない。ずっと「一」は、長兄のものだったから。 
 きょうだいが争うのも、正妻と妾が憎しみあうのも、全ては父のせいなのだ。
 父のようにはなりたくない。同じ血が流れていることが怖い。恋人を作らないと決めているのは、好きなひとに優しくできるか自信がないから。
 傷つけるかもしれないのなら、ずっとひとりで良い。そう思っている。



 昼休みのカフェテリアで、僕は今日もクロワッサンサンドを頬張っている。
 相変わらずサクサクで美味しい。最後に残った端の部分を口に放り込む。隣に座っている遊馬くんは、唐揚げ定食をチョイスしたみたいだ。
「美味しい?」
 僕が訊ねると、味噌汁に口をつけながら遊馬くんがうなずく。
「美味しいですよ。唐揚げ、よかったら食べますか?」
 僕は首を横に振った。
「クロワッサンサンドの余韻に浸りたいから」
 遊馬くんが「余韻って」と言いながら笑う。
 ……ちょっと、余裕だね。
 もっとビクビクしていたのに。少しは慣れたのかな?
 試しに、ちょっと実験してみることにした。
 椅子に座りなおし、遊馬くんのほうに近づく。お互いの腕が触れ合う距離だ。ぴったりと寄り添って、遊馬くんにもたれかかる。 
「んぐっ……!」
 ご飯が喉につまりかけたらしい。慌ててお茶を飲んでいる。
 じっと彼を見る。お茶を持つ手が震えていた。
 僕は素知らぬふりをして、遊馬くんに話題をふった。
「バイト中って、お客さんに声をかけられたりするの?」
 以前から気になっていたのだ。
 遊馬くんはモテる。たぶん、いやぜったいに。なんといってもイケメンだ。おまけに長身。これは、かなり強い武器だと思う。
「普通に『お水ください』とか言われますけど……?」
 そうじゃなくって。
「遊馬くんにだけ、やたら話しかけてくるひといない?」
 彼を目当てに通っている客がいないかチェックするのだ。……友だちとして。
「え、俺だけですか? うーーん……」
 かなり考えている。これだけ考え込むということは、思い当たるふしがないということだろう。
「いないと思います」
「そう? なら良いけど……。あとは、シフト。シフトが頻繁に被る子はいる?」
 遊馬くんに思いを寄せているスタッフがいる可能性も捨てきれない。なんといっても長身イケメン。そして爽やか。唐揚げ定食のメインである唐揚げを分け与えようとする優しさも持ち合わせている。
 ちなみに、僕ならぜったいに渡さない。たとえ端っこでも、クロワッサンサンドは一ミリもあげない。
「だいたい被ってますよ」
「どうして?」
 僕は余裕の笑顔で問う。
 余裕のはずなのに、こめかみの辺りが謎にピクピクしている。
「少人数でシフトをまわしてるので」
「ふうん。……行ってもいい?」
 遊馬くん狙いの子がいないか、チェックしに行きたい。
「え? い、いいですけど……」
 ちょっと、なんでそんなに渋々なの。
「イヤなの?」
 こめかみのピクピクが加速していく。
「そうじゃないですけど。でも、働いてるところ見られるの緊張するじゃないですか」
 唐揚げをもそもそ食べながら、遊馬くんが目を伏せる。
 可愛いなーー!
 そんなに恥ずかしいなら、むしろ行くしかない。
「……二週間だけ待ってもらえませんか?」
 え、なんで?
「いいけど」
 疑問に思ったけど、聞けなかった。遊馬くんが、真剣な顔をしていたから。
 僕は、ジリジリと日が経つのを待った。そして二週間後。
 美術室に少しだけ顔を出してから、学校を後にする。電車に乗ってオフィス街へ向かう。
 カフェは駅の構内にあった。おしゃれな外観だ。
 扉を開けると、女性スタッフが僕に気づいた。
「いらっしゃいませ」 
 席に案内されながら、遊馬くんを探す。どうやらキッチンのほうにいたらしく、僕を見つけて飛んで来た。
 ご主人様に忠実な大型犬みたいで可愛い。
「その制服、格好良いね」
 白と黒のカフェユニフォームが遊馬くんに似合っている。
「え、そうですか? でもこれ、ほとんど学校の制服みたいですよね。白シャツに黒のパンツって」
 遊馬くんがきょとんとしている。
 シンプルだから、似合ってるんだよ。
「もともと格好良いひとは、シンプルなほうが似合うと思う」
「ちょ、そんな冗談言って……! 揶揄わないでくださいよ」
 遊馬くんが恥ずかしそうにしている。冗談じゃないんだけどな……。
 僕は、メニュー表を手に取った。
「あ、七穂さん」
「なに?」
「注文なんですけど。カプチーノとカフェラテ、どっちが良いですか?」 
 メニュー表を眺める僕に向かって、遊馬くんが訊ねる。
「二択なんだ?」
「できれば」
 遊馬くんは、やたら真剣な顔をしていた。何かしらの企みを感じる。
 楽しそうなので、僕は乗ることにした。「いいよ」と了承する。
「じゃあ、カフェラテをおねがいします」
「かしこまりました」
 僕からオーダーを受けた遊馬くんは、すたすたとキッチンに戻っていく。
 何が始まるんだろう……?
 わくわくしながら待っていたら、遊馬くんがカフェラテを運んできた。テーブルにカップが置かれた瞬間、僕は思わず声を上げた。
「か、可愛い……!」
 ラッコの絵が描かれていた。大事そうに貝を抱えている。もちろん、つぶらな瞳で。
「これ、ラテアートだよね?」
「はい。ずっと練習してました」
 そうか、これを僕に見せたかったのか。
「それで『二週間だけ待って』だったの?」
「はい」
「上手だね」
 僕に褒められた遊馬くんは、すごく嬉しそうだ。
 遊馬くんはご主人様に忠実なわんこだから、ご褒美をあげたい。よしよししてあげたい。
 でも、残念ながら店内なので出来ない。
 それにしても、可愛いラッコだなと思う。口をつけるのがもったいない。とりあえず撮っておきたい。
「これ、撮影しても大丈夫?」
「もちろんです」
 許可をもらえたので、思う存分スマートフォンでパシャパシャする。
 ラテアートは、エスプレッソにミルクを注いで、カップの表面に絵や模様を描くこと。
「そういえば、カフェラテとカプチーノって、ちょっとだけ似てるよね」
「材料は同じですよ」
「そうなの?」
「カプチーノのほうが、ミルクのフォームが多いんです」
「フォームって?」
「泡です」
 なるほど。そういえば、カプチーノは泡がいっぱいのイメージかも。
 遊馬くんがスタッフに呼ばれて、キッチンに戻った。僕はじっくりとラッコを観察してから、カップに口をつけた。
 優しい泡とミルク、それからほのかな苦み。
 あ、このラテ好きなやつだ……。
 クロワッサンに合う。ぜったい相性が良いと思うな。
 ほんわかした気持ちでいると、ふいに女性スタッフたちの声が聞こえた。
「水村くんって、いつも格好良い感じなのに。今日はなんか可愛いよね」
「分かるーー! 雰囲気ぜんぜん違うもん」
「ずっとニコニコしてるよね~~!」
 きゃいきゃいと盛り上がっている。
 あーー、はいはい。モテてるんですね。
「友だちが来てるからじゃない?」
 僕のことだな、と思うのと同時にチクリとする。
 友だち。確かに、そうなんだけど。他人に言われると、なんか違うなって思う。
 違和感があるような、しっくりしないような。
 カウンター内で作業する遊馬くんを、じっと見つめる。遊馬くんが僕の視線に気づくことはなかった。
 けっこう忙しそうに動き回っている。カウンター席のお客さんから声をかけられて、オーダーをとったり、新しい水を渡したり。
 それにしても、カウンター席のひと、近くにフロア担当の女性スタッフがいるのに、なんでわざわざ遊馬くんに声かけてるんだろう。
 というか、なんでカウンター席は女性客ばかりなんだろう……?
 僕は、周囲をちらりと確認した。テーブル席にいるお客さんは、ほぼ100%の確立でPCを広げている。そしてひたすら画面に集中している。オフォス街ならではの光景だ。
 反対に、カウンター席のお客さんはソワソワしている。ちらちらと遊馬くんを目で追っているのだ。
 こめかみのピクピクが全開になる。
 いくらなんでも、モテすぎじゃない?
 せっかく美味しいカフェラテを堪能していたのに。幸せな気分が霧散していく。
 ラテを飲み干して、僕は席を立った。
 カウンター内にいる遊馬くんと目が合ったので、「帰るね」と目で合図した。
 びゅん、と忠犬が飛んでくる。
「どうしたんですか?」
「なにが?」
「笑顔が怖いんですけど……」
 張り付いた笑顔だということは、自分でも分かっている。でも認めたくはない。
「いつもと同じだよ」
 そう言って、僕はムリに口角を上げた。



 カフェから自宅に戻って、ベッドに倒れ込む。
 何度か寝がえりをうっていると、遊馬くんからメッセージが届いた。
『今日はありがとうございました』
 どうやら、勤務が終わったらしい。『お疲れさま』と返信する。
『遊馬くんは嘘つきだね』
『え? な、なんですか?』
『話しかけられてたじゃない』
 頻繁に「お水ください」と言われていた。わざわざ遊馬くんを呼んでオーダーしていた。 
 まったく自覚がないようで、ラッコが「?」と掲げたスタンプが届く。
 可愛いラッコが、今は少しだけ憎らしい。
 ……遊馬くんにだけ言ってるの、気づいてないんだね。無自覚なわんこだな。
 けど、あまり嫉妬してはいけない。イライラを遊馬くんにぶつけるのも違う。だって、彼は仕事をしているだけなんだから。って、いや嫉妬ってなに。
 僕は、嫉妬しているのか。
 そのワードに衝撃を受けて、しばらく呆然としてまった。
 新たなメッセージに気づいて、なんとか正気に戻る。 
『もうすぐ夏休みですね』
 唐突に、遊馬くんから夏休みの話題を振られる。
『ラッコって可愛いですよね』
 かと思えばラッコの話だ。
『七穂さんにも都合があると思うんですけど』
 立て続けにメッセージが届く。
 あ、これは。これは間違いなく下書きをしたやつだ。
 遊馬くんは文字を打つのが遅い。フリック入力したらおかしな文章になる。それなのに、今のところ誤字脱字は見当たらない。
『でも、夏休みのぜんぶは予定ないですよね?』
『俺もラッコのことは可愛いと思っているんです』
『それで、何となくラッコのことを調べていて』
『水族館を見つけたんです!』
『実際に泳いでるところ見たいなと思って』
『良かったら夏休みに行きませんか』
 怒涛の連続メッセージ。これを、ちまちまと下書きしていたのだ。その姿を想像したら、思わず笑みがこぼれた。
 ベットの中でくすくすと笑う。胸が苦しい。痛いくらい苦しいのに、笑顔になってしまう。
『遊馬くんは、誘うのがへたくそだね』
『下手でしたか……』
 しょんぼり具合が文面から伝わってくる。
『水族館いつ行く?』
『え、良いんですか? 誘い方へたくそなのに?』  
『へたくそのほうが良いよ』
『そんなことあります?』
『上手だったら慣れてるってことでしょ』
 スマートに誘われていたら、僕のこめかみが反応する案件なので、へたくそで良い。