朝、外の天気を確認しようと思い、居間の窓から外を眺めていた。すると由希くんが大きな袋を持って、よいしょよいしょと歩いていた。動向が気になり、いつものようにこっそりバレないよう、うちの灰色のカーテンに身を潜め、眺めていた。

 ちなみに心の中では由希くんと呼んでいるけれど、実際は綿谷と呼んでいる。

眺め続けていたら、うちの駐車場に、盛大に、土を、ばらまいた!

「あっ、由希くん……」

 由希くんは一分以上、立ったままフリーズしていた。

助けるべきか、否か。かなり迷う。でも俺が行くと余計なお世話か?……いや、由希くんなら「お手数お掛けしてごめんなさい、ありがとう」と思ってくれる。例え俺が由希くんに嫌われているとしても。今すぐに、助けたい。でも、しばらく由希くんとの会話は、挨拶しかしていないし……挨拶以外でこっちから話しかけるのは緊張する。そして会話が弾まなくて、気まずい思いをさせてしまうところまで予想ができる。

どうしよう……しばらく眺めるも、まだ由希くんは動かない。

――話しかけてみようか。

 意を決して、そっと家のドアを開けた。開けた瞬間に由希くんと視線が合った。

由希くんは俺の姿を見た途端、急に慌てて動きだす。そして必死に土を手ですくい、袋の中に戻そうとしだした。明らかに俺にみつかってしまったから動揺している。そんなふうに、手だけで戻そうとしていてもなかなか終わらないだろう。しかもなんか由希くん、泣きそうだ。由希くんの涙を見るのは、嫌だな――。

 とっさに思い浮かんだのは、俺の部屋のクローゼットにあった、小さいシャベルだった。それから、たしか綿谷家の物置に、畑用のシャベルがあったような気がするな、と。

 ふたつ準備した後は、話しかけるの緊張しているせいで、いつもよりも更に早くなる心臓を落ち着かせる。そして「これ、使ったらすくうの楽になるよ」と、心の中で話しかけながら由希くんに小さい方のシャベルを渡した。気まずさを感じたのか、思い切り目をそらされた。

 胸の真ん中辺りに深いダメージを受けたけれども、由希くんひとりじゃ大変そうだから、畑に土を入れる作業まで一緒にやった。

作業が終わり家の中に戻ると、そっと俺は外を覗いていた。由希くんが無事に家の中に入るのを確認すると、ほっとする。それから、由希くんとの共同作業を、ひとつひとつ振り返った。由希くんの小さなシャベルで土をザクザクしている瞬間や頬についた土を払う仕草、必死な姿が可愛かったな。

――一緒に作業をする時間は、全てが幸せだった。

特に、最後にくれた「光田くん、すごいね。光田くんのお陰であっという間に駐車場が綺麗になった!」と、由希くんが言ってくれた言葉と微笑む表情が一番心に残り、しつこいくらいに何度も脳内に響き渡った。

――今日の由希くんも、小さくてふわふわしていて、本当に可愛かったな。

ぼんやりと居間で、休日に観ようと思っていたホラーの映画をテレビで流した。だけど映画には一切集中できない。さっきの余韻が消えなくて、由希くんと一緒に土の作業をした時のことばかり考えてしまう。もう少し作業中に話しかければ良かったなとか、作業後の去り際が、あっさりしすぎて不自然過ぎたかなとか……。

 本当は由希くんと上手に交流をしたいけれど、由希くんと目が合うだけで心臓が苦しくなって、息をするのが難しくなる。

これは、由希くんに対してだけに起こる現象だ。ただの緊張ではなくて、もしかして、アレルギーや病気なのか――? 

テレビをぼんやり眺めながら、由希くんのことを考えていた時だった。窓の外で一瞬、由希くんの残像が見えた気がした。視線の端で、左から右にスーっと。由希くんの幻想が見えるほどに考えてしまっていたのか? いや、本物の由希くんかも知れない。画面の中にいるゾンビなんかよりも、由希くんの方が気になりすぎた。

 残像が消えた後、うちの郵便ポストの開閉音が、ガゴンと聞こえた。やっぱり、本物の由希くんか。

 由希くんがうちのポストに何か、入れたのか?

カーテンの隙間から再び、由希くんにバレないように急いで外を覗く。由希くんが綿谷家の方向にふわふわと歩いていた。そして一〇一号室に入った気配を、ドアの音で確認する。俺は慌ててうちのドアを開けた。緑色のポストの上にある蓋を開き覗くと、赤いトマト柄とピンクのギンガムチェックが合わさった可愛めな封筒がちょこんと中に入っていた。

 封筒には『光田律くんへ、綿谷由希より』と書いてある。

 これは俺宛てなのか……?

封筒の宛名だけですでに、胸が高まってきた。由希くんが俺の名前をフルネームで書いてくれている。名前を書いている瞬間は、相手の顔を思い浮かべる可能性が高い。由希くんも、俺のことを思い浮かべながら名前を書いてくれたのか? 居間にある黒いローテーブルに封筒を置くと、しばらく封筒を見つめた。

――さて、封を切ろう。

 ハサミで封筒の上部分を丁寧に切り、封筒から一枚の手紙を出した。便箋は封筒とお揃いのトマト柄。由希くんっぽくて可愛い、そして字も可愛い。

『光田くんへ さっきはお手数お掛けしました。光田くんの家の駐車場に土をばらまいてしまってごめんなさい。そして片付けるのと、土をふかふかにする作業を手伝ってくれて、ありがとうございました。作業が終わった時に直接お礼を言いたかったけれど言えなくて。この手紙、迷惑だったら捨ててください。』

 さっき俺と由希くんが外で分かれた瞬間も、完全に覚えている。由希くんが直接、俺にお礼を言えなかったのは、俺がささっと自分の家に入ってしまったからだ。もっと外に、由希くんと一緒にいれば良かったな。

――こちらこそ、手紙を書かせてしまうお手数をお掛けして、ごめん。

 手紙を鼻の近くに寄せると、由希くんの家の匂いがほのかに香る。最近は、嗅げていないけれど、昔から俺の大好きな香りだ。由希くんの母親がお菓子を作るのが好きで、その影響なのか由希くんの家の中はいつも甘い香りがしていた。

 捨てない、こんな貴重な宝を、捨てるわけがない――。

 由希くんの文字を見つめていたら、浮かび上がってくる。由希くんが申し訳なさそうな表情をしながらこの手紙を書いている姿が。俺の胸が、熱くなった。何回も読み返し、手紙をギュッと抱きしめると自分の部屋に行った。

 そしてクローゼットの中にある、由希くんとの思い出がたくさん詰まっている白い箱に、手紙もしまう。

――そういえば、ずっとこの中にあった由希くんのシャベル、さっき由希くんのところに戻ったな。

 今思い出したけど、そういえば、シャベルについて質問された気がする。だけどさっきは余裕がなくて、答えられなかった。なんか、無視する感じになってしまった。由希くんにとっての俺のイメージが今以上悪くなったら、嫌だな。

 さっき返したシャベルは、小さい頃にふたりが一緒に遊んでいた公園で、由希くんがなくしたシャベルだ。遊びが終わって、家に着いてからないことに気がついて、公園に戻った。だけど、探してもなかなか見つからなくて。ずっと心に残っていて、数年後になんとなくひとりで公園をさまよい、探していたら見つけた。小さな木がたくさん並んでいるところの隙間にあった。でも、見つけた時にはふたりの間に壁があったから、由希くんに知らせることも、渡すこともできずにいた。

 この箱の中には、昔ふたりでやりとりした交換日記や由希くんが描いてくれた俺の似顔絵、フェルトで作ってくれた可愛いうさぎも入っている。

そう、幼い頃ふたりは本当に仲が良かった。だけどこの箱の中にあるのは、良い思い出のものばかりではない。由希くんと俺との間にわだかまりができた原因のものもある。

 枯れたきゅうりの葉が挟まっているしおり。それを眺めながら、あの日のことを思い出した。

――由希くんを泣かせてしまったあの日のことを。



 その事件が起きたのは、小学四年生の時だった。

 毎年鉢植えでミニトマトを育てていた由希くんは、初めてミニトマトときゅうり、花を畑に植えた。

 由希くんは優しく苗に話しかけ、ふわりと繊細に扱い、苗を大切にしているのがひしひしと伝わってきていた。

「元気に、大きく育ってね!」

苗を見つめる由希くんを、隣でそっと見守る時間が、好きだった。天気が良くて、でも由希くんに出かける用事があって苗に水をやれない時には、代わりに水やりをやろうと真剣に考えてもいた。

 由希くんの大切な苗を守るために――。

「この畑、ふかふかで気持ちよさそうだな」なんて言った時には、すごく嬉しそうに頷いてくれた。畑に関わることの全てに幸せを感じていそうで。由希くんが幸せそうだったから、畑で過ごす時間は、俺も全てが幸せで楽しかった。

「律くん見て、昨日よりも成長したよ」
「そろそろ葉っぱの赤ちゃんが増えると思うよ」

朝、畑の様子を確認してから一緒に小学校に登校していた。由希くんは目を輝かせながら、鉢植えで育てていた時の知識もおりまぜて、色々教えてくれた。

 正直、苗にあんまり興味がなかったけれど、由希くんのお陰で俺も苗の成長が楽しみになった。

その年にすぐ枯れてしまって、実のならなかったきゅうりの苗も「絶対に美味しくなるよ! 一緒にマヨネーズつけて食べようね」って誘ってくれていて、一緒に食べるのも楽しみだった。

 でも、植えて間もない時に急に寒い日が続いてしまった。由希くんが「みんな、大丈夫かな?」って心配していた時に、俺は「大丈夫だよ、きっと」なんて、軽く無責任な返事をしてしまっていた……。実際、大丈夫ではなかった。あの時、何か枯れない対策を調べて、考えて。実行していれば良かったんだと、今でも後悔している。

 きゅうりの苗が、寒さのせいでみるみる弱っていった。葉っぱが黄色くなりしおれていき、茎がぐにゃっと倒れて、完全に、枯れてしまった。

 由希くんは、畑の前でそのきゅうりの苗をじっと見つめていた……悲しそうな目で。

「また復活するよね? 復活してね」と、枯れた葉っぱをなでるようにそっと触っていた。

 俺はその姿を見て胸が痛くなり、苦しくなった。
 
 由希くんが悲しむ姿を見るのが、耐えられなくて――。

 きゅうりが枯れた時、図書館へ行き家庭菜園の本を片っ端から調べた。もしかして苗が病気になっていて、育てる環境や水のあげる量を変える、もしくは、薬があってそれを苗に与えれば、完全に復活する可能性はゼロではないんじゃないか?と。

もしも復活する方法を見つけて実行すれば、由希くんの悲しい気持ちはなくなるし、喜んでくれる。

だけど結局調べても、由希くんの苗と、本に載っていた病気の苗の写真は、見た目が違った。むしろ、枯れた苗の例の写真が載っていて、それと由希くんの苗は全く同じだった。調べて、きゅうりの苗が生き返るわずかな可能性はないと知った。

 大切に育てようとしていたきゅうりの苗を失った時の由希くんの気持ちと、苗がしおれる少し前のじいちゃんが亡くなった時の俺の気持ちを、重ね合わせた。公園でサッカーを教えてくれた、俺の大好きなじいちゃんの笑顔は、お葬式の冷たい棺の中では消えていた。生き返らないとわかっていても、心の中で「久しぶりに一緒にサッカーをしよう? 俺、上手くなったから見てよ」「じいちゃん元気になって?」と、ずっと話しかけていた。

 もしかしたら、俺みたいにもう会えないのを知った上で、願う言葉を口にしていたのかもしれないし、本当に復活するかもと由希くんは信じていたのかもしれない。由希くんの気持ちは確認
できなかったけれど。

 由希くんの表情や言葉を見つめていると、俺は、いてもたってもいられなくなった。

このまま由希くんが枯れた苗を見て、毎日泣きそうな顔するくらいなら、枯れた苗を抜いて捨ててしまう方が、いいんじゃないか――?

 俺は原因を取り除く決心した。由希くんが学校に行ってる間に、こっそりときゅうりの苗を抜いて捨ててしまおうって――。後から新しい苗を俺のお小遣いで買って、枯れた苗があった場所に植えれば、由希くんもまた苗を眺めながら成長を楽しみ、笑ってくれるかもしれない。

 そして、最悪の日となってしまった日。

 その日は、いつも一緒に帰っていた由希くんに、家の用事があるからと言い、すぐに走って帰った。

 ランドセルを背負ったまま、こっそり急いで畑に向かう。誰もいないのを確認して、枯れたきゅうりの苗をそっと抜いた。枯れていたから土にしがみつく根の感触は少しもなく、あっさりと抜けた。

 枯れた根を土から引き抜いた瞬間、指先に何かが引っかかるような違和感が走った。胸の奥がずんと重くなり、モヤモヤとした痛みが広がる。

「これでいい…これでいいんだ……」

自分に言い聞かせるように呟く声は、弱い風にさえも負け、散って消えそうだった。だけど、自分の行動を認めようとする声は止まらない――本当にこれで、由希くんの笑顔を取り戻せるのだろうか?

抜いた苗をティッシュに包み、部屋のゴミ袋に入れてしまえば、跡形もなく消える。由希くんには、自然のサイクルに従い、土に還ったのかもねと言えばいい。だけど本当にこれでいいのだろうか。

すぐに部屋に行けばよかったものの、頭の中がモヤモヤとし、畑の前で考え込んでしまった。

「律くん……何してるの?」

 背筋が凍った。由希くんの低い声が背後から突き刺さる。振り返ると、ランドセルを背負ったままの由希くんが眉尻を下げ口を開けたまま立っていた。小学四年生の時の記憶だけど、その時の由希くんの声、表情をはっきりと覚えていて、今も夢に由希くんのその姿が現れる。 由希くんの声は怒りで震えていた。

「きゅうり、まだ復活するかもしれないのに……。なんで、抜いたの?」

由希くんの目からは涙が溢れ、ぽろぽろとこぼれてくる。

「意地悪な律くんなんて、嫌だ。嫌い……」
「意地悪したわけじゃなくて……」

事情を説明して、謝りたかった。でも、言葉が喉に詰まり、まるで岩のように重くなっていく。頭が真っ白になる。由希くんが俺に絶望する様子を見せるたびに、許される方法を考えるほどに、心が凍りついてきた。

 「嫌い」。

由希くんの言葉が、鋭い刃のように胸に突き刺さった。俺の心は切り裂かれていく。息が詰まり、視界が滲む。

 痛い。苦しい。悲しい――。

すべての負の感情が波のように押し寄せ、俺を飲み込んだ。由希くんの涙と言葉が、俺の心を締め付けた。

――由希くんに嫌われた。俺が勝手に苗を抜いたせいで、由希くんを傷つけた。さっさと部屋に行けば良かったな。いや、勝手に抜かなければ良かった? 気持ちを伝えて、捨てようとする前に相談すれば良かった?

 意地悪をしたくて、抜いたわけじゃない。
 由希くんのために、そうしたんだって。

 早く誤解を解かないと……嫌われたくない――。
  
「由希くん、俺……その、悲しむのが嫌だったから……」

 謝ろうとしたけど、言葉が喉に詰まってしまい、上手く伝えられない。どうしようと考えるほどに頭の中が真っ白になっていき。

 由希くんは、泣きながら走って家に帰ってしまった。俺は畑の前で一人、呆然と立ち尽くした。

いつもは俺が朝、由希くんを迎えに行き一緒に登校する。学校に向かう時に気持ちをきちんと伝えようと決め、言葉を頭の中でまとめて、なんども伝える練習をした。だけど次の日の朝、迎えに行くと「由希、もう学校に行ったよ」と、由希くんの母にそう伝えられた。由希くんはもういなかった。玄関では当たり前のように毎日笑顔を見せてくれていたのに――

下校の時間も一緒に帰っていたのに、由希くんは俺を素通りして、ひとりでささっと帰っていってしまった。

その後も結局、由希くんに嫌われてしまった俺は、由希くんに何もできないままでいた。数日経つと、由希くんの母が新しいきゅうりの苗を買ってきたのか、新しく元気なきゅうりの苗が畑に植えられていた。

あの日以来、ふたりで遊ぶこともなくなり、俺も先生から勧められてサッカークラブに入ったから、同じアパートに住んでいて同じ学校に通っていること以外、接点はなくなった。由希くんは俺と目を合わせてくれなくなったし、本当に話すこともなくなった。気持ちはずっと沈んだままでいた。



 嫌われた日から月日が経ち、俺たちは中学生になった。しばらく何も変わらずに過ごしていたけれど、変化が訪れた。ある冬の日の朝だった。家のドアを開けると、タイミングよく由希くんも同時に家のドアを開け、俺たちは目が合った。

「お、おはよう」

 勇気を出して挨拶をしてみた。すると目を一瞬しか合わせてはくれなかったけれど「おはよう」と、ふわりとした声で返してくれて。

――俺は由希くんに、ドキッとした。

「綿谷……」

もっと話をしたくて、呼び止めようとした。でも何を話せばいいのだろう。心臓の鼓動がどんどん早くなり、これ以上は何も話せなくなってしまった。呼び止められた由希くんは困った顔をしてうつむいた。ベージュのマフラーを両手でギュッと握りながら、フリーズしていた。

迷惑かなと考え、俺は早歩きでその場を離れた。歩きながら思い切り白い息を吐いた。そして冷たさに似合わない青空を仰いだ。

久しぶりに俺のために発してくれた声、困ったような表情……。由希くんを思い出すだけで、淡い桃色のような、不思議な気持ちになっていた。

そしてなぜかあの時、ギュッと心臓が締め付けられて、由希くんに対して初めてドキドキした。そしてそれからは由希くんが近くにいるだけでドキドキして心臓が苦しくなっている――。

挨拶を返してくれた。それだけで気持ちが跳ね上がるほどに嬉しくて、一日中ずっと由希くんの挨拶が頭の中でリピートし、その日は全てが調子よく過ごせた。それは、由希くんに嫌われていることを一瞬忘れるほどだった。



 と、そんな過去が、俺と由希くんとの間にはあった。枯れたきゅうりの葉は、結局捨てられなくて、由希くんには伝えられないままこうしてしおりに挟んである。

 由希くんからもらった手紙の返事を書いて、手紙は迷惑じゃないから絶対に捨てないって伝えようか。手紙を渡して、由希くんに嫌がられないかな? 由希くんは優しいから受け取ってくれるとは思うけど、迷惑じゃないかな? やっぱり書くの辞めようかな。でも、もし書かなかったら、明日からもふたりは挨拶しかしない、今まで通りの毎日だ。

 迷ったあげく、俺は手紙を書くことにした。

 まずは、手紙を書く便箋と封筒が必要だ。でも可愛い便箋なんて、持ってないな。スマホを持つと、ネットで可愛い便箋のイラストを探した。どれがいいかな。由希くんはトマトの便箋でくれたけれど。畑繋がりで、きゅうりはどうだろうか。『きゅうり』『可愛いイラスト』『便箋』で検索していくと、由希くんみたいにふわっとした水彩画のきゅうりのフリーイラストが描かれた便箋と封筒を見つけた。早速、画像をプリンターに送り、印刷した。印刷されたきゅうりをしばらく眺めた。

――ずっと心残りな、嫌がらせできゅうりの苗を抜いたんじゃないって誤解のことも書こうかな。

 しばらく書く内容がまとまらなくて悩む。由希くんのことになると、本当に悩んでしまう。