翌日、岩本から焼却炉前に呼び出され、正式に謝罪された。
 ばつが悪いのだろう、岩本は俺から顔を逸らしている。俺はと言うと、窓井に癖のことを指摘されてからというもの、岩本を意識してしまい、まともに顔を合わせることができない。
 あのさ、と岩本が話題を切り出す。

「もしも俺が止めなかったら、あんたは吉見にオーケーを出したのか?」
「……いや」

 俺はおもむろに顔を上げた。ちょうど岩本もこちらに顔を向けており、互いに目を合わせる格好となった。耳が熱い。

「断るつもりだった。吉見とは付き合う気なんてなかったから」
「……そうか」

 岩本の表情が軟化した。初めて見る表情だ。手芸部で見る顔とも違う。
 俺は口許を押さえた。駄目だ、ニヤけてしまう。これが興奮時の癖だと意識すると、余計に顔が熱くなる。

「……あんた、まだ回復してないんじゃないか?」

 岩本がずいっと身を寄せてくる。

(顔が近い! 目と! 鼻の! 先ィ!!)

 ヘビに睨まれたカエルのように身体が硬直する。最早空気越しの間接キスだ。乱暴な口づけだ。こういう時に適切なことわざを俺は知っている。
 一寸先は岩本――俺の運命は岩本に委ねられている。

(さはれっ!!) ※ 古語で『どうとでもなれ』の意。

 目をきつく(つむ)り、恐る恐る薄目で開く。
 岩本は俺の額に手を伸ばし、触れる寸前で力なく下ろした。

「……すまない。懲りずにまたやっちまうところだった。もう反省した。金輪際あんたには触らないよう気をつける」

(はあっ!? 触るのが礼儀だろッ!!)

 俺は岩本の手首を掴み、自分の額に押し当てた。岩本の身体がビクッと跳ねる。

「全・快・し・ま・し・た! ほら! 熱くないだろ!?」
「……い、いや、熱いんだが」

(恥っず……!)

 俺は岩本に何を求めているのだろう。『確かに熱はないな。……おや? 俺を見る目が熱っぽいぜ、百瀬?』とか言ってもらいたかったのだろうか。
 解釈違いだ。消えろ、俺の中の悪魔。
 俺の額に手を当てながら、岩本が戸惑いをあらわにする。

「なぁ百瀬、いつまでこうしてるつもりだ? 何つうか……恥ずかしい」
「うるせぇ!! 俺だって恥ずかしいよ!!」
「なら放せばいいだろ……!?」

 それはそう。
 俺は岩本の手を解放した。だが、岩本の手が俺の額から離れることはなかった。俺の鼓動が加速してゆく。

(あれ? 頭かち割られる? これ大丈夫?)

 こめかみから冷や汗が垂れてゆく。俺の生死は岩本に委ねられている。

「……不思議な感じだ。いつもなら触れただけで骨を折っちまうのに、あんたはこうして生きている。昨日だって、あんたじゃなかったら、今頃俺は塀の中だ」

 不穏なワードの数々に顔が引きつってゆくのを感じる。我慢だ! 今ここで不安をあらわにすれば、岩本にも伝わってしまう!
 
「……俺はこの力を制御したい。破壊するためじゃなく、守るために使いたい。……あんたのことだって」

 岩本が手を下ろす。その手が震えていることを俺は見逃さなった。

(……岩本のほうが怖いんだ)

 そりゃそうだ。自分の意志とは関係なく、人を傷つけてしまうかもしれないのだから。
 俺はぐっと拳に力を込める。

「そっか。それが昨日言おうとしてた『伝えたいこと』か」
「……ああ、そうかもな」

 ああそうだ、と俺はポケットから桃のあみぐるみを取り出した。岩本が「あっ」と声を漏らす。

「これ、お前のだろ? サンキューな。すげぇかわいい。だけど、桃って! 百瀬だけどさ!」
「……すまない、安直で。百個作れば、百瀬になると思って……」
「もはや呪具」

 桃が百個で、百瀬改め桃百瀬(ももももせ)になってしまう。
 岩本は顔を真っ赤にしていたが、俺が笑うと釣られて笑った。屈託のない笑顔だ。
 俺は口許を押さえる。だが、それもすぐに放してゆく。岩本が本心を包み隠さず話してくれたのだ。俺が隠すわけにはいかない。
 あみぐるみをポケットに仕舞い、岩本へと手を差し出す。

「力の制御、協力してやるよ。報酬も貰っちまったしな」

 ポケットをポンと叩くと、岩本は戸惑いの表情を見せた。

「いや……だが、それは詫びの品で……」
「一個はな。でも、あと九十九個くれるんだろ?」

 岩本が(うつむ)き、そっと面を上げる。口を真一文字に結び、何事か思案している。
 ほら、と俺が右手で促すと、岩本はそっと、そおっと、指先から俺の手に触れた。まるで感触を確かめるように、人差し指から小指にかけて、最後に親指で包み込むように、俺たちは手を交わし合う。覚悟していた痛みは到来せず、厚みのある指の感触が手の内側に広がってゆく。
 岩本がおずおずと俺の様子を窺う。

「……痛い、か?」
「んー、全然。じゃあ、こいつはどう?」

 岩本の手を強く握り締める。想像では鋼の如く硬いと思っていたが、意外にも岩本の手は柔らかく、俺の手と何ら変わりなかった。
 全然平気、という返事を期待していた俺に対し、岩本は、

(いて)ェって」

 と苦笑した。じっとりと右手が汗ばんでゆく。

(ああ……渋川の言うとおり、岩本(こいつ)はただ力が強いだけなんだ)

『天は二物を与えず』とは言うが、こと岩本に関しては与えたものが過剰だった。自身も制御し切れない力は(かせ)にしかならない。
 これから先、岩本は『力の制御』と向き合い続けなければならないだろう。ときに授業を見学したり、ときに他人から遠ざかったり。それが原因で落ち込むこともあるだろう。
 そんな時には、俺が岩本を支えよう。少しだけ頑丈なこの身体で、岩本を力を受け止めてやろうではないか。その力もまた、岩本の『魅力』なのだから。
 
「やり返してみ?」

 躊躇(ためら)う岩本に(あご)で促すと、

「……なら、少しだけ」

 と岩本は少し笑った。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」
「馬鹿だな、あんた」

 俺の絶叫を耳にして、岩本はまた少し笑った。



 岩本くんは力持ち 了