その日の9時過ぎ。
 
(昼間はどうも)

(ノートありがとう。シュークリームうまかった)

(わからないところがあったらなんでも聞いてね)

(ありがとう。でも、零人のノートすごくわかりやすい)

(よかった)

(もしかしてA型?)

(O型だけど)

(ノートの書き方とか字とか、きちんとしてて几帳面そうだからA型かなと)

(淳太って占いとか信じるほう?)

(そうでもないけど)

(ちなみに淳太は何型?)

(俺もO型)

(おそろいだね)

(じゃあ星座は?)

(双子座)

 流れで聞いてみたものの、それがいつ頃なのかはわからない。そのまま勢いで聞く。
 
(じゃあ誕生日は?)

(5月25日だよ)

(じゃあ、もうすぐだな)

(うん)

 胸がちくりと痛む。当然、その日は恋人と過ごすのだろう。
 
(俺は水瓶座。1月21日生まれ)

(ちょっと意外)

(何が?)

(僕より8ヶ月も年下だなんて)

(たいした差じゃないだろ)

(でも、淳太のほうが大人っぽいから)

(そうか?)

 たしかに俺のほうが背が高いし、顔面も年のわりにふてぶてしいかもしれないが。
 
(うん。年齢を知らなかったら年上だと思うかも)

(へー)

 ふと、零人が年上が好みだと言っていたことを思い出し、そんな自分に、すぐにツッコミを入れる。
 
 いやいや、見た目が年上っぽいとかいうことじゃないだろ。
 
 チャットは続く。
 
(淳太は頼りになる感じだし、実際に僕を助けてくれたし)

 そんなにほめないでくれ。勘違いしそうになる。
 
(たまたまだよ)

(でも、あのとき淳太が助けてくれなかったら、僕がケガしていたかも)

 俺はふと思う。

(そういえば、なんであのとき、あんなところでぼんやりしてたんだ?)

 サッカーの試合中のことだ。

(ちょっと考え事してて)

(どんな?)

(晩ご飯何にしようかなって)

 え……。

(マジ?)

 そ、そんなこと?
 
(夜はいつも一人だから)

 そういえば、零人の家は母子家庭で、母親は夜は仕事でいないと言っていたっけ。
 
(じゃあ、今も一人?)

(うん)

(晩メシはいつもどうしてるの?)

(母親が作って冷凍してあるのをチンして食べたり、コンビニで買ったり)

(そうなのか)

(うん)


 毎晩、家に一人ぼっちでいるのは寂しいだろう。毎晩一人で食事をすることも。
 
 そんなときに恋人に呼び出されたら、飛んで行きたくなるのも無理はないか。
 
(ちなみに、今日の晩メシは?)

(病院の帰りに、駅ビルの地下で買った炙り豚トロ丼)

(へえ、なんかうまそうだな)

(おいしかったよ)

(病院のメシ、うまくないぜ)

(よくそういうふうに聞くね)

(言っとくけど、多分、零人が想像してる以上にうまくないぜ)

(そうなんだ)

(でも、シュークリームはうまかった)

(スイーツ好き?)

(好き)

(じゃあ、来週の金曜日も何かおいしいものを持って行くね)

(悪いな。ノートも取ってもらって)

(だって僕のせいだし)

 調子よくやり取りしていたのだが、今の一言に引っかかるものを感じた。
 
(もしかして、チャットもノートも、俺に対する罪悪感でしかたなくやってくれてるのか?)

(違うよ。僕はずっと友達がいなかったから、チャットも、淳太のためにノート取るのも楽しい)

 ほっとするのと同時に、胸がきゅんとする。
 
(そうか)

(それに、今日会って話したのも、すごく楽しかった)

(それならよかった)

(一緒にシュークリーム食べたのも)

 ダメだ、どんどん零人のことが好きになってしまう。
 
 自分を戒めるために、俺はわざとつらい質問をする。
 
(誕生日は恋人と過ごすのか?)

(過ごさない)

(その日は仕事があるのか?)

(それは関係ない)

 またも引っかかる言い方だ。どういう意味なのかと考えていると、さらにメッセージが来た。
 
(ちょっと考えたいことがあるから、今日はこれで終わりにする)

 俺の質問に機嫌をそこねたのだろうか。
 
(わかった)


 ため息をついて、俺はベッドに横たわる。
 
 零人には恋人がいるのだから、これ以上好きになってはいけないし、何かを期待してもいけない。
 
 零人にとっては、俺はあくまで友達だ。
 
 きっと彼は、久しぶりに友達ができたという事実を、目新しいおもちゃのように楽しんでいるだけなのだ。
 
 そう自分に言い聞かせながらも、零人の気持ちが、ふと遠ざかったと感じるたび、苦しくてたまらなくなる。
 
 
 
 眠れぬまま迎えた翌日は、暗い気持ちのまま一日を過ごした。
 
 9時になるのも、待ち遠しいような、怖いような……。
 
 
  
(こんばんは)

(こんばんは)

(昨日は急に終わりにしてごめん)

(いや)

(実は、淳太に話そうかどうしようか迷っていたことがあって)

(うん)

(一日考えて、やっぱり話すことにした)

 胸が嫌な感じにざわつく。もしや、もう友達を、あるいはチャットを終わりにしようとか?
 
 だが、まったくそんな話ではなかった。零人の話の内容は、俺の想像を超えていた。
 
(僕の恋人には、僕のほかにも恋人がいるんだ)

 なんだって?

(それは浮気してるってこと? それとも二股?)

(どっちもちょっと違う。僕のほうが浮気相手なんだ。彼の本命の恋人は女の人)
   
 な……なんだって!? いきなりドロドロしてきたではないか。
 
(いったいどういうことなんだ。説明してくれ)

(淳太)

(なんだ)

(怒ったの?)

(怒るかどうかは説明を聞いてから決める)

(わかった)

 俺はスマホの画面を見つめて、メッセージを待つ。
 
 
(先に好きになったのは僕で、僕から告白した。

 毎日すごく孤独で不安で、勉強の合間に、彼に悩みを聞いてもらっていた。
 
 その中で、同性が好きだっていうことも打ち明けた。
 
 彼は、そういうのは人それぞれで自由だし、世の中には、ほかにもそういう人はたくさんいるから気にすることないって言ってくれた。
 
 ほっとしたし、やさしくしてもらってうれしかったし、受験が終わっても会いたいと思った。
 
 勇気を出してそう言ったら、いいよって)
   
(それで付き合い始めたのか?)

(そのときはまだ。告白もまだ。

 勉強を教えてもらうのが終わってからも、ときどき会うようになった。

 会って何度目かに、瀬黒山の展望台から夜景を見てるときに、勇気を出して好きですって言ったらキスしてくれて)

(それで付き合うことになったのか)

(多分)

(多分ってなんだよ)

(そういう具体的な話にはならなかったけど、会うたび何度もキスしたし、かわいいって言ってくれるし、これが付き合うってことかなって)

(それで?)

(初めて彼の部屋に泊まった翌朝、彼のスマホに着信があって、誰?って聞いたら、彼女からのモーニングコールだよって。

 大学の同級生で、もう長い付き合いだって)
   
 なんだよそれ!
 
(それで零人はどうしたんだよ)

(どうもしない)

(そんな扱いされて腹が立たなかったのか?)

(だって)

(だってなんだよ)

(彼女も好きだけど零人も好きだよって笑顔で言われて)

(何も言い返さなかったのかよ)

(だって、彼のことが好きだから)

「バカか!」

 思わず口に出すと、隣のおっさんが盛大な咳払いをした。
 
「すいません……」

 気を取り直してチャットを続ける。

(汚いやつだな)

(でも、すごくやさしい。僕の話を聞いてくれるし)

(そんなのやさしさじゃない)

 それきり返信が途切れた。
 
 もしや怒ったのか。あるいは泣いているのだろうか。
 
(大丈夫か?)

 さらに文字を打ち込もうとしたとき、返信が来た。
 
(それでも彼と一緒にいたいから、全部受け入れたんだ)

(つらくないのかよ)

(つらいよ。でも、別れるのはもっとつらい)

 ああ、なんてことだ。そんな関係を一年以上も続けているというのか。
 
 俺は、意を決してメッセージを打ち込む。
 
(明日の日曜、何か予定は?)

(ない)

(じゃあ、病院に来ないか? 直接会って話がしたい)

(わかった)


 俺はてっきり、零人と恋人は深く愛し合っているのだとばかり思っていた。
 
 だからこそ、つらくても零人の恋を応援しようと思っていたのに。
 
 まったく、なんというふざけたやつなんだ。
 
 彼女がいながら、あんなにけなげでかわいい零人をもてあそぶとは。