時に話題は異性のことで盛り上がる。
次は体育の時間なのだが、更衣室の中で綾人がクラスメイトに話しかけられていた。
「咲良って実際どうなの」
「どうってことはないよ。付き合いたいのか? あいつはいっしょに家事しないと怒るタイプだぞ」
その返答に質問をした彼はううんと腕を組んで考え込んでしまっている。
彼らの様子を横に、僕はエプロンを身に着けて腰に手をついて怒る咲良の姿をすぐに想像できた。どちらかというと協力しながら家事をする時代だと思うけど。
「林は......。まだ子供みたいだよね」
と、誰かが少し気に障るようなことを言ってのべる。そこには大きな頷きが生まれていた。
僕はその様子を眺めていると、隣にいる生徒から声をかけられた。この手の話題になると、必ず浮かぶ人物の名前を口にして。
「高月って良くないかなあ」
そうかなあ。たしかに他の生徒とは違う雰囲気を感じるものの、そういう目線で見たことはない。
興味が無いからどうって返そうか考えていると、「いや、たしかにいいよな」と誰かが口を挟む。
話は止まるところを見せずに、「あの名前だし、線の細い感じ絶対ハーフだよなあ」「化粧してなくても綺麗なの犯罪級だ」「今度、ポニーテールにしてくれないかなあ」とあれこれ話題という風船が上がっていく。
さっきまで色んな名前が上がっていたのだが、高月の名前が出た瞬間ひとつに染まってしまう。
これがいつもの光景だ。
語ることは自由なのだが、なんだか、本人が聞いたら冷たい視線で怒りそうだ。
混ざりたくないと思って先に更衣室を出たのだった。
その僕の耳に、「早く登校してくれないかなあ」とまるで主演女優の登場を待ちわびるような声が届くのだった。
・・・
「あら?」
久しぶりに登校した日。
私が下駄箱の扉を開けると、折り畳まれている紙が入っていた。
それはルーズリーフをいちまい、二つ折りにしたものだ。
そこには、"高月へ:放課後、体育館裏で待っている"といういかにも古典的なメッセージが書きこまれていた。
殴り書きという表現がぴったり合うようなひどく癖のある字だった。
しばらくそのまま立ち尽くしていたが、もうため息しか出てこなかった。
私は授業をあまり聞かずに空の方を見上げていた。空の上では雀くらいの小さな鳥が飛んでいる、というかたぶん雀だろう。
幸いなのか、ルーズリーフは誰にも気づかれずに私の鞄の中に仕舞いこまれている。いつから入っていたんだろう、私は1週間ぶりに学校に来たというのに。
誰なんだろう、こんな学校に来ない私を待っている人なんていないと思っているのに。
"君はいつも悲しそうだね"
と、昔に誘われた言葉が頭の中にリフレインする。
あれは小学生のころだった。
私はクラスに馴染めなくて、どこか浮いたような存在だった。
あれはいつの日だったっけ。
同じようにクラスの男の子に呼び出されて、一輪のユリを差し出されたことがあった。
「君はいつも悲しそうだね、僕で良ければ話を聞きたいんだ」
彼にとっては精一杯の告白だった。でも、私はその意味が分からずに文字通り話を聞いてくれる存在だと認識した。
でも......。
話しても良いことなのだろうか、左手を右腕に添えてそのまま考えだしてしまった。
沈黙の風がふたりを撫でる。
ふと、物音がした。慌ててその方向を向くと、他のクラスメイトがわらわらと様子を眺めているではないか。
私は訳が分からなくなった。
自分の秘密が聞かれていたのかもしれない。
あの子のとても純粋な気持ちを茶化してしまうなんて。
私の中で涙がこみ上げる......。その場で大粒の涙を流して泣き出してしまった。
そこまで思い出していると、名前を呼ばれて我に返った。クラスメイトのいくつかの視線がこちらを向いていた。
「すみません、聞いていませんでした」
「あら、珍しいですね。45ページを読んでください」
頭を切り替えた私は、教科書の音読をしはじめた。
体育館の裏は悲しみしか生み出さないんだ。
ところで、手紙を差し出したのは誰なんだろう?
体育館の裏に行くかどうかはまだ決めきれていない。それに用事があるから、長く話を聞くには困ってしまう。
校門に向けて歩いていると、背中から名前を呼ばれてしまった。
振り返ると、そこにはクラスメイトの男子生徒がいた。
「......どうしたの?」
私の問いかけに、彼は緊張しながら答えてくれた。......手紙、見てくれたか? って。
そうか、彼が手紙を出したんだ。
私たちはその場に立ち止まり、もう体育館の裏に行くことを忘れてしまった。下校する生徒がいる中で、ついその場で口に出してしまった。
「告白なの? ......どうして、私なんかに」
彼は頷いた。
そうなんだ、やっぱりこの人が手紙を出したんだ。
でも、私たちにはひとつの接点もない。
「だって、私たちなにもしゃべったことないんだよ」
「それでも、これから知っていきたいんだ。オレ、お前のことずっと見てたから」
そんなこと言ったって......。
彼をはじめて認識したのは、この間メイド喫茶をやりたいと発言したときだから。
「メイド喫茶やりたいって言ったのは嘘じゃないんだ。普段、お前が居ないから、特別な日くらい晴れ姿を見たかった。こういうときくらい、お洒落をしてくれたら素敵だと思ったから......」
だからといってメイドというものは、論理が外れすぎている。ロープの結び目が分からない。
でも、私のことを考えてくれていたのは良く伝わった。
彼は重ねて強く告げる。
「君の素敵な姿を見たかったんだ......。とびきりいちばんの!」
彼が告げてくれたのは、まぎれもなく本心のようだった。でも、その愛情がなんだか私には寂しかった。
私の瞳が震えた。少し涙ぐんでいるのがわかる。
私のとびきりなんか、何もないというのに......。
ふつうの私を見てくれれば、十分なのに......。
セーラー服じゃない私は、誰にも触れさせないのに......。
あふれ出た気持ちは、ありふれた言葉となって形作られた。
振り返って、背中越しに告げた。
「私、誰とも付き合えませんから」
......私になんか恋したって、良いことないのに。
私はひとり、イチョウ並木を歩いていく。
まだ色づいていない葉が揺れている。それはまだ実らない恋心のような気がした。
視線の先に同じ学校のセーラー服がふたり並んで歩いているのが見えた。どういうわけか、咲良さんと林さんの姿と重なった。
やっとふたりと仲良くなれた私なんだから、まだその楽しさを噛みしめていたい。
次の日、私は窓の外を眺めていた。
「高月さん! それ、食べないのー」
え、と小さい声を発すると咲良さんが私のお昼ごはんを指さしている。隣にいる林さんも小さくくすくすと笑っている。
「サンドイッチ残しちゃって。なんだか最近上の空じゃない?」
「......とくに変わるところはないと思うけど」
すると、その人差し指は私の目前ににゅっとが飛び込んできた。虫眼鏡を近づけながら推理を自論する探偵みたいに咲良さんが語りかけてくれた。
「いやいや、この咲良の目は誤魔化せませんよ。授業中とかもずっと窓の外見てなかった?」
そう言えば、そんなこともあっただろうか。私が考えている間に、彼女は手を伸ばしてサンドイッチを勝手にひとつ食べた。
「そうかしら? 線が細いキミがさらに細くなっちゃうわ」
「それは食べる前に言って欲しかったです」
......もう、すべて食べて良いから。私は残りをすべて差し出した。
咲良さんは急いでサンドイッチをたいらげ、私の方をじいっと見つめてくる。そして、目一杯の笑みを作って立ち上がった。
「よし、中庭に行こうかー」
そう言って彼女は急に私の手を取って教室から連れ出してしまった。
皆食べきった時間なのだろう。
中庭には誰もおらず、わずかな風で草木はゆらゆら揺れていた。
もうここまできたら咲良さんに話してしまう他ないだろう。一角にあるベンチで、私は少し息を吐きだすと彼女に告げた。少し早口で、顔を赤くして。
「咲良さんって、......告白されたことありますか?」
「私? 何よ急に......」
緊張をする彼女を前に、私は昨日の出来事を話してみせた。すると、彼女は小さなため息をついた。
「そっか、告白されたんだね」
私は小さく頷いた。
「あいつは人一倍お調子者だけどさ、そういう風に考えてたんだねえ」
でもメイド喫茶はやりすぎだよね、と気持ちに共感してくれた。小さな笑みが私たちを包み込む。
「男子はみんな君を見ているからね。正直困るんじゃないの?」
私にとって"男の子"というものはただの性別上の違いであって。
そもそも私には友だちがいなかったのだから、男の子だから友だちになるとかならないとか、そんなことすら考えたことがなかった。
「私はどちらかというと、友だちが多くないと寂しくなっちゃう側だから、告白されるなんて私から見るとうらやましいかな」
「そうなのかしら」
友だちだって、自分から作れない私だ。私だって咲良さんがうらやましい。
咲良さんは少し柔らかい口調になって問いかけてくれた。
「でも、君が出した答え、それで良かったの」
「ええ。私なんか待っていてくれなくても良いのに。私なんかと付き合ってもろくな話もできないから」
口ではこう言っているけれど、付き合うなんていつも考えたことがなかった。
誰かのものになる私なんて、自分で想像できやしない私だから。
私の秘密のことを知られる訳にはいかないから。
"キャロル"は、私だけのものだから......。
「ほら、高月さんまた考えこんじゃってだいじょうぶ?」
少し覗き込むような咲良さんに、だいじょうぶだよと頭を下げた。
彼女はまだこちらを見ている。あごに手を置いた姿はまさしく探偵のようだ。
「でもさ、今の高月さん見ていると、なんかすっきりしたようには見えないね」
私は自白するようにため息をつく。
「私、自分がなんだか分からないの......」
その言葉を口にしたら、頭の中で何者かが跳ねているような感覚におそわれた。
「......恋なんてしたことなんてないし」
もう言い回しがおかしくなっている。
「......恋なんてしたいと思ったことないし」
喋っていくうちに、飛び跳ねる仕草も少しずつ大きくなっていた。
もやの中で、その姿を現したのはうさぎだった。うさぎ小屋が脳裏に浮かぶ。それに合わせて小屋で会話した人物のことを思い出していた。
「さ、授業はじまるから戻ろうか。また話聞いてあげるから」
立ち上がる咲良さんに、私はつい口を滑らせていた。
「......どうして、朝倉くんは男の子なのかな」
......は? 咲良さんが目を丸く開いて立ち尽くしている。
授業がはじまるチャイムの音色が響いていた。
次は体育の時間なのだが、更衣室の中で綾人がクラスメイトに話しかけられていた。
「咲良って実際どうなの」
「どうってことはないよ。付き合いたいのか? あいつはいっしょに家事しないと怒るタイプだぞ」
その返答に質問をした彼はううんと腕を組んで考え込んでしまっている。
彼らの様子を横に、僕はエプロンを身に着けて腰に手をついて怒る咲良の姿をすぐに想像できた。どちらかというと協力しながら家事をする時代だと思うけど。
「林は......。まだ子供みたいだよね」
と、誰かが少し気に障るようなことを言ってのべる。そこには大きな頷きが生まれていた。
僕はその様子を眺めていると、隣にいる生徒から声をかけられた。この手の話題になると、必ず浮かぶ人物の名前を口にして。
「高月って良くないかなあ」
そうかなあ。たしかに他の生徒とは違う雰囲気を感じるものの、そういう目線で見たことはない。
興味が無いからどうって返そうか考えていると、「いや、たしかにいいよな」と誰かが口を挟む。
話は止まるところを見せずに、「あの名前だし、線の細い感じ絶対ハーフだよなあ」「化粧してなくても綺麗なの犯罪級だ」「今度、ポニーテールにしてくれないかなあ」とあれこれ話題という風船が上がっていく。
さっきまで色んな名前が上がっていたのだが、高月の名前が出た瞬間ひとつに染まってしまう。
これがいつもの光景だ。
語ることは自由なのだが、なんだか、本人が聞いたら冷たい視線で怒りそうだ。
混ざりたくないと思って先に更衣室を出たのだった。
その僕の耳に、「早く登校してくれないかなあ」とまるで主演女優の登場を待ちわびるような声が届くのだった。
・・・
「あら?」
久しぶりに登校した日。
私が下駄箱の扉を開けると、折り畳まれている紙が入っていた。
それはルーズリーフをいちまい、二つ折りにしたものだ。
そこには、"高月へ:放課後、体育館裏で待っている"といういかにも古典的なメッセージが書きこまれていた。
殴り書きという表現がぴったり合うようなひどく癖のある字だった。
しばらくそのまま立ち尽くしていたが、もうため息しか出てこなかった。
私は授業をあまり聞かずに空の方を見上げていた。空の上では雀くらいの小さな鳥が飛んでいる、というかたぶん雀だろう。
幸いなのか、ルーズリーフは誰にも気づかれずに私の鞄の中に仕舞いこまれている。いつから入っていたんだろう、私は1週間ぶりに学校に来たというのに。
誰なんだろう、こんな学校に来ない私を待っている人なんていないと思っているのに。
"君はいつも悲しそうだね"
と、昔に誘われた言葉が頭の中にリフレインする。
あれは小学生のころだった。
私はクラスに馴染めなくて、どこか浮いたような存在だった。
あれはいつの日だったっけ。
同じようにクラスの男の子に呼び出されて、一輪のユリを差し出されたことがあった。
「君はいつも悲しそうだね、僕で良ければ話を聞きたいんだ」
彼にとっては精一杯の告白だった。でも、私はその意味が分からずに文字通り話を聞いてくれる存在だと認識した。
でも......。
話しても良いことなのだろうか、左手を右腕に添えてそのまま考えだしてしまった。
沈黙の風がふたりを撫でる。
ふと、物音がした。慌ててその方向を向くと、他のクラスメイトがわらわらと様子を眺めているではないか。
私は訳が分からなくなった。
自分の秘密が聞かれていたのかもしれない。
あの子のとても純粋な気持ちを茶化してしまうなんて。
私の中で涙がこみ上げる......。その場で大粒の涙を流して泣き出してしまった。
そこまで思い出していると、名前を呼ばれて我に返った。クラスメイトのいくつかの視線がこちらを向いていた。
「すみません、聞いていませんでした」
「あら、珍しいですね。45ページを読んでください」
頭を切り替えた私は、教科書の音読をしはじめた。
体育館の裏は悲しみしか生み出さないんだ。
ところで、手紙を差し出したのは誰なんだろう?
体育館の裏に行くかどうかはまだ決めきれていない。それに用事があるから、長く話を聞くには困ってしまう。
校門に向けて歩いていると、背中から名前を呼ばれてしまった。
振り返ると、そこにはクラスメイトの男子生徒がいた。
「......どうしたの?」
私の問いかけに、彼は緊張しながら答えてくれた。......手紙、見てくれたか? って。
そうか、彼が手紙を出したんだ。
私たちはその場に立ち止まり、もう体育館の裏に行くことを忘れてしまった。下校する生徒がいる中で、ついその場で口に出してしまった。
「告白なの? ......どうして、私なんかに」
彼は頷いた。
そうなんだ、やっぱりこの人が手紙を出したんだ。
でも、私たちにはひとつの接点もない。
「だって、私たちなにもしゃべったことないんだよ」
「それでも、これから知っていきたいんだ。オレ、お前のことずっと見てたから」
そんなこと言ったって......。
彼をはじめて認識したのは、この間メイド喫茶をやりたいと発言したときだから。
「メイド喫茶やりたいって言ったのは嘘じゃないんだ。普段、お前が居ないから、特別な日くらい晴れ姿を見たかった。こういうときくらい、お洒落をしてくれたら素敵だと思ったから......」
だからといってメイドというものは、論理が外れすぎている。ロープの結び目が分からない。
でも、私のことを考えてくれていたのは良く伝わった。
彼は重ねて強く告げる。
「君の素敵な姿を見たかったんだ......。とびきりいちばんの!」
彼が告げてくれたのは、まぎれもなく本心のようだった。でも、その愛情がなんだか私には寂しかった。
私の瞳が震えた。少し涙ぐんでいるのがわかる。
私のとびきりなんか、何もないというのに......。
ふつうの私を見てくれれば、十分なのに......。
セーラー服じゃない私は、誰にも触れさせないのに......。
あふれ出た気持ちは、ありふれた言葉となって形作られた。
振り返って、背中越しに告げた。
「私、誰とも付き合えませんから」
......私になんか恋したって、良いことないのに。
私はひとり、イチョウ並木を歩いていく。
まだ色づいていない葉が揺れている。それはまだ実らない恋心のような気がした。
視線の先に同じ学校のセーラー服がふたり並んで歩いているのが見えた。どういうわけか、咲良さんと林さんの姿と重なった。
やっとふたりと仲良くなれた私なんだから、まだその楽しさを噛みしめていたい。
次の日、私は窓の外を眺めていた。
「高月さん! それ、食べないのー」
え、と小さい声を発すると咲良さんが私のお昼ごはんを指さしている。隣にいる林さんも小さくくすくすと笑っている。
「サンドイッチ残しちゃって。なんだか最近上の空じゃない?」
「......とくに変わるところはないと思うけど」
すると、その人差し指は私の目前ににゅっとが飛び込んできた。虫眼鏡を近づけながら推理を自論する探偵みたいに咲良さんが語りかけてくれた。
「いやいや、この咲良の目は誤魔化せませんよ。授業中とかもずっと窓の外見てなかった?」
そう言えば、そんなこともあっただろうか。私が考えている間に、彼女は手を伸ばしてサンドイッチを勝手にひとつ食べた。
「そうかしら? 線が細いキミがさらに細くなっちゃうわ」
「それは食べる前に言って欲しかったです」
......もう、すべて食べて良いから。私は残りをすべて差し出した。
咲良さんは急いでサンドイッチをたいらげ、私の方をじいっと見つめてくる。そして、目一杯の笑みを作って立ち上がった。
「よし、中庭に行こうかー」
そう言って彼女は急に私の手を取って教室から連れ出してしまった。
皆食べきった時間なのだろう。
中庭には誰もおらず、わずかな風で草木はゆらゆら揺れていた。
もうここまできたら咲良さんに話してしまう他ないだろう。一角にあるベンチで、私は少し息を吐きだすと彼女に告げた。少し早口で、顔を赤くして。
「咲良さんって、......告白されたことありますか?」
「私? 何よ急に......」
緊張をする彼女を前に、私は昨日の出来事を話してみせた。すると、彼女は小さなため息をついた。
「そっか、告白されたんだね」
私は小さく頷いた。
「あいつは人一倍お調子者だけどさ、そういう風に考えてたんだねえ」
でもメイド喫茶はやりすぎだよね、と気持ちに共感してくれた。小さな笑みが私たちを包み込む。
「男子はみんな君を見ているからね。正直困るんじゃないの?」
私にとって"男の子"というものはただの性別上の違いであって。
そもそも私には友だちがいなかったのだから、男の子だから友だちになるとかならないとか、そんなことすら考えたことがなかった。
「私はどちらかというと、友だちが多くないと寂しくなっちゃう側だから、告白されるなんて私から見るとうらやましいかな」
「そうなのかしら」
友だちだって、自分から作れない私だ。私だって咲良さんがうらやましい。
咲良さんは少し柔らかい口調になって問いかけてくれた。
「でも、君が出した答え、それで良かったの」
「ええ。私なんか待っていてくれなくても良いのに。私なんかと付き合ってもろくな話もできないから」
口ではこう言っているけれど、付き合うなんていつも考えたことがなかった。
誰かのものになる私なんて、自分で想像できやしない私だから。
私の秘密のことを知られる訳にはいかないから。
"キャロル"は、私だけのものだから......。
「ほら、高月さんまた考えこんじゃってだいじょうぶ?」
少し覗き込むような咲良さんに、だいじょうぶだよと頭を下げた。
彼女はまだこちらを見ている。あごに手を置いた姿はまさしく探偵のようだ。
「でもさ、今の高月さん見ていると、なんかすっきりしたようには見えないね」
私は自白するようにため息をつく。
「私、自分がなんだか分からないの......」
その言葉を口にしたら、頭の中で何者かが跳ねているような感覚におそわれた。
「......恋なんてしたことなんてないし」
もう言い回しがおかしくなっている。
「......恋なんてしたいと思ったことないし」
喋っていくうちに、飛び跳ねる仕草も少しずつ大きくなっていた。
もやの中で、その姿を現したのはうさぎだった。うさぎ小屋が脳裏に浮かぶ。それに合わせて小屋で会話した人物のことを思い出していた。
「さ、授業はじまるから戻ろうか。また話聞いてあげるから」
立ち上がる咲良さんに、私はつい口を滑らせていた。
「......どうして、朝倉くんは男の子なのかな」
......は? 咲良さんが目を丸く開いて立ち尽くしている。
授業がはじまるチャイムの音色が響いていた。