放課後の教室は、夕陽が差し込んでオレンジ色に染まっていた。机に座っているのは、学級委員長の佐藤涼(さとうりょう)。几帳面な性格で、いつもクラスの面倒を見ている彼は、今もクラスメイトから頼まれた雑用と次の学級会の準備をしていた。
 外からは部活をしている生徒の声や楽しそうに会話をしている生徒の声が聞こえる。教室には涼ただ一人だけの静まり返った空間。涼は外から聞こえる声に羨ましさを感じたが、すぐに作業を再開する。
 その時、ドアが勢いよく開き、涼の視線がそちらに向かう。現れたのは、クラスでも有名な不良である田中翔(たなかしょう)だった。髪を金に染め、制服の着崩しも堂々としたものだ。普段は誰にも見向きされない机の端に、無造作に座り込む。


「何か用?」


 涼が翔に問いかける。翔は窓の外を見つめながら、少しイラついたように答える。


「別に。なんで俺がお前に用なんかあるんだよ」
「確かにそうだね」


 このやりとりも、もう何度目だろうか。最近、翔は放課後の教室に現れて、涼の近くに座ることが増えていた。特に話すわけでもない。ただ静かに同じ空間を共有しているだけだった。


 涼は一人の時間が一番落ち着くし、作業も捗るのに、翔の存在が厄介に思えていた。そして、涼は小さくため息をつくと、再び書類に目を落とす。数分が経ち、やがて沈黙を破ったのは、翔の低い声だった。


「……お前、なんでそんなに真面目なんだ?」


 涼は驚いて顔を上げた。翔が自分に質問してくることなんて、滅多にない。


「どういう意味?」


 涼は恐る恐る尋ねた。翔は不機嫌そうに窓の外を睨んだまま、ぽつりとつぶやく。


「お前、いつもクラスの奴らの頼まれごとやってんだろ? でも、誰もお前のことを分かってねぇ。なんか、それがムカつく。少しは感謝しろってんだよ」


 涼は一瞬言葉を失った。翔が自分のことをそんな風に考えていたなんて、思いもしなかった。そして、胸の奥が急に熱くなり、鼓動が早くなるのを感じた。


「別に誰かに認められたくてやってるわけじゃないよ。ただ、クラスがうまくいくようにしたいだけだから。一応、学級委員長だし?」


 翔は短く鼻で笑った。ふいに、涼の横に翔が座った。その瞬間、涼の心臓が一気に高鳴る。


「……そんなお前が嫌いじゃねぇんだよな」
「な、何それ?」


 涼は耳を疑った。翔がまさかこんな言葉を言うなんて。涼は顔を真っ赤にして、目を逸らそうとしたが、翔はそのままこちらを見つめ続けていた。


「俺、お前のこと、ずっと気になってた。お前が近くにいると落ち着かねぇ。たぶん……これ、恋ってやつだろ」
「はぁ?」


 涼は息を呑んだ。翔の真剣な瞳に、冗談ではないことが分かった。


「俺と一緒にいると、迷惑か?」


 翔がさらに言葉を続けた。涼は一瞬言葉に詰まったが、やがて静かに首を横に振った。


「別に迷惑じゃないよ。……僕だって、田中君のことをカッコイイなって思ってたし」
「マジかぁ。告白して良かったぁ。じゃ、俺もお前の仕事手伝うからさ、早く帰って、クレープ食べに行こうぜ」
「そのクレープ、奢りだったら、付き合ってあげる」
「はぁ? なんだよ、それ」


 翔の表情が少し柔らかくなった。そして、お互いに見つめ合い、微笑み合った。夕陽に照らされた二人の間には、言葉にならない感情が漂っていた。こうして、不良の男子高校生と学級委員長の二人は、めでたく付き合うことになったのであった。