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 家に帰ると、いつもと変わらない静かで冷たい空間がそこにはあった。

 今日も人の気配はない。
 温もりも存在しない。

「誰もいないの?」

 土間に立った千早はその静けさに驚いたような顔した。

「いつもいない」

 玄関で靴を脱いだあと、俺はすぐにまた千早を抱き上げて自分の部屋に向かった。

「傷、治療しないと、救急箱とかないの? ……わっ」

 部屋で下ろすと、千早は勝手に歩き出してテーブルに向かっていったため、俺は千早の腕を掴んで引き戻し、自分の膝に横向きに乗せた。

「舐めときゃ治る」
「きゅ、急に触ったらビックリするから、ちゃんと言わないとダメなんだよ?」

 部屋に入ってきたばかりで微かに冷たい頬に触れると千早に叱られた。
 俺の手が冷たかったのかもしれない。エアコンは入れたが、まだ暖まるまでに時間がかかる。

「触れていいか?」

 触れたくて仕方がない。
 だから、俺は言われた通りにお伺いを立てた。

「ダメ」

 そう言われるとは思ったが、完全に無視して、千早の額や頬、それと唇に容赦なくキスの雨を降らしていく。

「んっ……、ダ、ダメって言ったのに……んぅ」

 感情が止まらない。
 無と怒り以外の感情がこんなにも溢れたのは初めてだった。

「っ、ふ、溺れちゃう……」

 次第に唇ばかりキスを落とせば、千早はそんなことを言った。
 それでも止まれない。
 どこまで許されるだろうか、と思っていると

「……ス、ストップ!」

 ついに頬を突っぱねられて止められた。
 んだと? とムッとする。
 だが、

「龍生ばっかりずるい」

 顔を赤くしながら、そうやって頬を膨らませるもんだから、つい意地悪がしたくなった。

「なら、お前からもやればいいだろ?」

 顔を近付けて、千早がギリギリ認識出来る位置まで行ってやる。

「ほら、ここが口だぞ」

 さらには千早の手を掴んでやわらかく唇で挟んでやった。

「っ、分かってるもん……」

 ビクッと身体を跳ねさせながら、さらに真っ赤になるのがひどく愛おしい。
 潤んだ瞳が俺を見つけたのが分かった。