「ひっ、誰……?」

 足音に反応して、千早が身を縮めた。
 寒いし、怖かったよな。

「……千早」

 水分を失って、俺の声はひどく掠れていた。
 それでも千早は俺の声を聞き取って

「りゅ、せい」

 とこぼした。

「なんかされたか?」

 喉を少しでも整えて、千早に問い掛ける。

「……」

 千早は黙って首を横に振った。

「怪我とかしてねぇか?」
「……っ」

 なにもされてなくても、驚いて自分で転んで怪我してる可能性もある。
 俺が尋ねると、千早はさっきよりもっと勢い良く首を横に振った。

「良かった……、ごめんな」

 ひとまず連れて来られただけで、なにもされてなくて、ほっとした。
 無事を確認できたところで、そっと抱きしめる。

「こわかったぁ……っ」

 泣きながら千早も俺の身体に腕を回した。

 千早の身体はすっかり冷え切っていた。
 上着を持ってくればよかったが、そんなもんは店に置いてきた。
 なりふり構わず、急いで出てきたからだ。
 バイト先にはあとで連絡するとして、千早はすぐに家に連れていったほうがいいなと思った。

「……ぅ、抱っこして」

 涙声で千早は俺に言った。
 俺は躊躇わずに千早を横抱きにした。
 千早の言うことなら、ぜんぶ聞いてやりたくなる。

「キスして」

 まさか、千早からそんな言葉が出てくるとは思わなくて、俺は一瞬面食らった。
 だが、もうなんでもしてやろうと決めた。

「ん……」

 触れるだけのキスをすれば、千早は目を細めて安心したような顔をした。

「もう一回、して」

 わがままで欲しがりなところはいつまでたっても変わらない。
 いまのじゃ満足出来ない、みたいに千早は頬を膨らませた。

「んっ……」

 今度は少し長めに唇にキスをすると、千早は

「血の味する。治療しなきゃ」

 と真面目な顔で言った。

「自分のことより、俺の心配かよ」
「うん……龍生のこと、好きだから」

 寒いだろうし、怖かっただろうに、千早はふわっと笑って俺にそんな言葉をくれた。
 思えば、ずっと全身で俺にそう言ってくれていた。
 こんなときでさえ……。
 
 好きだ、誰にも渡したくない、と思った。