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「龍生くん、最近、あの子来なくなっちゃったね、君のファン」

 バイト中、グラスを拭いていると店長が話し掛けてきた。
 その視線は店の角の席に向いていて、いまそこには誰も座っていない。

「ああ、色々あって。ファンじゃないっすけど」

 表情を出さずに淡々と答える。
 千早はもう俺のことは忘れたかもな、なんて。

「あの子がいるだけで君の威圧感、すごく減ってよかったんだけど」

 そんなことを言って、店長はふっと笑った。

「はあ、そっすか? ――休憩入ります」

 さらっと答えて、俺はグラスと布巾を置き、バックヤードに入った。
 スマホを取り出して、千早とのチャットを見る。

『待ってるね♡』

 あの日、千早が送ってきたメッセージで止まった会話。

 その文字を見る度に心臓が痛くなる。

 十日も過ぎて、未練がましいよな。
 自分でやったくせに俺は忘れられない。
 千早の身の安全のためにやったとはいえ、良いわけねぇよな、あんな別れ方。

「はぁ……」

 頭を抱えたときだった。

 突然、スマホが震えだした。

 画面に表示されたのは『星野 千早』の文字。

 めずらしく電話だ。

「千早?」

 すぐに受電ボタンを押して出た。

『んだよ、こいつ、あいつのこと、王子様って登録してんのかよ、きっしょ!』

 聞こえてきたのは千早の声ではなかった。

『お? 出たか? おーい、狂犬』

 俺のことをそう呼ぶのは、この前の不良集団だけだ。

「なにしてんだよ?」
『りゅ、せ……ぅ、ぐすっ……』

 不良が答える前に千早が泣きながら俺を呼んでいる声が聞こえた。

「おい、なんかされたのか? 千早!」

 呼び掛けるが、もう千早の声は聞こえない。
 代わりに出たのは不良集団のリーダーらしき男だった。

『米山 龍生、こいつ返してほしければ、いまから送る場所まで一人で来い。全員でぶっ飛ばしてやる』

 そこで一方的に電話を切られた。
 送られてきた地図に記されていたのは近くの高架下の場所だった。

 ――こんな寒い中、千早連れ去りやがって、あいつになにかあったらタダじゃおかねぇ!

 エプロンを脱ぎ捨てて、俺は店の外に走り出した。